279話 五つの資質と危険

 これだけ足止めがかかると、俺が首都不在でも平気なシステムを考える必要があるな。

 俺自身、独創性があって天才のような発想があるわけじゃない。


 転生前の子供のころに、才能があると思い込んでイキっていた黒歴史があるが…。

 年をとって能力の限界を痛感したから、夢を見る気にもなれない。


 そうなると、先人の知恵に頼るか。


 情報管理と伝達の達人となれば、ローマ皇帝ティベリウスがモデルだな。

 責任を分担して、情報伝達の仕組みを確立してこそ可能だった。


 いきなり、そこにたどり着くのは不可能だ。

 責任分担の仕組みは始めたばかりで、細分化を望むのは早計すぎる。


 情報伝達の仕組みはまだ確立していない。

 こちらの着手をすべきだな。

 

 森林をキープして、エルフの伝達方法を利用すべきか。

 それも詳しく聞かないと駄目だな。

 各地に情報伝達用の中継地点を作る必要もある。

 そこは、砦を割り当てれば良い。

 などと考えていると、声がした。


「お兄さま、新騎士団長さまからの面会の要請がきていますわ」


 わざわざ面会ということは、緊急の用件ではないと。


「分かりました、通してください」


 騎士団の運営方法なら熟知しているはず。

 夫婦関係のトラブルか? いや、執務室でそんな話はしないな。



 ロベルトが副官を連れて入室してきた。

 つまりは公的な話だ。

 用件を聞くしかないな。


「なにか私に相談事でもあるのでしょうか?」


「はい、ご主君は市長に、上司としての心構えを教えられました。

騎士団のような軍事組織には、それだけでは必要な能力が不足します。

私はロッシ卿のように、直感で人を選ぶ力はありません。

ご主君にそのような軍を率いるものとして、望ましい資質を教えていただけないかと思いました」


 俺軍人じゃないのだけど…。


「騎士の目利きなんてできませんよ…」


「そこではありません、あるべき姿を指し示していただきたいのです。

ご主君はロッシ卿を抜てきしました。

つまりは、基準をお持ちなのですよね。

それこそ、市長に示した心得のような基準がある、と思った次第です」


 そう来たかぁ…確かにある。

 軍事は門外漢だから口出しを控えていたのだが…。


「うーん、どこまで正しいか分かりませんよ」


 ロベルトは身を乗り出した。


「お伺いして、われわれの間で討議して指針としますのでぜひ!」


 俺はため息をつき、観念した。


「分かりました。

基本的には五つの資質が必要だと思います。

知謀、信義、仁慈、勇気、威厳です」


 孫子にも書かれていた言葉だ。

 しかし、俺は軍内部の実態を知らない。

 だから、軽々しく言う気になれなかった。

 人事に思いつきで口出しをするのは危険だからだ。


 政治ならやっているから、ある程度自信をもって言えたのだが。

 そして戦争論の武徳に触れるのは早計だと思った。

 今は除外して良いだろう。


 横でロベルトの副官が、俺の言葉をせっせと書きとめている。

 ちゃんと吟味してくれよ…。

 ロベルトが首をかしげていた。


「どれも話だけ聞くと好ましい資質です。

もう少し子細をお話していただけませんか」


「言葉の意味は分かるでしょう。

確かに好ましい資質ですが、一部だけありすぎてもいけません。

それは五つの危険を招きます」


「有り余ると、危険と見られているわけですね」


 俺は苦笑しつつうなずいた。


「知謀だけがありすぎると、決断ができずに、絶対に安全な橋しか渡らなくなります。

失敗を極端に恐れて、絶対に勝つ戦いしかできなくなるでしょう。

そんな戦いなんて、滅多にありません。

または周囲を見下して独善的になり、机上の空論をもてあそびます。

行き着く先は、部下が実行不可能な作戦を立てるわけです」


 ロベルトはうなずいた。


「それだけを持ちすぎていたらそうなりますね」


「信義だけを重んじすぎる人は、侮辱されたり疑われることに耐えられません。

それから逃げようとして、無謀な行動に走ります。

そして部下にも完璧を要求します。

人間そんな単純ではありませんよ。

敵からすればつけ込みやすいですよね」


「確かにそうです。

敵としては有り難い存在です」


 せっせと副官が書き込んでいるので、書き込みが終わるのを待つ。

 議事録も大変だよな。

 速記法でも研究させるかな…。

 書き込みが終わったようなので続きを話そう。


「仁慈だけがありすぎると、少しの被害にも耐えられなくなります。

結果、精神が病んでしまいます。

被害0の戦いなど有り得ないでしょう。

それか戦わず無意味に、後退を選択します」


 ロベルトは意味ありげに苦笑していた。

 俺にその一面があることは知っているだろう。


「確かにそうですな。

優しいだけの人は、僧侶にでもなれと騎士の間でも言われますな」


 僧侶にもなれないと思うぞ。

 むしろあっちのほうがヤバい。


「勇気だけがありすぎると…分かりますよね。

蛮勇のみでは敗死します。

突進と戦うことだけしか考えないのは、獣より愚かですよ」


 ロベルトは苦笑しただけだった。


「一般の騎士団ではとくに勇気が重視されますね」


 騎士は考えることを、あまり推奨されないからね。

 無私の奉仕を望むなら、疑問は禁句だ。


「威厳だけがありすぎると、少しでもそれを損なうことを恐れます。

そうなると、怒気や重すぎる刑罰などによって取り繕うでしょう。

当然ですが、兵士の心が離れるでしょう。

これもつけ込みやすいわけです」


 ロベルトは納得したようにうなずいた。


「なるほど…必要な資質ではあるが…偏りすぎてはいけないと」


「その通りです。

役に立ちそうなら参考にしてください。

実情に合わないならポイ捨てしてください」


 ロベルトが大慌てで手を振った。


「いえいえ…当然張り出して戒めとします。

ご主君がよく言われる『当たり前』というやつですね。

ロッシ卿を見いだした理由も理解できました。

それとご主君がご自身の前線指揮官の才能がない、と言われる理由もよく分かりました」


「それなら結構ですよ。

いずれにせよ、能力はともかく心の資質が偏る人に、大勢の命運を握らせるのは危険ですよ」


 何事もバランスさ。

 そしてそれが一番難しい。

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