105話 給料が高くても使えないと意味が無い

 金は出すから、使い道を考えろ。


 経験がないから、パニック状態になる各部署。

 だが、俺は黙って見守る。


 彼らには、彼らの生きてきた歴史がある。

 それを、元に新しい歴史を作ってほしい。

 よそ者の俺にはできることではない。


 したがって、彼らがたどり着いた結論が正解と認める。

 ただし、俺に頼りきるのは正解とは認めない。


 そんな中、トウコが執務室に走りこんできた


「領主! お前たちで考えろとは、どんな意味だ!」


「そのとおりの意味ですよ」


「一体何のつもりだ? 俺たち虎人は、他の連中のことなんて知らないぞ」


「では、知ってください」


「簡単に言うな!」


 やれやれ、仕方ない。

 ちょっと思考を操作するか。


「あなたたち、虎人は強さを指標として部族を守ってきましたよね」


「そうだが?」


「その強さを示す意義は何ですか?」


 当然と言わんばかりのトウコ。


「そんなものは決まっているだろう。

部族を守るためだ」


「では……制度を考えて、人々を守るのは強さではないのでしょうか」


「しかし、われわれは他の連中のことは知らないぞ」


「知らないで済ませるのは、虎人の流儀ですか? 知も力ですよ? 力がないからと言って諦めますか?」


「そ、それは……」


 脳筋は操作しやすい……内心の悪魔のほほ笑みを隠して、真面目腐った顔をする。


「それとラヴェンナに来たからには、種族の差はありません。

たとえ虎人であれ、人間であろうと差はありません」


「それは聞いている。

そして領主のたわ言でないことも知っている」


「では……あなたたちも、そうしてください。

他の種族のことも知った上で、虎人の能力を生かしてください。

それともで無理ですか?」


 トウコがばっと、席を立った


「なめるな! やってやる! 絶対に認めさせてやるからな!」


 そして、嵐のように去っていった。


 当然、移民省が、阿鼻叫喚の地獄絵図と化したのであった。

 体育会系がやる気を出して突進する。

 それが、どんな意味を持つか……ま、俺には関係ないさ。


 予算だけ決めて、残りをぶん投げた。

 おかげで平和になった執務室で、キアラが笑う。


「お兄さま、人が悪いですわよ」


「でも、効果的だろ?」


 ミルがジト目で俺をにらむ。


「そんなことするから。

また、変な呼び名が増えるのよ……」


 俺のせいなんかい……

 ミルがため息をつく。


「また誰か走ってきているわよ……。

ああ、この気配はヴァーナみたいね」


 以前から屋敷内の索敵を頼んでいたのだが

 観葉植物の世話をしている間に、つながりが深くなったらしい。

 いつもと変わったことがあれば、植物が知らせてくれるまでになっていた。

 それはそれで、不都合もあるのだが別の話である。


 それより熟練するとそうなるのか、と感心してしまった。

 予想された災厄、半泣きで喪女シルヴァーナが駆け込んできた。


「アルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! 人が来ないのよぉぉぉぉぉ!」


「文字の教師の話ですよね」


「そう! 何で、あれだけ高額なのに、人が来ないのよぉぉぉぉ」


「こんな辺境で、金をもらっても、使い道ないからですよ」


 喪女シルヴァーナが初めて気がついた表情になった。


「ぐっ、それで高値にしたのね…」


 どんなに、給料が高くても使えないと意味ないだろ。

 転生前でもネットもつながらない孤島でウン年勤務……月給100万円と言って、どれだけ人が来るかってやつだ。

 ただ、逆に高すぎると勘繰られて変な人がくる。

 兼ね合いが難しい。


「なので、そう焦らなくてもいいですよ。

苦労するのはシルヴァーナさんですし」


「鬼! 悪魔! スケコマシ!」


 おい、最後なんだよ!


「仕送りをしたい人とかが、そのうち名乗り出ますよ」


「そのうちっていつよぉぉぉぉぉ」


「さぁ~」

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