230話 足を引っ張る者たち

 出発時にいつ帰ってくるのか、とまでは聞かれなかった。

 聞かれても答えられないことは、ミルもキアラもよく分かっているだろう。


 皆に仰々しい見送りをうけて出発となった。

 今回は通常の軍事行動とは毛色が違う。

 

 戦後処理が特に困難が予想される。

 ドリエウスの町に道を通すにしても、地図上で具体的な位置が分からないと着手もできない。

 今回の行軍はエンジニア集団に加えて、地図を作製するための要員も連れてきている。

 守りやすさや体力的な問題から、戦闘要員以外は馬車に分乗している。


 出発前にもっとドリエウス側の現状を知りたかった。

 だが…続報がないので、使い魔契約をした獣人は殺害されたのだろう。

 数名程潜り込んでいると報告はうけている。

 全員の生死は分かりようがない。

 

 使い魔は基本、一人につき一体になる。

 プリュタニスは強力な魔術師ではないらしい。

 一人が限界とのことだった。

 視線に気がつくと、プリュタニスがこちらをみていた。

 

「アルフレードさま、父はどうでるでしょうか?」


 沈黙に耐えきれなくなって、会話がしたくなったのかな。

 プリュタニスの護衛は、プリュタニスから話しかけられないと口を開かない。

 15歳だから沈黙し続けるのも大変なのだろう。


「根拠がない推測ならできますけどね。

現状は確証を持って言えることはないですよ」


「では、父の立場だとしたら、アルフレードさまはどうされますか?」


 一発逆転のような秘策は持ってないぞ。

 そんなことがないように準備をしたわけだし。


「せいぜい町に火を掛けて、こちらの補給線の維持が困難になる場所まで下がります。

そこに籠城可能な城でもあればこもりますね」


「小さな城ならありますよ。

本来は魔族への抑えに使っていましたけどね」


 魔族の勢力圏の近くか。

 実に面倒くさい…。

 俺の返事にプリュタニスは納得していないようだ。


「ですが、ただこもって何とかなるものですか?

道路まで敷設して、兵站の維持は可能ですよね。

それこそ、こもっているほうが干上がりませんかね」


「確かに、籠城は後詰めがあるときに効果があります。

もしくは相手の補給線が脆弱な場合は、時間切れを狙えます」


 プリュタニスは腕組みをして考え込んだ。


「後詰めですか…。

確かに、その城の補助としてもう一つ城がありますね。

二つの城を作ったのは、そんな理由があったのですね」


「築城をしたのは誰ですか?」


「亡くなった祖父です。

父の勢力がこれだけ大きくなったのも、中興の祖と名高い祖父の力が大きかったですね。

私も小さいころは、随分かわいがってもらいました。

祖父から大してかわいがられなかった、父と兄上たちからは疎まれましたが」


 プリュタニスの祖父は知将だったのか。

 そんなヤツと戦わなくて済むのはラッキーだな。


「そうなると、預言者派とは折り合いが悪かったのではないですか?」


「その通りです。

ですが、功績が絶大でしたから表立っての批判はなかったですよ。

父も基本は祖父の政策を継承していました。

ですが、祖父ほど功績がないので、預言者派の口出しは常でした」


 だろうなぁ。

 少しだけドリエウスに同情しなくもない。

 そんな窮屈な状態のおかげでこちらの操作も楽だったから、これは余りに都合の良い話だけどな。


「兵站にしても、町を焼き払って食糧を持ち去れば、こちらの兵糧を減らすことができます」


「ああ…、獣人たちが飢えると大変なことになりますね」


「ええ、食糧を与えないと、こちらが獣人に襲われるでしょう。

今住んでいる町にいるより、逃げたほうが状況はマシになります。

ですが勝ち筋ではありません。

私の失策を期待しての時間稼ぎでしょうね」


 プリュタニスがため息をついた。


「アルフレードさまは、父の選択肢を奪った上での進軍ですからね。

時間稼ぎにしても、勝つ算段まではないのでしょう」



 それだけで済むほど世の中は単純でない。


「舞台に上っているのが私とドリエウスだけなら、話はこれで済みますけどね」


 プリュタニスの視線が険しくなる。


「まだ役者がいるのですか?」


 俺は苦笑せざるを得なかった。


「今の状況は魔族にしてみれば、絶好のチャンスです。

共倒れか、双方満身創痍になるまで戦わせてます。そして満身創痍の勝者に、トドメを刺せば理想的でしょう」


「ああ…確かにそうですね。

彼なら手を出してきそうです」


 功名心にあふれた賢者さまね。

 そんな賢者はいないと思うが。


「一方的な展開にならないように、双方共倒れを狙うでしょう。

われわれに加担する理由はありません。

ですが、ドリエウス側を助ける理由もありません。

援軍として参戦していた魔族がいたでしょう。

しかも族長の近親です。

そんな人を放置していましたからね」


 俺は肩をすくめて話を続けた。

 とてもすてきな未来図だ。


「討ち取ったわれわれと放置したドリエウス。

どちらにも機会があれば報復するでしょう。

実に面倒な話ですよ…」


 プリュタニスも天を仰いだ。


「ああ…父も最初は回収しようとしていました。

ですが、捕虜への対応をせずに、亜人の対応を優先するのはけしからんと…。

勿論、捕虜は人間に限った話です。

そう言って預言者の一人が騒ぎ出したのですよ」


 プリュタニスが心底軽蔑しているような顔になった。

 そして、外をみながら再び口を開いた。


「それでは…と捕虜の返還を求めようとしたら、別の預言者がアルフレードさまたちの存在を認めないといけなくなる。

建国の国是に反すると騒ぎ出しました」


 味方の足を引っ張る権威集団ほど、邪魔な者はない。


「それでは、勝てるものも勝てませんよ」


「今まではそれで大丈夫でしたからね。

今後も足を引っ張り続けるでしょう。

それより魔族への対応は…どうしましょうかね」


 それはむしろ俺が聞きたい。

 誰か俺に正解を教えてほしいよ。


「現場をみてみないとなんとも」


 とはいえ損得計算ができる相手なら、やり様はある。

 功名心にあふれるなら、リスクを嫌うだろう。

 不幸中の幸いだな。

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