143話 紙に記された法と石に刻んだ法

 俺が想定していた話が飛んでくる。

 先生からだ。

 ポンコツでないバージョンは、結構手ごわい。


「だがな、そこまで考えているなら……坊主が考えた方がいいだろ」


 チャールズも面倒なことを、俺に投げたいのか同意する。


「その方が短時間で、適切なものができるでしょうな。

我々が考えるよりはるかに」


 それは駄目だ。

 明確な理由がある。


「それだけは絶対に駄目です」


 一同の頭にいつもの疑問符がでる。


「私が決めたら、誰が手直しや相反するような後法を作るのですか」


 キアラが、さも当然といったようにいった。


「そんなものは、お兄さましかいないでしょう」


 俺はため息をついた。

 俺の意にそぐわない返事かと思ったのか、キアラが目に見えて落ち込む。

 慰めてあげたいが……。

 ここは話を進める。


「それですよ。

私は不老不死ではないのですよ。

そして私が必ず正しい……など絶対思ってほしくないのです」


 ミルは俺の意図をくみ取ったようだ。


「それで私たちで考えれば、必要に応じて修正できると」


 不本意だが、俺自体が権威になってしまっている。

 だから俺が決めてしまうと、反対派に錦の御旗を与えることになる。


 俺は、リュクルゴスの法なんて作る気はない。

 あれは法ではなくて、宗教の戒律だ。

 欲しいのは、人間の法だ。


 皆も俺の意図は察したようだ。

 ここで明言しておく必要がある。


「私は紙に記された法律が必要だと思っています。

石に刻んだものは不要です」


 さすがの先生も意味不明って顔をした


「もう少し分かりやすく頼む」


 ちょっとイメージに寄せ過ぎたか。


「皆さんが大変苦労して、法を決めます。

不都合がでたとき、素直に訂正できますか?」


 キアラは失点を取り戻そうと必死のようだ。

 バッっと席を立って発言、挙手までしている。

 力入りすぎだよ。


「苦労したのだから変えたくない。

それが石に刻んだって意味なのですね。

石に刻んだら変えにくいですもの」


 大変よくできました。

 俺の満足気な顔を見て、キアラはパッと御機嫌になった

 神様が人間と、契約をするときは石だがね。


「ただ……どうせ変わるからといって、適当には考えてほしくないのです。

それでも状況が変われば、不都合がでるでしょう」


 ミルがうんうんとうなずく。


「そのときは、躊躇なく変えろと。

あとの世代にも、甘えを許さないのね」


 自分たちのことを、自分たちで考えずに流されるだけ。

 それでは駄目だ。

 その結果が、この世界。


「私たちのすべきことは、次の世代が自分たちで考え変えられる……そんな状況を渡すだけです。

次の世代はまた、その次の世代にです」


 デルフィーヌがあきれたような顔をした。


「領主さまを17歳の人間なんていっても、私は絶対信じられません……」


 おい俺は17歳だ。


 俺の憤慨を無視して、チャールズが笑った。


「そりゃ、誰も信じないですな。

だがね……領主なんて17歳の人間である必要はない。

結果が出せれば、0歳児でもいいってですな」


マガリ性悪婆が、意地悪な笑いをした。


「この坊やが、アタシより年上でも違和感ないだろ」


 一同激しくうなずく。

 くそう……俺をネタに笑うがいいさ。

 その分法律を決めるのに苦労してもらうからな。



 先生がそこで、もう一歩踏み込んでくる。

 巡礼のときのポンコツぶりが嘘のように頼もしい。


「それは分かった。

だが議論のとっかかりは教えてくれ」


 そこは仕方ないな。

 今まで、概念がないものだしなぁ……。


「分かりました。

法律ですが……各種族の代表とデルフィーヌさん、ジラルド殿、プランケット殿が主導してください。

過去で何をやったら、罰せられるのかを持ち寄ってください。

そうすれば、自然と話はできるでしょう」


 デルフィーヌが手をあげた


「どうして私なのでしょうか」


 指名の意図が読めないようだ。


「冒険者ギルドで受付をされていたなら、トラブルの対応もあったでしょう。

その経験を生かしてほしいのです」


 ジラルドはその話で理解したようだ。


「私は冒険者としての経験から、トラブルがあったときの意見を出せばいいんですね」


 マガリ性悪婆が、肩をすくめた。


「アタシは人生経験を吐き出せといっているんだね。

本当に老人に優しくないねぇ」


 うるせぇ! 吐き出してもう少しサラサラになりやがれ。

 内心の憤慨を隠し、俺は笑って首肯する。



「そして、次の警察です。

騎士団の補助的役割になります。

ロッシ卿が中心です。

各族長のアドバイスを元に組織作りをお願いします」


 チャールズが、肩をすくめた。


「仕方ありませんな」


 俺は、1点注文を付ける。


「警察は全種族を網羅してください。

偏ると不公平感がでます」


 当然だなと、チャールズがうなずいた。


「確かにそうですな」


 警察の話はこれで大丈夫だ。


「裁判についてですが、裁きが発生する頻度によるのですよね」


 トウコが疑問を出した。


「頻度って何だ?」


 ここは難しいんだよなぁ。

 俺は軽く頭をかく。


「裁きを騎士の出動に例えます。

平時の対応と、戦時の対応なのかで変わるのですよ」


 チャールズが納得した。


「確かに戦時なら警戒態勢で待機していますな。

平時の場合は、大体他のことをしてますな」


 ナイスだ。

 軍事で説明した甲斐があった。


「常に待機するのか。

他の仕事にも従事させるのか。

そのあたりも考えてください」


 先生が頭をかいた。


「あーー面倒くさいな…」


 そりゃそうだ、でも自分たちの力でやってもらうぞ。

 異論は認めない。


「裁くにしても種族間の事情もあるでしょう。

裁く人は全種族を入れてください」


 オラシオが腕組みをして、難しい顔をした。


「その必要があるのか?」


 まだ、意図が浸透しきってはいないか。

 根気よく説明がいるな、これは。


「絶対必要です。

そうですね……例えば虎人の間で、殴り合いは悪いことではないですよね」


 トウコがうなずく。


「当たり前だ」


「でも、他の種族ではそうでない。

虎人同士の殴り合いがあって裁かれるときです。

裁く人の中に虎人がいなかったら?」


 一同驚きつつ納得。

 エイブラハムは理屈が通ったといった風に納得した。


「諸事情を考慮するために全種族をですな。

実に理にかなっている」


「あとですね。

裁きをするにはもう一つ、必要なものがあるのです」


 エイブラハムが食いついてきた。

 ものすごい勢いで身を乗り出している。

 ほんと理屈好きだよね……この人。


「それは何ですか? 興味深い」


 俺は強めに頭をかく。

 口でいうのは簡単だが……これも難しいのよね。


「弁護人です」


 エイブラハムが説明を求める目で、俺を見えた。


「裁かれる人によっては、自分の事情とかうまく話せない人とかいるじゃないですか」


 一同何となく理解したようだ。


「頭のいい人だけ、刑が軽くなったり無罪になります。

それは不公平でしょう」


 エイブラハムの目が輝く。

 よほど、心の琴線に触れたらしい。


「なるほど、それはすばらしい!」


 ちょっと引くわ……。

 学問に適正があると思ったけど、こっちを任せた方が良い気がしてきた。


「これに関しては各種族の代表と先生、プランケット殿を中心に制定してください」


 マガリ性悪婆が嘆いたようなポーズを取る。


「この年になって酷使されるとはね。

白旗をあげたの失敗した気になるさね……」


 一同はいつものように爆笑した

 会議が終わろうとするときに、先生が鋭い質問を投げてきた。


「なあ坊主。

種族の差がない社会といって、種族の違いを考えているな。

矛盾はないのか?」


 そう来ましたか。

 笑顔で回答して、会議を終えることにしよう。


「人間に虎人の腕力はないでしょう。

個々の違いは考慮します。

でも種族の上下は認めません。

ただそれだけですよ」

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