149話 閑話 アーデルヘイト・ストリークヴェルダ 2
マガリ婆が父に一つ提案……というか指示をした。
その結果、私はしばらくマガリ婆の元に留まることになった。
何故、留まるのかは分からないけど……。
聞いてみたくなった。
「マガリ婆、どうして私が関係するの?」
マガリ婆が珍しく優しい目をして答えた。
「アンタの出番が来るかもしれないからさ」
ドキっとした。
「私がその人間のリーダーのところに?」
マガリ婆がうなずいた。
「アタシたちが勝てなかった場合、そうなる可能性が高い」
マガリ婆が負けるのが、信じられずに聞いた。
今まで、マガリ婆の策が外れたことはない。
この地方でも隠然たる影響力を持っている。
知っている人たちはマガリ婆に一目置いている。
1人だけ、マガリ婆を勝手にライバル視している魔族がいる。
その人は若くして賢者と呼ばれている。
そんな賢者をマガリ婆は全く相手にしていない。
『自分を一番賢いと思ってるやつは、例外なく馬鹿さ。
本当に頭が良ければ、賢者なんて呼ばれたくないだろうさね』
そう言って余裕綽々だった。
そんなマガリ婆が負けるかも……全く想像できない。
「負けるの?」
「アタシのカンだけどね、どうにもキナ臭いんだよ」
意味が分からなかった。
「匂わないわよ?」
マガリ婆が笑った。
「ずっと争いの場にいると分かるもんさ。
今回の敵は厄介だよ。
姿が見えないんだ」
「見えないって?」
「狼たちはプライドが高い。
そんな連中が、すぐに移住なんて尋常じゃないよ。
そもそも打ち破った敵を移住させるなんて聞いたこともないよ。
だからどんな相手か、姿が見えないんだ。
戦うときに、姿が見えないのは怖いんだよ」
マガリ婆が怖いなんて、表現初めて聞いた。
「どうして戦うのを止めなかったの?」
マガリ婆が苦笑した。
「人ってのはさ、どんなにやけどするって言ってもね。
実際にやけどするまで手を伸ばすのさ。
言っても無駄さね」
マガリ婆の言った意味は分からなかった。
経験談なんだろうか。
◆◇◆◇◆
そのあと、使い魔や遠見で情報が集まってきて
また、マガリ婆のところに集まることになった。
驚いたのは、人間のリーダーは少年らしい。
エルフの女性と人間の少女。
その2人と大体一緒にいるようだ。
屋敷に住んでいて、場所も特定はできた。
狼人たちは、人質が取られているわけでもない。
普通に混ざりあって生活しているようだ。
まるで理解できなかった。
戦力は騎士団が主力で、かなりの精鋭部隊に見えるらしい。
マガリ婆は黙って、報告を聞いていた。
スザナがつかみかからんばかりの勢いで、マガリ婆に詰め寄る。
「どうやって勝ちましょうか」
マガリ婆は哀れむような視線を向けた。
「今のままでは無理だね。
あっち側が動かないと、手が出せないよ。
何か動きがあったら、すぐ知らせておくれ」
その場は、解散となった。
残っていたマガリ婆は、珍しく深刻な顔だった。
「アーデルヘイト。
アンタは一族のためじゃなくて、自分の幸せを考えるんだよ」
ぼそっと言った言葉が信じられなかった。
その言葉の意味を問いかけても、マガリ婆は無言だった。
◆◇◆◇◆
数日後、またスザナがきた。
何を、そこまで焦っているのか分からない。
とにかく闘いたがっている感じだった。
前にも増して、興奮気味のスザナ。
「犬人が人間に降伏して移住するようです!
反対する一部の犬人が知らせてきました!」
マガリ婆が落ち着けといったように、スザナを手で制する。
「使者は誰かね? あとお供は?」
「驚くことに、族長のエイブラハム1人です。
自殺でもする気かもしれませんが。
重圧に、気が触れたのかもしれません」
マガリ婆が面白そうな顔をした。
「あの理屈屋のエイブラハムがねぇ。
護衛もつけずに、1人とは思い切ったもんだ。
少なくとも正気だろうよ。
これは面白いねぇ。
余程、あの坊やを見込んだのか。
余程、追い込まれたのか……はてさて」
スザナがマガリ婆に詰め寄った。
「これ以上待てません! 策を授けてください!」
黙っていた父が制止した。
「スザナ殿、落ち着かれよ。
マガリ殿、如何でしょうか」
マガリ婆がため息をついた。
「若いもんは、せっかちでいかんね。
一度だけ、チャンスはあるさね」
スザナが、目を輝かせる。
「おお! ぜひお教えください!」
マガリ婆がしばしの沈黙の後口を開いた。
「捨て石を使うことになる。
相当の血は流れるが、覚悟はあるのかね?」
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