175話 デジャヴ

 俺の姿を見たアーデルヘイトは驚いたようだった。


「アルフレードさま、何か御用でしょうか」


 ここまで来たら、もうやるしかないな。


「ええ、2人きりで話せますか?」


 アーデルヘイトは、少し硬直をした。

 やがて決心したようにうなずいて、別室に俺を招き入れた。


 2人で向かい合ってしばしの沈黙。

 アーデルヘイトは下をじっと見ている。

 俺から切り出さないと駄目だろうな。


「アーデルヘイトさん。

ミルに聞きました。

私に嫌われたのではと……心配されていたそうですね」


 アーデルヘイトがびくっとして、恐る恐る俺を見ている。

 超美人にそんな顔をされると、俺が悪者になった気がする……。


「私は別に、アーデルヘイトさんを嫌いにはなっていませんよ」


 上目遣いに俺をじっと見ていたが、何か言おうと考え込んでいる。

 こんなときは変に俺が話すと、それを基に考え込んでしまう。

 責めるよう態度や催促する視線も駄目。

 できるだけ穏やかな顔でじっと待つ。


 しばしの後、下を向いてアーデルヘイトが話し始めた。

 とても筋道だっているとは言えないが、とにかく黙って聞く。感情と記憶の導くまま言葉をつないでいる。

 話が前後して。 時系列も飛んでしまっていた。

 話の内容を俺は黙って頭の中で整理する。


 死体を焼いている様子にショックを受けて、こっそり吐きまくった。

 自分の考えが、とんでもなく甘かったことを思い知らされた。

 友達の母子を助けられて、涙を流すほどうれしかった。

 間に合わなかった死体と目が合ってしまい、自分が自己中心的なのではないかと思った。

 手伝いを申し出てくれた人たちが、日に日にやつれていくのがとてもつらかった。

 手伝いの人に死人が出て焼かれたのを見て、頭が真っ白になってしまった。

 自分が彼を殺してしまったのだと感じてしまった。


 そのうち、死人が出ても何も感じなくなったのに気が付いて、自己嫌悪に打ちのめされてしまった。

 病人が減ってきて父が私を戻すように頼むと聞いてほっとした半面、とても卑劣なのではないかと悩んでしまった。

 俺がそれを突っぱねたと聞いて救われたと思った。


 死んだ犬人の名前で布告が出て、彼のことを忘れていたことに打ちのめされた。

 秘書の解任で、こんな心の中身を見透かされて軽蔑されたと思った。

 公衆衛生の大臣に任命されたのは、罪滅ぼしの機会を与えられたと思った。


 話し終わるとアーデルヘイトは泣いていた。


 有翼族の関係改善の前に、彼女を何とかしないといけないな……。

 少し落ち着くまで待って俺は話を始めることにした。


「まず言っておきます。

軽蔑などしてないし、罪滅ぼしの機会を与えた訳でもないのです」


 アーデルヘイトが何かを言いたそうにしたが、それを手で制止した。


「まず、あなたは厳しい現実を知らないのは仕方ありません。

友達の命を重く見て、他人を軽く見るのも悪いことではありません」


 アーデルヘイトが驚いた顔をした。


「なぜですか?」


「もし友達の治療を優先して、他の人を後回しにしたのであれば、非難は甘んじて受けるべきでしょうね。

アーデルヘイトさんはそうしましたか?」


 アーデルヘイトが首を横に振る。


「では間に合わなかっただけです。

どうしようもありません。

救うのは本来、猫人の長の責務です。

猫人の長が判断を誤って、全員を救えなくなったのですからね。

自分に近い人の命を重く感じるのは……当然のことです。

自分の子と他人の子の命を、同じ重さに考えるのは無理があります。

勿論、他人の命を侮辱したり道具にするのはいけません」


 アーデルヘイトは自分を責め過ぎて、精神のバランスを失っているな……。

 そう思いながらも俺の考えを伝える。


「死が身近になって死に対して、鈍感になるのは人としての性質です。

敏感であり続けろと言う方が無理なのです。

そんな地獄にいて脱出できると思って、ほっとするのも人としての性質でしょう。

スマイスさんの名前を使ったのは、全員に彼の名前を忘れてほしくなかったからです」


 アーデルヘイトは少し落ち着いたようだ。

 これで通じればいいのだが……と思いつつ再び口を開く。


「秘書の解任は軽蔑ではありません。

死人が出た以上、ケジメだけは付けないといけません」


 アーデルヘイトが小さくうなずいた。


「はい、それはわかります」


「公衆衛生大臣は地獄を見てきたあなたなら、今後の対応を一番適切にできると思ったからです」


「そうなのですか?」


 俺は頭をかいた。


「ええ、失敗を糧に成長してほしい個人的希望はありますがね」


 アーデルヘイトが声を殺して泣きはじめた。

 このときの正解は知っているが、俺は妻帯者なのよ。

 とはいえ、彼女を追い込んだ責任の一端は俺にあるからなぁ。

 俺はアーデルヘイトの横に座って、優しく頭をなでてあげた。


 その後アーデルヘイトは俺の胸に顔を埋めて10分程度……大声で泣き続けた。


 どうにも気まずい。

 泣きやんで顔を上げたアーデルヘイトは、目を潤ませた期待顔だったが……そうはいかん。

 独り身だったら完璧に捕まったわ。


 再び俺は頭をかいた。


「えーっと……あなたを軽蔑も嫌ってもいないのですよ。

なのでどうでしょう、私の友人になりませんかね」


 友人と言うセリフとともにおくりびとシルヴァーナの顔が脳裏をよぎって一瞬で冷静になった。


 ありがとうおくりびとシルヴァーナ

 アーデルヘイトが残念そうにしていたが……しばらくしてからほほ笑んだ。


「ぜひ、友人になってください」


 その後は照れ臭くなって彼女の元を辞したが、ラミロ・リオがニヤニヤ顔を必死に隠していた。


「ご主君、やはりモテますな」


「既婚者がモテても、仕方ありませんよ」


 と言いながら執務室に戻るとキアラが駆け寄ってきた。

 何故か俺の手前で3秒ほど停止。

 低くよく通る声が部屋に響いた。


「お兄さま…………このはどこから来ているのですか?」


 あれ、デジャヴが……。

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