117話 体質疑惑

 人が増えて暴動が発生する場合、大きく2種類ある。


 防衛などで軍事力が、空白になったとき。

 限界まで不満がたまって暴発したとき。


 どちらかと言えば、この町は前者だろうな。


 不満は増幅しにくいように、移民はできるだけ固めないようにする。


 前世だと人権侵害とか言われるが、ここは違う世界だ。

 そのあたりは、領主の権利で分断する。

 人権とか言って好きなようにさせたら、絶対に固まる。

 そして、不満が増幅して爆発する。

 さすがに、家族を引き離すことはしないが……。


 こんな隙を猫人に扇動されると、ちょっと問題になる。

 だが隙を見せないのも難しい。


 まず飢え死にさせないように、食事だけはちゃんと与えないといけない。

 食が安定すると、次は別種の問題になるが……。

 食の問題よりは、暴動は発生しにくいだろう。


                  ◆◇◆◇◆


 事前に打てる手は打つ。

 オラシオを呼び出した。


「領主、俺に聞きたいこととは?」


「移民の様子はどうですかね?」


 オラシオは特に、問題ないといった感じの表情だ。


「今のところは、手探りといったところだ。

最初は不安だったようだが、食事は安定して食べられるからな。

最近は精神的に落ち着いてきた感じだな」


「今のところは大丈夫そうですね」


 オラシオがけげんそうな顔をした。


「随分心配されるな」


「不意打ちは被害が大きいですからね。

食が安定したら、次は住居。

次は社会的地位と……不満のタネなんてつきないものです」


「人数が多いのも考えものだな」


「いえ。

一気に異なる文化の人が、大勢入ってくるのが問題なのですよ。

この町の住人が1万人だったら、私は何も悩みませんでしたよ」


「では、できるだけ注意するようにしよう」


 それで移民に余計に警戒されると、かえって疑心暗鬼になる。


「警戒しすぎるよりは、普段どおり接して目に余る要求のみ突っぱねてください。

ただ、要望の頻度とかを教えてくれればいいです」


 オラシオは俺の言わんとすることを理解したようだ。


「予兆か」


「ええ、あと猫人が忍び込んできたら教えてください」


「移民を称して、猫人が一部を送り込む可能性は?」


「今は敵なので却下します。

猫人が分裂するのは、イノシシが暴れだしてからですよ。

それまでは偽装でしょう」


「分かった。

では注意しよう」


「お願いします」


 9割以上の確率で、暴動は起こると見ている。

 個人の暴発ならいいのだけどね。

 そこまで、楽天的になれないのだ。


 ほんと、領主なんて真面目にやるもんじゃねぇ。

 馬鹿領主が量産される意味を、しっかり理解してしまった。


 とはいえ、世界の常識に反する社会を作るのだ。

 そんな馬鹿など許されるはずもなく……。


                  ◆◇◆◇◆


 オラシオが退出したあとのこと。

 入れ替わりで喪女シルヴァーナが駆け込んできた。


「アルゥぅ! 来たよ! 来たよ! 人がぁぁぁぁぁ」


 何でこの喪女シルヴァーナは、いつもテンションが高いのだろう。


「文字の教師ですか」


「そう! 1人だけど、0人よりマシ!」


「どんな人なのです?」


「アタシの知り合いでね、冒険者ギルドの受付やっていた人よ。

なかなかの美人でね」


 受付との単語に、ミルとキアラの手が止まった。

 美人との単語に、ミルとキアラの視線が鋭くなる。


「辞められたのですか?」


 喪女シルヴァーナが、言いにくそうに明後日の方向を見た。


「あーうん。

実はさぁ……婚約してた人がいたんだけどね、冒険者で」


 何か嫌な流れだ。


「ただ……その冒険者が、他の受付と二股かけてたのよ」


 うわぁ……。

 それ以外の感想はでない。


「それで辞めて、こっちに来ると」


 喪女シルヴァーナが思い出して憤慨している。


「振られたあとに発覚したのだけどさ。

結婚直前でそんな目にあってね。

ギルド辞めて、しばらくは茫然自失だったらしいのよ。

でもアタシの手紙を思い出してね。

2人と顔合わせなくて済むだろうからって」


 それは、ちょっと注意が必要だな。


「なるほど。

では配慮が必要になりますね」


「そうなのよ。

お願いするわね。

けっこう傷ついているから。

アルなら余計に傷つけることはしないから安心しているけどね」


 聞き耳を立てていたキアラが、こっちを見た。

 表情がない。


「シルヴァーナさま。

一つよろしいですか?」


 喪女シルヴァーナが何事かと言った顔で、キアラを見た。


「キアラちゃんどうしたの?」


「文字の先生は歓迎いたします。

ですが性別が問題です」


 喪女シルヴァーナが、意味不明といった顔になった。


「ええっ。

女で何か悪いことあるの?」


 キアラは人さし指を振った。


「いいですか。

お兄さまは傷心だったり、不幸な女性をとんでもない力で惹きつけてしまう。

飛んでいる鳥だって……地面に落下するくらいの力ですわ。

そんな困った体質なのです」


 おい! 体質って何だよ。

 ところがミルまで真剣な表情でうなずいた。


「そうね、確かに危険ね。

あの魔力は危険だわ……」


 喪女シルヴァーナが、予想外の攻撃に慌てだした。


「ああ、それなら大丈夫よ。

その子25歳で年上好きだからさ」


「16歳に見えますか!」「16歳に見えないでしょ!」


 おい、2人そろって、それはないだろ

 喪女シルヴァーナが、何とかこの局面を打開しようと必死に記憶を巡らせる。

 脂汗をかきつつ、横目で俺を責めるように見ている。

 え? 俺のせい?

 突然パッと表情が明るくなった。


「いや……大丈夫! たくましい男性好きだから!」


 キアラはその言葉に重々しくうなずいた。


「それなら……大丈夫ですわね」


 ミルまで安堵のため息をついた。

 胸に手まで当てている。


「アルは確かに、マッチョではないからね……」


 喪女シルヴァーナが、心底ホッとしたようだ。


「次の船で、荷物と一緒にこっちに移住するって。

市民になりたいってさ」


「わかりました。

あとは、仕事ぶりを見てから役職を考えましょう」


 ちょっと待てよ。

 女性が来るたびに、審問を受けるのか? 

 俺節操なく女性を口説いていたか? ないよな……心配しすぎだろう……。

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