189話 歴史の意義

 作戦は固まった。

 チャールズのOKもでたし、戦場をどう設定するか……。

 調査隊が作成した地図を元にアタリをつけていたが、自分の目で見て最終的に確認したい。


 チャールズと騎士団の一部で出発することにする。

 出発前にジュールから親衛隊の増員を提案されたので承諾した。

 さすがに4人だと少ないからな。


 調査に出発するときに、秘書2人ともめたのだが……。

 当然どっちが同行するかの争い。

 構成が全員男なので、2人が留守番することを納得させた。

 後事は託しているので俺が不在でも問題ないだろう。


 実のところ、もう一つ狙いが有った。

 俺が不在でも運営できるようにしたい。

 統治範囲が広がると、俺が不在のケースも増える。

 前もって実践して、問題点を洗い出しておきたいのだ。


 常に一石二鳥、二鳥どころか三鳥でも狙っていかないと時間がかかりすぎる。

 歴史に興味が有って、過去の事例や判断基準を知っていなかったら……と思うとゾッとする。

 歴史頼りで何とかなっている。

 彼らにもそういった事例を蓄積していってほしい。


 思わず独り言がでる。


「歴史を書き記す人が必要ですね」


 調査に連行された先生が不機嫌そうに俺に聞いてきた。


「何だ、藪から棒に」


「未来の人たちが、何かを判断するときに過去の事例を参考にできます」


「過去は過去だろ。

役に立つのか?」


「少なくとも、こうしたら失敗すると考える材料になります。

未来は過去の事例による積み重ねの上に成り立っています。

それを知らないと、過去と同じような失敗を繰り返してしまいます」


 先生は俺を変な生物でも見るような目で見た。


「坊主……。

自分の言動が年齢詐称疑惑を招いている……自覚は有るか?」


 劣勢を感じつつも熱を入れて説明する。


「ま、まあ……。

ともかく、過去やこれからの行為を未来に生かしてほしいのですよ」


「ふーん。

でも、歴史とか書きたがるヤツがいるのかね」


「私は領主でなかったら書きたいですよ」


 先生まで俺をジト目で見る。


「坊主……自分が特殊だって自覚は有るか?」


「さまざまな価値観の人が集まれば……そんな人もでてくるでしょう」


「まあ、好きにしたらいいだろう」


 チャールズが話に割り込んできた。


「いや、結構馬鹿にした物でもないですよ」


 先生が意外そうな顔をした。

 チャールズが歴史の話に興味をもつのが想像できなかったのだろう。


「ロッシ卿、どんな意味だ?」


「いえね、今までの戦いを部下や従卒たちにも説明しているのですがね。

結構役に立つものですよ」


「それなら本にでもしてみるか?」


 悪巧みをする顔でチャールズがアゴに手をやった。


「いいと思いますよ。

年齢不詳戦記ってタイトルがいいと思いますな」


 何だ! そのタイトル!

 俺の不満そうな顔を見て、軽くチャールズが手を振った。


「冗談はさておき、幹部候補の育成のテキストとしては悪くないですな」


 俺は真面目くさって提案する。


「ではそのテキスト作成をしてください」


 チャールズが副作用を想定して渋い顔になる。


「そうですな。

ただ……ご主君の猿まねをして自滅する可能性も有りますがね」


「それは読み手の問題ですね。

そこまで責任は持てないですよ」


 独り言がやぶ蛇になった気がするが……。


                  ◆◇◆◇◆


 調査の目的地は、森林地帯を抜けたところに有る。

 慣れない騎乗に四苦八苦しながら3日くらいかけて到着。



 相手側の森を抜けたところに20メートル程度の川。

 一面に草が生い茂る平地。

 平地はかなり広く、騎兵が展開するにはいい場所か。


「いいですね。

少し手前に砦を建築してここに誘導しましょう」


 ざっと予定地を見たチャールズも同意見のようだ。


「敵さんもここで戦いたがるでしょうな」


 ただし敵も考える。

 誘導する必要が有るな。


「ここを露骨に狙うよりは、奥の森林で騎兵を迎撃させると思わせるのがいいでしょうね」


「それが無難ですな。

露骨に狙うと疑念を持たれますからな」


「砦の建築を急がせてください」


 先生が皮肉な調子で口を開いた。


「いずれここに死体が散乱するのか……。

のどかな風景からは想像もつかないがな」


 いい言葉が見つからなかった俺は、ただ肩をすくめるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る