229話 政治家の背負うリスク

 ドリエウスの元に工作員を出発させてから、2週間ほどが経過した日のことだ。

 ミルがエルフの里長の返事を持ってきてくれた。

 

 俺に返事を伝えてくれたあと、ミルが俺をあきれたような顔で見ていた。

 

「アル…もしかして、この回答を予想していたの?

里長が思いっきり驚いていたわよ。

私の旦那様は何者だってね」


「いえ、異常な程の暑さがあるなら、他の異常気象があっても不思議ではないでしょう。

それだけですよ」


 聞きたかったのは、過去に発生した異常気象の話だ。

 この前のような猛暑に見舞われたことがあるか。

 他にも異常気象が過去に発生していたか。

 それをエルフの里長に確認したのだ。


 ミルに聞いた話では、エルフは長いスパンでの変化に敏感らしいから覚えていてくれるだろうと思った。

 こちらに一方的な肩入れをするような態度は、里の民の反発もあるからできないだろう。

 だが、将来的に合流の可能性も考えているなら、天気の話すらできないとは思えない。

 里の民も天気の話に反発はできないだろう。


 他の部族にも聞いたのだが、死者がでるほどの惨事でもなかったのか、誰の記憶にもないようだった。

 念のため、故郷に戻っている老人たちにも聞いた結果、回答は曖昧だった。


 エルフの伝手があるなら確認するべきだ。

 異常気象の頻度によっては、早めの対策が必要になる。


 結果、酷暑は約50年と約100年前に起こっていた。

 ここに流れ着く以前の話は当然知らない。

 酷暑のあと、しばらくして大雨が続くとも。


 川沿いに町を作ってるから、大雨ならば堤防などの設置をしないといけない。

 長雨での川の増水と、作物への被害を想定して対策を指示しておく。


 不作になってもすぐには影響しないが、後々面倒になる。

 農業の詳細なんて知らないから、プロに丸投げしよう。


 対策が空振りに終わって、俺が笑われて済むならそれでも良い。

 無駄な予算を使っていると、結果だけ見て責められても仕方ない。

 それは政治家の背負うリスクだ。


 結果だけ見て責めるヤツは、自分がその立場になったら、そのリスクは当然負ってもらいたいものだ。

 内部の批判だけ恐れて、災害が発生してから対処しかできないヤツは政治家の資格などない。 

 結果がでてから対処するのは、誰にだってできるからだ。


 市民は自分たちで対策を実施することができない。

 だから批判する権利は当然ある。

 選挙があって駄目なヤツを選んだ場合は、その結果を市民は受け入れるべきだろうが。

 無条件で批判できるのは、選択権がない市民だけだろう。


 だが対策を実施する手段をもっていても、揚げ足取りか保身しかしない、そんなヤツらは政治屋が限界だろう。


 俺自身そんな大層なものではない。

 だが…対策を怠って、市民に被害を及ぼすのは嫌だった。

 とはいえ…予算の都合もあるから、全てに対策はできない。

 被害の大きさと頻度の兼ね合いだな…。

  

 指示を出し終えて一息つこうとしたときに、プリュタニスがやってきた。

 当面の最優先課題が動き出したか。


「アルフレードさま、伝言を町にばらまきました。

あわせて、町外に住んでいる獣人にも噂を広めてあります」


 見てきたような台詞だな…つまりはあの手を使ったのか。


「随分正確に分かりますね」


 プリュタニスがうなずいた。


「作戦が終了するまで、一時的な使い魔契約を結びました」


 ミルとキアラの視線が鋭くなる。

 2人には悪いがプリュタニスに任せて、明確に禁止してもいないことだ。

 そして、より早期に解決を目指すなら、この手段を使うとも思っていた。

 倫理的な問題で責めるのはお門違いだろう。

 市民になったあとでは認められないが、現時点ではドリエウスの民だ。


 「分かりました、繰り返しますが…彼らとの約束は必ず守ります。

では、ドリエウスの元にいきましょうか」


 俺の出馬宣言にプリュタニスは予想外だったようだ。

 とても驚いた顔をした。


「アルフレードさまもいかれるのですか?」


 今回はチャールズに丸投げできる話ではない。

 他にも理由はあるが…それを口外する気にもなれない。


「ええ、今回の戦後処理はプリュタニスの希望も入れないと、いけませんからね。

指揮官一人に丸投げして済む話ではありません」


 そしてミルとキアラに視線を移す。

 ついてくる気満々だろうから、釘を刺しておかないとな。


「2人は留守番をお願いします。

私の日常業務の肩代わりができる人は、2人しかいません。

ミルを正式な私の代理として、都市運営の全権を委任します。

キアラはミルの補佐をお願いします。

2人でないと私が安心して、ドリエウスとの戦いの後処理ができませんからね」


 2人は抗議しようとしたが、俺の表情を見て渋々うなずいた。

 任せられる人がいないのもある。

 それ以上に、軍事行動で俺だけ女連れはあまりにまずすぎる。


 プリュタニスを見て俺は肩をたたく。

 今後どこまで、大きな事業を任せられるか見極めたい。

 冷徹さは問題ない、あとは現実的な対処能力だ。

 知力ではなく、心との兼ね合いだな。


 なまじ頭が良いだけに、そうでない部下たちとどうやっていけるか。

 ドリエウスの元にいたときには不遇だったろう。

 だが、立場がひっくり返ったあとに自己制御ができるか。

 こればかりは…やらせてみないと分からない。


「プリュタニスは私の補佐および、投降者との折衝を任せます」


「はい、お任せください」


 親衛隊は連れていけない。

 増員はしたが、まだ訓練中だ。

 それに、2人を守ってもらわないといけない。

 その旨を、今日の護衛役であるラミロに伝える。

 ラミロとしては親衛隊を連れていかない決定は不服だろう。

 だが、2人の守りを固めないと俺が落ち着かない。



 プリュタニスを伴って、チャールズの元に赴く。

 軍事省の執務室で俺の姿を見たチャールズは、驚いた顔をした。


「ご主君、要件でしたら私から伺いますよ」


「いえ、今回の出動は私も同行します。

執務室で話すと、ミルとキアラがこっちばかり気にしますからね」


 光景を想像したようで、チャールズが肩をすくめた。


「なるほど、確かにそうですな…。

ついに、ご主君の初陣ですかね」


「いえ、戦争の指揮は一任しますよ。

だから、後ろに下がって口を挟みません。

私の出番は終わったあとですからね」


 チャールズが俺を見てニヤリと笑った。

 珍しいことに、いつもの皮肉が混じった笑いではないな。


「今回の戦後処理は難しいですからね。

ご主君が同行してもらえれば、大変ありがたいですな。」


 戦後処理をどうするか悩んでいたようだ。

 面倒事を俺がやるので大助かり、といったところか。


「ロッシ卿の邪魔にならないようにしますよ。

あと、道路を敷設するのでエンジニアも連れていきます。

工事は投降した獣人に手伝ってもらいましょう」


 戦後処理は今までと違うことを悟ったチャールズが、目を細めた。

 

「本格的に町を増やすつもりですな」


「ええ、ドリエウス配下の獣人を別々のグループに分割して、新しく作る町に移住させます。

長年の恨みは、そう簡単に解消できないでしょう。

同じ場所にいると諍いの火種になりますからね」


 チャールズは処置なしといった顔をした。


「ご主君の方針のおかげで、苦労が絶えませんな」


 それは嫌でも分かっているよ。

 俺はつい肩をすくめてしまった。


「性分なので仕方がないですね。

それに、その背後の魔族の動向が怪しいのです。

不安定要素は排除しておくにかぎります」


「魔族と対立すると見ているのですな」


「残念ながら。

魔物の防波堤にもなっているから対応が大変ですよ」


 徹底的にやるとしっぺ返しがくる。

 ドリエウスと戦う方がずっと気楽だ…。

 

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