276話 噂の丸投げ

 家族の視察は無事終わって本家からの援助物資、人員の派遣の依頼も手配は済ませた。

 温泉に行ってミルは家族と打ち解けられたようだ。

 最初は堅かったが、最後には接する態度が自然になっていた。

 

 それだけでも視察の成果は十分にあった、とすべきだな。

 それとは別件だが、家族立ち会いでスカラ家の形式にのっとって、結婚式をする話は取りやめになった。


 ママンからエルフとの結婚は王家や他貴族に注目される。

 それは俺にとっても望ましくないでしょう、と指摘されたからだ。

 ミルは温泉でその話を聞いたようで、「それより新婚旅行は忘れないでね」とだけ言われた。

 俺もいきたいのだよ…でも、すぐには難しい。


 こうして一つのイベントは終わった。

 

 次のイベントとして、ロベルトの騎士団長任命式の準備を始めるように指示をした。

 視察が終わって数日後には、皆の気持ちも平常に戻ったようだ。


 

 それを見計らって、俺は夜の戦略会議で一つの指示をだすことにした。


「クリームヒルトさん、今は人材の取り合いになっているようですね。

即効性はありませんが、政務を担当できる人材育成を目的として、学校を建設してくれませんか」


 教育省の大臣になっているクリームヒルトは、学校の単語に首をかしげた。


「学校ですか? 使徒が設立させたことがあったそうですけど、実際の内容は知りません。

子供たちに読み書きを教えていますが、それとは違うのですよね」


「子供たちの読み書きとは別の話ですが、その延長線上の話でもあります。

17歳から子供たちは仕事についているでしょう。

省庁に就職した新人に、いろいろと教えることがありますよね。

内容も、行政の仕組みやら基本的なことまで、その省庁でなくても教えられる内容は多々あるでしょう」


 クリームヒルトは苦笑しながらうなずいた。


「ええ、なかなか大変ですね。

各省でも教える内容に濃淡がありますしね」


「そこで、基本的な教育を学校で教えてしまいたいのです。

加えて子供たちの進路を、学校に代表者や各省庁と相談して、決めてもらおうかなと。

勿論、子供の希望が優先されますけどね」



 クリームヒルトが眉をひそめた。


「代表者ともですか? 確かに代表者が今まで就職の斡旋をしていましたが、学校ができたら必要ない気がしますよ」


 将来的にはそうなるけどね。

 だが、いきなりそこに飛ぶのは拙速に過ぎる。


「代表者の影響力をそいでしまうと、不満を覚える人もでるでしょう。

代表者は子供の就職を相談されていますからね。

社会の安定に寄与するなら、既得権益は尊重すべきですね」


 いくら論理的に正しくても、人には感情があるからな。

 論理だけでうまくいくなら、改革の失敗はもっと少ないだろう。


 代表者として政治に参加する権利を与えて、特別な地位であることを保証した。

 従来の部族民の世話をそのまま任せているから、ラヴェンナに移住しても影響力を持てるよう配慮している。

 部族長に元の民の面倒を見てもらった方が問題は少ない。

 古代ローマのパトロヌスとクリエンテスの関係と一緒だ。


 クリームヒルトは納得したようにうなずいた。


「確かにそうですね。

張り切って面倒を見ている人も多いですから」


「もう一つの理由として、学校に進路を担当させることで効率的になるのですよ。

代表者は、各省庁のところに行脚しなくてよくなります。

大臣も学校と交渉するだけで済みますからね。

双方にメリットがあるなら納得してもらえるでしょう」


 各大臣たちは皆遠い目をした。

 あ、もしかして代表者からの子供の売り込みが激しかったのか。

 公衆衛生大臣のアーデルヘイトがほっとしたように息を吐いた。


「それ…すごく助かります。

この子をぜひ使ってほしいと頼まれたとき、断るの結構つらいんですよね…。

ウンベルトさんとかから、ウチにも人を回してほしいと言われて板挟みでした…」


 ああ、医療関係って人気なのか。

 疫病と闘った経験からか健康にたいして皆は敏感だ。

 そして、元の生活ではなかった、医療関係の仕事に注目が集まるのだろう。

 農林大臣のウンベルトは苦笑しただけだった。

 食糧は一番大事だよ…。

 落ち着けば、希望者はもっと出てくるさ。


 そこに開発大臣のルードヴィゴが挙手した。

 

 俺は黙って発言を促す。


「学校は良いのですが、教員はどうするのですか?」


「それは各省庁から、教育担当者を派遣してもらいますよ。

なので学校は読み書きに加えて、就職に役立つ教育を施すことになります」


 地図模型も学校に統合だな。

 工房で遊んでいる子供たちも、そこに含めるか。


 クリームヒルトが何か考え込んでいたが、俺に向き直った。


「アルフレードさま、校長の人選は…」


「お任せします。

私の承認はいりません」


 クリームヒルトが苦笑した。


「ですよねー。

学校の組織づくりは…」


「お任せします。

デルフィーヌさんに聞いてもらえば、良いアドバイスが得られますよ」


 クリームヒルトがひきつった笑いを浮かべた。


「これが噂に聞いたアルフレードさまの丸投げですか…。

まさか私にまで飛んでくるなんて、夢にも思いもしませんでした…」


 どんな噂だよ。


「必要とあらば、いくらでも丸投げしますよ。

省庁ではありませんが、ミルとキアラは秘書の教育係として、教員の派遣をしてください」


 ミルは黙ってうなずいた。

 キアラはちょっと考え込んでから口を開いた。


「耳目も教員を送りますか?」


 俺は首を振る。


「機密情報を扱う部署からの派遣は不要です。

特殊な仕事ですから、今までどおりスカウト形式で良いと思います」


 そこに警察省大臣のトウコが挙手した。


「読み書きも良いが、肉体の鍛錬も必要だろう。

学校で教えてやってくれ」


 それもそうだな。

 

「もっともですね、そちらも教育内容に加えてもらいますか」


 公衆衛生大臣のアーデルヘイトが突如身を乗り出した。

 目が輝いて…いや…ギラついている。


「じゃあ、ルイさんを教員にして皆に筋肉を…」


 それは辞めろ。


「却下。

ルイさんは新領土の医療業務で欠かせません。

あと兎人族は、行動が予測不可能な子供の教育に向かないでしょう」


 本音と建前を使い分ける。

 それと俺のように、運動能力が低い子供の居心地が悪くなる。

 アーデルヘイトは露骨に残念そうな顔をした。

 おい…。


「仕方ないですね…」


「あそこまで鍛えるのは、あくまで本人の意思でやることです。

学校の役割は子供の選択肢を用意するだけです。

ですから基本的なことを教えるだけにしてください。

それに教えることが多すぎると、大事な遊ぶ時間が無くなります」


 法務大臣のエイブラハムが苦笑していた。


「子供に働くなと言う、まれな領主さまの面目躍如といったところですね」


 学問ばかり詰め込んでは、大事な人間関係構築を学べない。

 それに将来の選択肢を奪ってしまうからな。

 学校で教えるのは最低限としたい。


 専門的に何かを学びたいものがでたら、それは学校でなく別の部門で対応だな。

 あまりに学校に仕事を集約しすぎると、組織が膨張して教育のための組織でなく、組織のための組織になってしまう。


 短期的に効果は大きく上がる。

 長期的にはデメリットが大きくなるのだよ。

 官僚制の宿命だな。

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