190話 秘密の訓練

 調査から帰還するとなぜか大げさな出迎えをされた。

 キアラは俺の前に立ち、3秒くらいたってからニッコリ笑った。


「お帰りなさい、お兄さま」


 女の匂いでもしないか嗅ぎ取っていたんじゃないだろうな。

 俺は、野営に慣れていないのもあって疲労を感じている。


「緊急で何か私の判断が必要な案件はありますか?」


 ミルも俺の前に出てきてハグしてくれた。


「ないわよ。

おかえり、アル」


「ただいま」


 ミルはあっさり離れたが、俺の服の汚れが移ってしまった。


「汚れが移っちゃいましたよ」


 ハッと何かに気が付いたキアラまで、俺に抱き着こうとしたがミルに強引に遮られた。

 ミルがキアラの額を手で押しとどめながら俺に向かっていった。

 あの細腕でも結構力あるのか?


「アルも汚れているし早くお風呂に入らないとね。

あ、私も何か汚れちゃったわね……」


 キアラが顔を真っ赤にして抗議する。


「わ、わざとらしいですわよ!」


 ミルが勝ち誇ったような顔をキアラに向けた。


「何のことかしら?

キアラ、アルは疲れているから残りの政務はお願いね」


「ひ、卑劣ですわ!」


 ミルが俺の腕を強引にとって歩き出した。


「キアラ、最初に抜け駆けしてアルに挨拶したでしょ?

それにチャンスを逃したのはキアラよ?」


 ぐぬぬぬぬと顔に出ているキアラ。

 一同爆笑。

 後が怖いのだけど……。


 その後何があったかは言うまい、ほぼ1週間ぶりの再会だが疲れてはいた。

 だが、寝られたのは明け方だった……とだけ言っておこう。


                  ◆◇◆◇◆


 起きたのは昼過ぎで、ミルはもう仕事に戻っているようだ。

 タフだな……。

 もろもろの身支度を調えて執務室に向かう。

 執務で待機していた護衛のアレ・アホカイネン、いつもは生真面目なのだが……。

 顔に『ゆうべはおたのしみでしたね』と書いてあった。

 マジで俺は皆の主要娯楽になっている。


「ともかく、私が不在の間の話を教えてください」


 ミルがざっと説明をしてくれた。


 それが終わるとキアラが立ち上がって、俺の所にトコトコ歩いてきた。

 何事かと思っていたら……。


 すごい力で椅子を引かれて、机と俺の間のスペースを強引にあけて俺の膝に座る。

 所要時間3秒。

 あまりの早業に俺とミルぼうぜん。


「えーっとキアラ?」


 何事もなかったかのようなキアラ。


「報告の補足をしますわ」


 その場所が……キアラは俺に構わず報告を終える。


「ああ。

現状は理解しました……けど、もうどいてくれませんか?」


「いやですわ」


「ですがね……」


「い・や・で・す・わ」


 あ、これ気が済むまで下りないパターンだ。

 アレ・アホカイネンがこらえ切れずに笑い出した。


「い、いや、し、失礼。

実は昨日の担当だったラミロを椅子に座らせて、キアラさまが3時間ほどご主君を落とさずに椅子を引く練習をしていたと……。

ヤツが愚痴っていたのです……。

尻が痛い……と」


 キアラさん何をやっているんですか。


「あの、キアラ?」


 キアラは俺を見上げて、自慢げにほほ笑んだ。


「見事でしたでしょ?」


 いや、見事だったけど……。


 そうじゃねーだろ。

 ようやく、ミルがわれに返った。


「ちょ、ちょっと! キアラ。

今は仕事中よ! 下りなさい!」


「いやですわ。

お姉さまは何時でもこの程度のことはお兄さまにやってもらえるじゃないですか」


「そういう問題じゃないの!」


「聞こえませんわ」


 勘弁してくれ……。

 結局その日は仕事にならなかった……。

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