138話 急成長してる集団は頭が偉い

 代表者会議の前に、少しだけ確認したいことがあった。


 そのために、部屋で休んでいるマガリに会う。

 俺について来ているのは、キアラとジュールのみ。

 ミルには受け入れの采配を頼んでいる。


                  ◆◇◆◇◆


 悪戯っぽくウインクで、マガリが出迎えてくれた。


「おや、この婆に会いに来てくれるとはナンパかね?」


「私があと40歳、年をとっていたらありですね」


 マガリがあきれたような顔をした。


「なんだい……その余裕綽々な受け答えは。

詰まらないねぇ。

坊や幾つなんだい」


「17ですよ」


 マガリが白い目で、俺を見ている。


「噓をいうもんじゃないよ」


 キアラが苦笑している。


「いえ……。

信じがたいでしょうが……17ですわ」


 最初の言葉は余計だよ。

 お手上げとばかりにマガリが、首を振った。


「やれやれ困った坊やだ。

で、アタシになんの用だい?」


「猫人と有翼族のことを教えてください」


「何を知りたいんだい?」


「最初に攻撃を仕掛けてきたのは、猫人に誘われたからですよね?」


 当然といわんばかりに、マガリが肩をすくめた。


「そうさね。

昔から付き合いもあったからね。

それだけじゃない。

アンタたちは、狼人を傘下に入れて虎人をあっさり撃退。

そりゃあ怖いってもんだ」


 ここまでは想定通りか。


「危機感を煽られたわけですね」


「そんなところだね」


 聞きたいことのアタリはついている。

 でも確認しておこう。


「私への直接攻撃は、誰の発案ですか?」


 マガリが悪戯っ子のような顔をした。


「そりゃ、アンタが見込んでいる通りアタシだよ。

そんな急成長している集団は、頭が偉いって相場が決まっているだろ」


 キアラがマガリを睨んで、今にも飛び掛かりそうだ。

 俺は苦笑して、キアラを手で制する。


「キアラ、落ち着いてください」


 不承不承キアラがうなずく。


「はい……。

お兄さま」


 次の話も発案は婆さんだろうな。


「では、犬人の使者への襲撃はどうです?」


「ああ。

ありゃ犬人でも移住に反対しているやつがいてさ。

そいつが猫人に伝えて、その件を猫人に相談されたからだよ。

どうせ読めているんだろ?」


「やっぱり襲撃と絡めた陽動作戦もあなたの立案でしたか」


 マガリが笑い出す。


「他のやつだとは考えなかったのかい?」


「可能性はあるでしょうね。

ですが作戦すべてに、1本筋が通っていました。

経緯はどうあれ、1人の人物の決断だろうと見ましたよ」


 マガリがオモチャを見つけたような目になった。


「ふーん。

でもその解答じゃ、はあげられないね」


 やれやれ口頭審問かい。

 話を聞きに来ているのは俺なのだが。


「犬人への襲撃は、最低人数です。

犠牲は最小限に抑えていました。

これは明確な陽動で、一つの目的を目指して動いている証拠ですよ」


 楽しくなってきたとばかりに、マガリがニヤニヤする。


「ほーう」


「全戦力をぶつければ、使者を殺して護衛の騎士を倒すことはできたでしょう。

でも、目先の小さな成果をとらなかった」


 マガリが満面の笑みになる。

 婆さんの満面の笑みは不気味だ。

 お迎えの死神に、ちょっとだけ同情したくなる。

 苦痛手当はでるのだろうか。

 仕方ないので試験官への回答を続ける。


「明確に私に狙いを絞って、あわよくば現地戦力をできるだけ削る。

この一連の作戦を、複数人でバラバラに考えたって実行は難しい。

まとまり過ぎているんですよ」


「なかなか面白いね」


 しぶとい婆さんだなぁ…。


「ある意味、捨て石を用意しての計画ですからね。

立案者が複数人いた場合、自分の担当分の責任回避をしたがるでしょう。

首脳陣が多くなれば勝つことより、勝利をしゃぶり尽くすことに意識がいきますからね。

成功したら、被害の差によって戦後に恨みが生じかねない。

そんな綱引きを始めたら、作戦が駄目になりますよ」


 マガリが楽しくてたまらないといった顔になっている。

 俺、この婆さんの娯楽扱いなんか?


「いいねぇ……。

いいねぇ……。

久しぶりに背筋が伸びそうだよ」


 伸びなくてもいいから、合格にしてくれよ。

 俺はため息をつく。


「1人での立案で、戦後の恨みを引き受けてもいいと思う人。

その人が、計画を立てるか承認するでしょうね。

その人は、意見を通せる権威もないと駄目です。

先ほどのお話で、あなたが知力と決断力を十分もっていることが分かりました。

条件にちょうど合致したのがあなたです」


 パチ、パチパチ。


 マガリが拍手をして、満面の笑みを浮かべていった。


「大変よくできました」


 俺、情報を聞きに来たのに何か試験を受けさせられています。

 どうしてこうなった……。

 その婆さんは性悪だ。

 今そう決めた。


 情報を仕入れたいのだが……。

 素直に教えてくれるのかね、マガリ性悪婆


「屋敷の位置は分かったとして、位置までよく特定できましたね」


 マガリが白けたような顔になって、ため息をはいた。


「そりゃ坊やは公的で何かあったら、あそこの部屋で話とかしているんだろ」


 あっちゃー。

 やられた。

 そこまで見ていたのかよ……。

 思わず頭をかいた。


「多分そこに避難するだろうと、アタリをつけていたわけですか」


 マガリが笑い出した。


「アタリはつけていたけどさ。

使い魔で最後には確認していたよ。

坊や……窓際の木は、切った方がいいよ」


 グウの音も出ねぇ。


「ただ女2人の坊や1人で、4人の精鋭が簡単に負けたのは予想外だったよ。

2対4の想定だったからね。

そこのお嬢ちゃんと、坊やが強いとは思えなかった。

エルフの嬢ちゃんも、そこまで強くないだろう」


「あれは私も予想外でしたよ」


 キアラを見てほほ笑んだ。

 ほんと大金星。

 キアラも、にっこり笑う。

 マガリ性悪婆が首を振った。


「揚げ句にだ……翼付の連中が、途端に飛べなくなる罠のおまけつきだよ。

あれは一体、どんな手なんだい」


 やっぱりそこは認識されていたか。

 俺はマガリに笑いかける。


「有翼族がどうやって飛ぶか? 

子供が疑問を解明しようと、好奇心の赴くまま突き進んだ……。

その成果ですよ」


 万策尽きたといった感じで、マガリ性悪婆が大げさに肩をすくめた。


「あれで、翼付の連中がビビってしまってねぇ……。

自分の長所がつぶされるのって、ショックがでかいんだよ。

気の毒なくらいにね」


 もう一つ聞きたいことがある。


「ところで猫人が、我々を本拠地に引き込もうとしているのです。

心当たりありますか?」


「猫人は秘密主義でね。

アタシらを利用するときだけは、声かけるけどさ。

それ以外はダンマリさね」


 つまりは分からないと。

 マガリが大げさに天を仰いだ。


「そのあたりの不信感と、翼付が役に立たなくなった。

おまけに襲撃の失敗は、アタシたちのせいにされてね。

揚げ句、森の幸のお届け物だ。

打つ手なしさ。

それで白旗をあげたわけさね」

 

 白旗自体は疑ってなかったが、疑問は結構埋まったな。


「なるほど、よく分かりました」


 席を立とうとすると、マガリ性悪婆に止められた。

 手で俺を制したのだ。


「おっと、アタシにも聞きたいことがあるのさ」


「何ですか?」


 マガリ性悪婆が、ニヤリと笑った。


「何でアタシが1人のときに、話を聞きに来たんだい?」

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