205話 魔法使いの決まり

 デスピナさんとクリームヒルトが会った翌日のこと。


 普通は個人が休暇を取る話は俺には報告されない。

 だが、デスピナさんに関しては今回の件があるので俺に報告が上がってきた。


 どうやらクリームヒルトを娘のアルシノエとともに町を案内するとのこと。

 休むのにいちいち理由をつける必要はないのに…。


 何にせよデスピナさんとクリームヒルトは打ち解けることができたようだ。

 でなければ人見知りの激しいアルシノエまで連れ出さないだろう。

 この報告を俺に伝えに来たミルは我がことのようにうれしそうだった。

 となると、文字の教師はマガリ性悪婆が1人でやっているのか。

 問題ないとは思うが一応見に行ってみるか。



 そこにはマガリ性悪婆ではなくなぜか先生が教師をしていた。


「あれ、先生が文字を教えているのですか?」


 先生が地獄に仏を見たような顔になった。


「おお、坊主…。

いや、あの婆さん…デスピナさんが休暇を取ると聞いて自分もたまには休むと言い出してな…。

俺が酒と引き換えに今日1日餓鬼どもの面倒を見ることに…」


「なるほど…ではなぜ困ったような顔をしているのですか?」


「いや…、俺が珍しいのか…坊主顔負けの質問攻めでな…」


 良いことだろう。

 それの何が困るのだ?


「良いことではありませんか」


 先生が大げさに嘆くポーズを取った。


「馬鹿野郎! 聞かれるのはプライベートのことだよ!」


 先生のプライベートなんて、聞いても面白い話ではないだろう。


「酒飲んで、女性が近くにいるとポンコツになるとだけ言えばいいのでは?」


「巡礼のことを根に持ってやがるな…」


 そうすると子供の1人が立ち上がって手を上げた。

 そして元気に口を開く。


「ファビオ先生はどうしてケッコンしないんですか~?」


 ああ…それは困るわな。

 先生が救いを求めるような目で俺を見た。


「坊主…助けてくれ!」


 仕方がないな…。

 俺は真面目くさってせきばらいをした。

 子供たちの視線が俺に集中する。


「いいですか。

ファビオ先生は魔法使いです」


 別の子供が手を上げて口を開く。


「魔法使いだとケッコンできないの?」


 俺は重々しく口を開く。


「いいですか。

先生はただの魔法使いではありません」


 嫌な予感がしたのか先生が俺を見た。


「坊主…変なことを吹き込むんじゃないぞ…」


 子供たちはただの魔法使いではないと言う言葉に興味津々だ。

 子供たちの期待に応えるべく、俺は重々しい態度のまま話を続ける。


「ファビオ先生は皆の知らないところで悪者と戦っているのです。

そして、その魔法使いには恋をしてはいけないという決まりがあるのです」


 子供たちが感心したように口を開く。


『『おおーー』』


 先生が俺の大ボラにぼうぜんとしていた。

 俺はそのまま笑顔で子供たちにお願いをする。


「ですので先生にケッコンの話をしてはいけません。

一生独身なのですから」


 子供たちが一様にうなずいた。


『『はーい』』


「今日からファビオ先生のことをと呼んであげてください」


 子供たちが目を輝かせて元気に返事をした。


『『『はーい』』』


「では、勉強を頑張ってください」


『『『『はーい』』』』


 まだ硬直している先生を放置して、俺はそそくさとその場を後にした。



 遠くから何か叫び声が聞こえた気もするが…気のせいだろう。

 護衛のラミロが俺にあきれたような表情を向けた。


「ご主君…性格が悪いですな」


 俺は大げさに肩をすくめた。


「人聞きが悪いですね。

結婚の話をされて困っていたようなので助けただけですよ」



 執務室に戻る途中でデスピナさんとクリームヒルト、アルシノエのご一行に出会った。

 アルシノエは2人に挟まれてうれしそうだ。

 3人は俺を見て一礼した。


 俺も一礼を返して口を開く。


「みなさんこんにちは。

お二人が話し合って良い結果になったようですね」


 デスピナさんの表情から、最初に会ったときの陰はなくなっている。

 アルシノエも年相応に明るい顔になっていた。

 デスピナさんが俺に笑顔で答える。


「はい、ご領主さまのおかげで、長年のモヤモヤが晴れた感じです。

ジラルドも涙ぐんで、ご領主さまのおかげだと感謝しきりでした。

本当にありがとうございます」


「いえいえ、私は大したことはしていませんよ」


 クリームヒルトもほほ笑んだ。


「ここまで領民の悩みを聞いたり、解決する領主さまは知りませんよ」


 俺はソーシャルワーカーかよ…。

 アルシノエがなぜか胸を張った。


「りょうしゅさまはねー。

とてもやさしいなんだよー」


 盛大にずっこけそうになった。

 だが…5歳の子供相手にどう言えばいいのか…。


 アルシノエに目線を合わせるようにかがんで優しく諭す。


「ええと、アルシノエちゃん…大魔王でなくて…せめてお兄ちゃんと…呼んでくれませんか…?」


 アルシノエが困った顔をした。


「えーでも…マノラちゃんが りょうしゅさまはだから おにいちゃんと呼んだらダメって言ってたよ~」


 マノラよ…お前もか…。


 デスピナとクリームヒルトは俺の打ちのめされた顔を見て、笑いを堪えるのが精いっぱいだったようだ。

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