144話 慣れない頭脳労働は疲れるもの

 夜になって珍しくミルが甘えてきた。

 よほど法律関係の議論で疲れたらしい。


「じゃベッドでうつぶせになって。

昨日のお返しをするから」


「お願い~。

生まれてから1番頭使った気がするわ……」


 俺が乗っかると重たいだろう。 

 ミルのお尻当たりにまたがって、マッサージをする。 

 しかし……。


「ミルの体って柔らかいな。

マッサージ必要だったのか?」


「いる、いらないじゃないのよ。

そうやって私のこと、心配してくれるのがうれしいのよ。

だから続けて~」


「お安い御用だ」


 マッサージを続けているとミルが質問してきた。


「ねぇ……アルってすごく、皆が自分たちで考えることにこだわっているよね」


「自分でやればできる。

なのに誰かに頼りきって生活するのは正常じゃないだろ」


「たしかにそうね」


「今までの世界ってさ、借り物を使いつぶして……次の借り物を待っている。

そんな世界に見える」


「使徒のこと?」


「そうだな、それもある。

そんな世界でも表向きは何とかなっているからな」


 ミルがため息をつく。


「そうね、私はそんな世界に居場所はなかったけど……。

もし父が使徒と関わらなかったらずっと森で静かに暮らせていたわね」


 その方が良かったのかなんて聞かない。

 それはミルの人生を否定するようなものだからだ。


「でさ、もらい物に慣れるとそれが当然になるんだ。

揚げ句、贅沢になって文句を言ったりする」


 俺の意図に気が付いたらしい。

 少し笑ったようだ。


「それ、何か醜いわね……」


「ああ、でもそうしたい人は良いんだ。

だが、それ以外の人に『お前は間違っている』と決め付ける。

そんなのは見ていて腹が立つんだよ」


「最初に言っていたわね。

嫌いだって」


「それ以外の人だって生きていて良いだろ。

でも、主流から外れて生きるためには自信が必要なんだ」


 盲信でも可能だが……。

 それはただの主流の裏返しでしかない。


「自信?」


「今の法律もできたら、自分たちに自信が湧くはずさ。

そうすれば生きていても良いだろうって声を上げられる」


 ミルは黙って俺の言葉を聞いていた。


「そのためには自分たちで成し遂げる必要がある。

でも俺が何でも決めてそれに乗っかって……。

それって使徒と変わりないだろ」


「ええ、たしかにそうね。

みんなに自信をつけてもらうのと、作ったものを大事にしてほしいと。

だからアルは皆にやらせているのね」


「ご名答、さすが奥さん」


「それってすごいことだけど……。

アルに何が残るの?」


 特に考えたことはなかったな。

 自分の考えに従ってきたらこうなっていた。


「自己満足だな。

他はないな」


 ミルが笑い出した。


「全く……どうせ追及してもはぐらかすでしょ。

あともう一つ聞いていい?」


「ミルが俺に聞いてダメなことはないと思うが?」


 俺の転生話以外は……だがな。


「アルってさ、子供を戦わせたり働かせるのをすごく嫌うよね。

よくあることよ?」


 マッサージを続けながら言葉を選んでいると

 ミルに突っ込まれた。


「変に言葉選ばなくていいよ」


「参ったな……。

笑ってくれてもいい。

子供ってさ、まだ自分の人生を自分で決められないのさ」


「そうね」


「戦いは生きるか死ぬか、命のやりとりだと理解して闘う大人はいいけどさ。

そうでない子供を戦わせるのはダメだと思っている」


「ピンチのときでも?」


「ああ、それを許すとどんどん解釈が広がってね。

気軽に子供を戦いに追い立てられる。

戦うのはあくまでそれを選んだ人だけがするもの。

俺はそう思う」


 ちょっとだけマッサージに力が入る。


「それこそ子供が大人になったときに昔を思い出して

『今思えば戦わない方が良かった。』

戦わされたと後悔させたくないのさ」


 ミルもそれに気が付いたのか優しい口調になる。


「あくまで自分の意志なのね」


「それと子供って身体能力がまだ未発達だから危険も大きい。

その気になれば……騙せるし戦うように追い込める」


 ため息交じりに続ける。


「そんな子供を生死の駆け引きの場には出したくない。

優しいとかじゃないんだ。

そんなことをする俺が俺自身を嫌うのさ。

いろいろ偉そうに言っているがそれが本音。

あと、働かせないのは大人になったら嫌でも働くだろ。

遊べるうちは遊んでおけって話だよ。

それすら保障できない領主なんて無能だろう」


 ミルは突如あおむけに体勢を変えた。

 そして、マッサージを止めた俺の腕をつかんで強めにつねってきた。


「イテッ」


「アル、お願いだから自分を責めないでよね」


「ありがとう、ミルがこうやって話を聞いてくれているからね。

それで何とかやっているよ」


 ミルは盛大にため息をついた。


「これは、別なマッサージがアルには必要そうね……」


「おいまさか……」


 ミルは狩人のような目で俺を見ていた。


「そのまさかよ。

今日は寝られないと思ってね」

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