277話 新ジャンル誕生

 学校の話はこれで良い。

 次は騎士団長の任命式を済ませよう。


 俺やチャールズが不在時の防衛責任者として、ロベルトを任命してある。

 騎士団長の変更は内々には完了しているが、正式と仮ではやはり権威が違う。


 チャールズは魔族の侵攻に備えて、防衛線の確立のため前線に張り付いている。

 俺が第2都市の視察に出掛けて不在になるから、これを片付けないと不在にできない。


 攻撃を受けるはずはない…と思われるかもしれない。

 だが魔族領にも海はある。


 海軍は造船中で、形にすらなっていない。

 海からの攻撃があり得る以上、最低限責任者の立場を強化しておく必要がある。

 確証はない、だからといって無視する根拠もない。

 ならば安全保障の観点からは実行すべきだろう。

 

 足を引っ張らない配慮というやつだ。

 騎士の叙任式のようなものではない。

 それなら、騎士の増員時に既に何度かやっている。

 

 大臣の任命式に近いものだ。



 任命式当日、俺は慣れない礼服に着替える。

 俺の強い要望で、式典自体は簡素にするようにした。


 将来絶対に豪華になる。

 最初の歯止めは絶対に必要だ。


 式典は町の広場で行われ、任命式のあとは祭りをすると通達してある。

 任命式に興味が無い庶民でも、祭りなら食いつく。


 メディアなどがない時代なので、こんな形での周知を試みた。

 勿論、他の砦や村でも祭りの開催を指示してある。



 式典は右側に騎士、左側には大臣などの政務官が整列。

 奥にはミル、俺、キアラと並んでいる。


 ファンファーレが鳴ると、式典用の正装をしたロベルトが騎乗してやってきた。



 列の手前に到着すると下馬してこちらに歩いてくる。

 結婚式の時とは全く異なり、落ち着いている。


 そうでないと困るのだけどね…。


 ロベルトが俺の前にくるとピタリと止まった。

 俺はできるだけ重々しい態度をとる。


「ロベルト・メルキオルリ卿。

騎士団を束ね、民を守ることを誓えるか?」


 ロベルトは一呼吸おいて剣のさやをたたく。


「この身に代えましても。

守ることを誓います!」



「よろしい。

卿を第2代ラヴェンナ騎士団長に任じる」

 

 騎士団長用に作らせた剣を、俺は手渡す。

 ロベルトは恭しく両手で剣を受け取る。


「はっ! 謹んで拝命致します」


 ロベルトが振り返って、剣を天にかざすと拍手が鳴り響く。



 これで式典はおわる。

 俺は拡声器を補佐官から受け取って口にあてる。


「式典はここまでです。

新たな騎士団長を祝福して、今日はお祭りです。

みなさん楽しんでください」


 そこで歓声があがる。

 お祭りは大事な娯楽だからな。



 宣言を終えて俺はホッと胸をなで下ろす。

 この手の堅苦しい式典は苦手だ。


 学生時代に生徒会役員をやったことがあるから、大勢の前でもあがったりはしないが…。

 どうにも落ち着かない。


 そんな俺にミルは笑いかけてきた。


「アル、ご苦労さま」


「ありがとう、しかし…落ち着かないですね」


 そんな俺を見たキアラに苦笑された。


「お兄さまは礼服が似合いませんからね。

礼服を着ているというより…礼服に着られている感じですわ」


「返す言葉もないです」


 祭りで、私服に着替えたロベルトとデルフィーヌに出会う。

 デルフィーヌのおなかはまだ大きくなったのか分からない。

 俺は2人の一礼に手を挙げて応える。


「団長、気分はどうですか?」


 ロベルトは照れたように頭をかいた。


「どうにも実感がわきません」


「デルフィーヌ夫人には悪いですが、ご主人を多忙にさせてしまいます」


 デルフィーヌは俺にほほ笑みかける。


「いえ…ロベルトは団長を夢見ていました。だから私もうれしいです。

それより、ギルドの受付が騎士団長夫人になるとか、私は実感がありませんよ」


 ミルまで笑い出した。


「私なんて、一般人から領主夫人よ? 地位なんて気にしなくて良いわよ。

私はアルのお嫁さんって事実だけで十分だからね」


 デルフィーヌはミルにほほ笑んだ。


「そうですね。 

さすがはミルヴァさん」


 ミルはあっけにとられていた。


「『さすが』ってどういう意味? アルじゃないんだから」


 俺は良いのかよ。


 デルフィーヌが笑いだした。


「魔法にたけたエルフや冒険者で高名なエルフもいます。

政務にたけたエルフは、ミルヴァさん以外いませんよ」


 言われてみればそうだな。

 政務エルフという新ジャンルか。

 キアラがつられて笑いだした。


「私もたまに、お姉さまかエルフだということを忘れますわ。

お姉さまは世界一、政務の得意なエルフです」


 ミルが慌てだした。


「ちょ! ちょっと! 私はアルについてきたら、こうなっただけよ!」


 俺のせいかよ! 否定はできないけどさ…。

 使徒のブースト能力だったら嫌だな。


 本人の力であってほしい。

 あれだけ頑張っていたのだ。

 それが本人のものにならない、のは納得がいかない。


 努力した結果が、実はお前の力じゃなくて、ただの借り物だ

 そう言われて納得するヤツはいないだろう。


 そんな能力が危険なら、1人で隠れて生きれば良い。

 それか死んでしまえば良い。

 そう簡単にはいかない。


 俺が隠れて生きたとして、神とやらは力が戻ったら、次の使徒を送り込むだけだ。

 時間稼ぎにもならない。

 俺のやることが正解かは分からない。


 しかし、他に方法は思いつかなかった。

 それに、何でも否定的に振る舞うのは、一見賢く見えるかもしれない…が実態は違う。

 

 否定しかしないやつは、評論家と同じで基本社会に寄与しない。

 メディアが発達した社会でないと存在しえない。


 そして、評論家が実行者より偉くなると、その社会は衰退に向かう。

 実行者は批判を恐れて、失点を重ねないことを最優先にする。


 評論家は軌道修正には役立つ。

 補助的存在でなら有用だが、権威になっては終わりだ。


 そして評論家を一体誰が評論するのだ。

 多くの評論家は自分が評論されることを想定しない。

 そして好まない。

 

 一方的な批判だけして、自尊心を満たすことだけを考える。

 もしくは不満のはけ口としての評論に走る。

 あげく評論の責任はとらない。

 他人には責任をとれと声高に叫ぶ。

 俺からみれば、賢いどころか醜悪にしか見えない。


 評論家の唱える理想は、プラスチックでできた料理のサンプルだ。

 見た目は良いが食えはしない。


 俺は実行者を選んだ。

 見栄えが悪かろうと食えるものをつくる。


 だから、やるべきことをやるだけだ。

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