237話 水攻めの真意

 しばらくしてから、プリュタニスが戻ってきた。


「アルフレードさま、捕虜と話してきました」


 なんといっていましたか。


「はい、自分たちは戦える状態ではない。

アルフレードさまの寛大な処置を願うと。

まさか、ギュリッポスが降伏とは驚きました」


 たしか、チャールズと拮抗する能力の持ち主か。


「ギュリッポスはドリエウスの腹心ですか?」


 プリュタニスが強くうなずいた。


「はい、父の若い頃からの親友で右腕以上の存在です。

そのギュリッポスが部下の命を優先するほど、追い込まれたようです」


 腹心だからこそ、後詰めを任せたのか。

 プリュタニスはショックを受けているようだ。


「差し当たり、ロッシ卿を待ちましょう。

武装解除や監視の手配で忙しいでしょうから」


「無益な抵抗をしなくて良かったですよ」


「そうですね…そこまで愚かではないでしょう。

抵抗ならもっと有効な手を使うはずです」


 俺の言葉にプリュタニスはけげんな顔になった。


「アルフレードさま、まさか捕虜を殺しますか?」


 それはしない。

 有効な手段ではないからだ。

 俺は苦笑した。


「そんなことはしませんよ」


 プリュタニスはその言葉にほっとしたようだ。



 しばらくして、チャールズが戻ってきた。

 俺は報告しようとするチャールズを手で制した。


「ご苦労さま、ところで兵糧はたりそうですか?」


 チャールズは渋い顔をした。


「さすがに1.5倍の消費量は予定外ですな。

後方に、いきなり1.5倍にしろといってもむちゃでしょう」


 それはそうだ。

 兵糧の手配は軽視されがちだ。

 簡単で、誰でもできる仕事だと思うなら、そいつは指揮官の資格などない。

 あのナポレオンも、輸送計画を自分で指揮するくらい困難で重要な仕事だ。

 前線指揮官のときは優秀でも、大軍を率いて破滅するタイプがこれだ。

 

 計画力が問われる仕事だ。

 列車や船で輸送できるわけではない。

 使えたとしても、有名な大モルトケの鉄道輸送ですらトラブル続きで、パリへの補給が滞ったくらいだ。

 なぜかその実態は知られていなかったが…。

 それよりも輸送能力が大きく劣っている現状で、急に輸送量を1.5倍にしろ、などといって増やせるものではない。

 

 兵糧を集めて、馬車を手配して輸送。

 馬車が余っているわけはない。

 まず馬車を集めるのも一苦労だろう。


 ただでさえ、獣人を傘下に加えているのだ。

 ここで補給計画を破綻させると、俺は足元をすくわれる。

 古代中国では、それ故に生き埋めにしたなんて話があったな。


「ちなみに、捕虜はなんといっていますか?」


「旧主を攻める以外であれば、命令に従うと」


 俺は静かにうなずいた。


「では、捕虜全員に防御陣地の構築をさせてください。

食事は全体的に減らさないといけませんが…。

捕虜には3食は無理ですね。

1食与えましょう」


 プリュタニスが驚いた。


「本気ですか?」


「代わりに、防御陣地の構築が終わったら解放する、と伝えてください。

ドリエウスの城にたどり着くまでは攻撃しません」


 チャールズがさすがに驚いた顔をした。


「御主君、捕虜をみすみす敵に返すのですか?」


「ええ、無理に食べさせようとすると食糧不足になります。

そして、獣人が蜂起しかねません。

だからといって、ただ解放するのもまずいでしょう」


 プリュタニスも驚いたようだ。


「一体何を考えているのですか?」


 俺は強い調子で口を開く。


「これはハッキリとした命令です。

そのように取り計らってください」


 チャールズが一礼して、指示を実行しに出ていった。

 プリュタニスは理解が追いつかなくて混乱しているようだ。


「アルフレードさま、説明していただけますか?」


「捕虜を解放したら、理由を説明しますよ。

理屈では納得できる話だと思います」


 プリュタニスは俺がそれ以上、何もいう気がないことを悟ったようだ。

 頭を抱えこんでいた。


 プリュタニスは気に入っている。

 だからといって、戦略を変える気はない。

 勿論、人間至上主義を捨てるなら受け入れることも変えない。



 兵士には、一時的に兵糧を節約するために食事の量を減らすことを謝した。

 埋め合わせは必ずすると伝えて、なんとか我慢してもらった。

 下手な小細工をするより、正直に話した方が良い。


 俺からの指示を聞いた捕虜が、黙々と防御陣地の構築をしている。

 捕虜には約束どおり、1食だけ与えた。

 陣地を作れば開放するとの言葉に、ギリギリやけになることは避けられているようだ。



 2日目に防御陣地の構築が完了した。

 約束どおり、城の方向に向けて捕虜を解放した。

 隣でそれをみていたチャールズとプリュタニスは俺に視線を向けてきた。


「約束どおり説明しますよ。

まず、今回の投降は、ドリエウスの指示を受けたギュリッポスの行動です」


 指示といった言葉に、2人は仰天した。

 チャールズが腕組みをした。


「投降させて、何をさせるつもりだったのですかな?」


「まず、普通に軍事行動で撃破できれば問題ありません。

しかし、私は何をするか分からない。

戦闘続行が不能に追い込まれたら、できるだけ兵が多い状態で降伏せよと。

つまり、こちらの兵糧を攻撃するわけです」


「投降が受け入れられない、と考える可能性はないのですかな」


 俺は肩をすくめた。


「ドリエウスの町に投降を勧める紙をばらまきましたからね。

それで投降を拒否するとは考えないでしょう。

それこそ、大幅に食糧の消費が増えるような人数でもです」


 プリュタニスは首を振った。


「だからギュリッポスですか。

最悪、殺されることも覚悟したのですね。

生き残っても裏切り者の汚名を背負う、それでも父の力になろうとした…」


 話としては大変美しい。

 だからといって、その意図を全うさせる気はない。


「私のことは理想論者と思っているでしょう。

兵站を最重視している、そんな若造はいない。

多少無理をしてでも、理想を追いかける。

そう思われるでしょうね。

それに勝利が目前で高揚しているならば、簡単に受け入れると」


 チャールズが肩をすくめた。


「私も最初会ったときは理想論者かと思いましたよ。

しかし、その思惑も空振りしましたか。

変な言い方ですが、見事な逆転の手でしたな。

このあとはどうしますかね」


 俺は肩をすくめた。


「私の見立てが正しければ、これでこの戦争は終わりです」


 プリュタニスが驚いたようだ。


「なぜですか? 兵数が一気に増えたと思いますよ」


「兵数が増えた分、食糧はどうなります。

それと…最初は城に入れてもらえませんよ」


「食糧はたしかに厳しくなるでしょうけど…」


 俺は首を振った。


「私が何のために、水攻めをしたと思いますか?

城内が水浸しで、食糧もダメになりますよ。

城内の下水があふれて、汚染された食糧なんて食べられません。

食べたら城内のほぼ全員が、腹痛になって下痢が止まらないでしょう。

そのあと、排せつ物の処理が追いつかなければ、疫病待ったなしです。

やけになって突撃してきても、作ってもらった防御陣地がありますからね」


 チャールズとプリュタニスは顔を見合わせた。

 チャールズが肩をすくめた。


「そんな、悪辣なたくらみがあったのですか…。

それと、場内に入れないのは残ったマトモな食糧を守るためですかね」


「ですが表向きは預言者派あたりが『降伏したものは人間でない』とでもいって入れないでしょうね」


 チャールズが苦笑した。


「さすがに、俺の食い物が減るから来るな…とはいえませんな」


「ええ、拒否するそれっぽい理由をだせるのは預言者派くらいです。

いいたくなくても、いわされるでしょう。

普段いっていたことでしょうからね。

先の戦いで解放した、預言者派の元捕虜は殺して今回は殺さない。

そんな話は通りません。

そうなると、預言者派の威信は木っ端みじんです。

戦友を見捨てたくない人もいますからね。

偉そうなことをいっているが、結局は自分のことしか考えていないと噂が広まります。

城内で内紛が始まりますよ」


 そんな話をしていると、城の前で解放された捕虜が城内に入れてもらえずにいた。

 入れてくれ! などの悲痛な叫び声がここまで聞こえてくる。


 もめているようだが…詳しくは分からない。


 チャールズが指示すると、有翼族の斥候が遠見の魔法で城門の様子を確認している。

 その報告を待つか。

 まだ油断はできないが、ここから逆転の手はない。


 プリュタニスをみるとがっくりとうなだれていた。


「次に敵が投降してきたときに、戦いは終わりですよ」


 プリュタニスは力なくうなずいただけだった。

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