212話 銀の弾丸

 作戦が始まった。

 これはすぐに結果が出るものではない。

 この件は当面のところ、静観になる。


 丁度いいので、クリームヒルトに近隣の部族の情報を確認した。

 この作戦の余波で接触する可能性は高い。


 5部族ほどいて、それぞれ300人以上。

 種族はいろいろとのこと。

 エイブラハムでも捉えきれてなかったか。


 こちらの存在を知ってはいるが、あまり関心は無いとのこと。

 そうなると、アプローチを掛けるべきか悩むな。


 などと悩んでいるときに、チャールズから報告があった。


 ドリエウスの第3子と名乗る男が、ラヴェンナへの亡命を望んでいると。

 これは予想外だった……。


 チャールズは困惑顔だった。

 俺も困惑顔だな。

 警戒される存在になった影響だなこれは。


「事実なのでしょうかね……。

確認しようがないと思いますが。

ちなみにひとりでしたか?」


 チャールズが困惑顔のまま口を開いた。


「ひとりでした。

身なりは高い身分のものではないですが……。

ひとりで来たなら、いい服はかえって目立ちますからな。

確認は捕虜に会わせてみますか?」


「事前に口裏を合わせてもいないでしょうし……。

それしかないですかね。

亡命ですかぁ」


「私も聞いたときには、我が耳を疑いましたよ」


「ある程度確証が得られてから会いましょう」


 チャールズは小さくうなずいた。


「本物ならば、情報源としては最高なのですがね」


「ええ。

本物ならば……ですね」


                  ◆◇◆◇◆


 チャールズが出て行った後に、思考の迷路に迷い込みそうになった。

 気分転換ついでにミルとキアラにも、意見を聞いてみるか。

 ふたりも補佐官の人選で、頭を悩ませているからな。


「ふたりとも、どう思います?」


 ミルは少し考えてこむ。


「ちょっと突拍子がないかな……。

三男って警護もあるでしょ。

それから逃げて、ひとりでここに来られるのかな?」


 キアラは眉をひそめている。


「ドリエウスの領地で浮いていた人が、噓偽りを言っている可能性がありますわね。

ですけど、スパイや工作員の可能性は低いと思いますわ」


 たしかになぁ。

 可能性は高いな。


「だとすると、情報を引き出すのも危険ですねぇ。

人によっては自分のついている噓を、本気で信じている可能性もありますからね……」


 ミルが困ったといった顔をした。


「噓とわかればいいんだけどね……。

でも、噓だと、どこかでばれないかな」


 普通ならそうなんだけどね。


「そこで問題になるのは、われわれは、彼らの世界を知らないのですよ……。

同じ社会にいるなら、ある程度はわかるのですが。

判断をするにも、手持ちのカードがない……」


 キアラは、ちょっと思案顔だ。


「移住を望んでいる獣人と、面識はないでしょうからね。

社会上層部の話を聞けば……。

少なくとも一般人がついた噓かはわかりますわね。

捕虜の人間が、上層部かはわかりませんけど」


やはりそうなるか。


「そうですね……。

やはり妙手はないので、地道に、確認をしていくしかないですね」


 当然ながら、銀の弾丸は転がってはいない。

 それだけあれば、すべて解決する万能の手段……。

 どこの世界でもありはしないな。


「アル、私たちの話も聞いてもらっていいかしら?」


 ミルの言葉で、現実に戻された。

 ああ…………そうか、人選で悩んでいたな。


「断ることなんて絶対にしないですよ。」


 ミルが笑顔でうなずいた。


「ありがとう、今補佐官の人選でね……、それぞれに、2~3人は欲しいとは思うんだけど」


 キアラが困惑顔で続けた。


「4~6人、一度に増やして教えながら……。

業務が裁けるのか、自信がないのですわ……」


 なるほど。

 たしかに教えながら、仕事をすると、格段に、能率は落ちる。


「今はふたりの仕事は明確に分かれていないですよね?」


 ふたりはうなずいた。

 ならば、やりようはあるな。


「絶対に遅れてはいけない業務は、どちらかが受け持ちます。

もうひとりは、遅れてもいい業務を元に教育すればいいのでは?」


 ふたりはしまったといった顔になった。

 俺は、苦笑してフォローする。


「思い切った切り替えは難しいですからね。

気がつかなくても仕方ないですよ。」


 ふたりは、顔を見合わせてしょんぼりする。

 バツが悪かったのか、ミルが、ちょっと、舌をだした。


「その考えはなかったわ……。

やっぱり困ったら、アルに相談するのがいいかな」


 キアラも、胸に、手を当てて、大げさに、ため息をつく。


「お兄さま学は奥が深いですわ……」


 もう、内心で突っ込む気も起きなくなっている。

 これを根負けしたというのだろうか。

 それよりもだ。

 ふたりに注意をしておくべきか。


「多分ですが……。

ふたりは補佐官の主席のような地位に……来たばかりの魔族を任命しようとしていませんか?」


 ふたりは、目を見合わせた。

 俺の口調から、良くないと悟ったのだろう。

 ミルが俺に、ちょっと伺うような視線を向ける。


「駄目かな噓 やってもらえれば、早く、皆になじめるかなと」


 意図はわかるんだけどね。


「彼らは右も左もわからないでしょう。

そんな状態で、全体の情報に、いきなり接しても混乱するだけです。

下手をしたら、重圧に押しつぶされます。

第二に……他の人たちは、どう思いますかね。

魔族だからという理由で、特別な席があるのは、使徒の二の舞になりますよ。」


 ふたりは露骨に落ち込んでしまった。

 言い方がよろしくなかったか……。

 俺は、頭をかいて、できるだけ優しい口調になるように、気をつける。


「秘書補佐官に任命するのはいいのですよ。

文字の読み書きもできるし、基本的な教育は受けているのでしょう。

主席にする場合は、任命した理由を、皆に説明できないといけませんよ。

そのまま主席にしていいか……迷いがあったからこそ、私に相談したのでしょう?」


 ミルが、ちょっと申し訳なさそうだった。


「ええ。

最初は名案だと思ったけど……。

教える仕事の内容とか考えたら、本当にいいのかなって」


 キアラも、肩を落としていた。


「その人のためになると思っていたけど、かえって迷惑になってしまいますわね。

私もまだまだ未熟ですわ」


 いや……キアラまだ15だろうに。


「そうやって、経験を積んでいけば大丈夫ですよ。

ふたりは直属の部下をもつのは初でしょうし。

キアラの耳目は、私の指示を受けて動きますからね、ちょっと、毛色は違います。

そういった意味で、はじめて私の介在しない部下ですから。

ふたりならちゃんとやれますよ」


 ふたりはほっとしたようだ。

 ミルも、少し元気になった様子で、俺を見た。


「じゃ、ふたりきりのときも、何かあったら相談させてね」


 勿論、と口を開こうとしたら、キアラが割って入った。


「それは不公平ですわ。

最愛の妹の相談には乗ってくださらないのですか?」


 そう言って潤んだ瞳を、俺に向けてきた。


「いや、ふたりの相談には、当然乗るけどさ……。

時間配分とかで争わないでくれよ……」


 そして、この光景を見てあきれるミッキー。

 今日の護衛担当だったな。


「ご主君も大変ですなぁ。

ちまたでは、伝説の相談屋と呼ばれていますよ」


 なんか名前を増やしていないか?

 俺の憮然とした顔に、ミッキーは、ニヤニヤと笑いだす。


「あれ、ご存じなかったのですか?

人間関係、恋の悩みや、明日の天気を相談すると解決してくれる。

もっぱらの噂ですよ」


 天気とかその、怪しい超能力はどっから出てきた!


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