第100話 俺だけハードモード

 気のせいではないと思う。

 徐々に敵の頭が良くなっている。


 どんなバトル漫画だよ。

 異世界転生ものは、住人が馬鹿なんじゃないのか。

 住人の理論にしてもガバガバで、テンプレの会話。


 俺のときだけ、どうしてちゃんと考えて行動しているのか。

 辺境になるほど、知能が高い気がする。

 何かズルくないか。


 俺だけハードモードじゃねぇか。

 巡礼の旅の最中は、そこまで頭がいいと思ったやつは見てなかったのだが。


「何かさぁ……ここにきてから、周りの知能が高くなっている気がするんだよ。

キアラはどう思う?」


 ミルは索敵に、意識を振り向けてもらっているので話しかけない。


「そうですわね。

確かにちゃんと、自分の頭で考えている。

そんな感じですわ」


 ああ、それだ……この違和感は。


「辺境だからな。

決まった様式や生活パターンだけで生きるのは無理だしな」


「お兄さまは、昔から自分の頭で考えていましたわよね」


「そりゃ習性みたいなものだ」


「となると、普通の人は考えないことが習性なのでしょうね」


 習性……文化……慣習……。


「確かに……何も考えない世界なら、使徒が出てきてもすんなり順応できるか。

むしろ邪魔になるな」


 オーバーテクノロジーが出てきても、あっさり受け入れる。

 それが廃れても、あっさり受け入れる。

 その繰り返し。

 異を唱えたり反論したりすれば排除。

 そのことですら、あっさり受け入れる。


 呼ばれる使徒にしてもそうだ。

 日本人は基本、何でも受け入れる。

 チート能力をあげよう。

 これも受け入れる。

 裏なんて考えない。

 承認欲求も満たされる。


 周囲が反発すれば、そのあたりは日本人敏感だから踏みとどまるが……自分を全肯定する世界だったら止めるものは何もない。

 むしろ、積極的にそれに応えようとする。


 神とやらが、日本人を転生させる理由の一つか。

 俺が特殊で、アテが外れたってわけか。

 確か、ピンポイントで狙うのは難しいようなことを言っていたな。


「つまりさ……教会とか使徒の影響から外れるほど、皆自分の頭で考える。

そうならないか?」


「そうですわね。

辺境は使徒の影響は、ほぼないですから。

そのおかげで、お兄さまの事業に適した人たちがいますわね」


「そのとおりだ。

有り難い反面、敵になると面倒だよ……」


                  ◆◇◆◇◆


 会話の最中に、突然ミルが顔をあげた。


「何かが屋敷に接近したわ! 壁伝いに屋上にあがってる!」


 俺は、ミルとキアラを見て叫ぶ。


「2人は窓から離れろ! 近いか?」


「え、ええ……真上? ここ2階よね?」


 ガシャーンと窓ガラスを割って、侵入者が入ってきた。

 猫人2名、続いて有翼人2名。

 地上から回り込んで屋上に上って、そこから2階に侵入かよ……。


 侵入者が俺に剣を向けて叫んだ。


「いたぞ!」


 何だと? ここに、アタリをつけていた?


 ミルは即座に、風刃の魔法を打ち込んだ。

 事前に詠唱を済ませていたのだろう。

 まさに即座だった。


 猫1人に直撃したが、止めを刺すまでは至らない。

 魔法使いとしての実力で計れば弱い部類だ。

 それは仕方ない。


 すかさずもう1人の猫が、俺に飛び掛かってきた。

 さすがの跳躍能力。


 迷っている暇はない。

 殺人光線を正確に、頭にぶっぱなす。

 ジュっという音と共に焦げた匂いが漂う。


 1人は片付けた。

 飛んでいる最中は避けられない。

 これで手札は使い切った。

 どうしたものか……。

 剣を振るって力が発動しては全てが水泡に帰す。

 どうする? 危険だが……もう一発狙うしかないか。


 そこに予想外の角度から短剣が飛んできた。

 それは生きている猫人の後ろにいた有翼人に当たった。

 連続でもう1人にも当たった。

 キアラの投げた短剣だ。

 見事な腕前だよ。


 予想外だったらしく避けることはできない。

 だが致命傷ではないようだ。

 キアラの声が響く。


「お姉さま、あと1人!」


「分かったわ!」


 ミルが既に抜いていた細剣で怯んだ猫人に打ちかかった。

 無理に加勢するとミルの邪魔になる。


 キアラ1人では、2人の有翼人の相手は無理がある。

 と思っていると2人の有翼人が、呻き声をあげつつ倒れて痙攣を始めた。

 毒か……しかもえげつないの。


 それを見て残った猫人が気を取られた、すかさずミルが切りつけて即座に止めをさす。

 普段は穏やかだけど、修羅場では迷いがない。

 俺よりずっと優秀だよ。


 何事もなかったような顔で、キアラがミルに視線を向ける。


「お姉さま、他はまだいますか?」


 一瞬目を閉じたがミルは肩の力を抜いた。


「いえ……大丈夫よ。

もういないわ」


 正直キアラには驚いた。

 確かに、太もものベルトにいくつも短剣をつけていたけど……。

 ここまでの腕前とは知らなかった。


「短剣投げの特技なんて聞いてないぞ」


 キアラは無感情に痙攣して嘔吐している有翼人を見下ろしたままだ。


前世は散々練習していましたの。

非力な女の子が生きる手段として……ですわ。

奇麗な花には、トゲがあるものですの」


 あくまで、警戒は解いていないようだ。

 前世では修羅場を経験していたのだったな。

 こんな所で、頼りになるとはうれしい予想外だ。


「何の毒だ?」


 キアラは俺を横目で見ながら、有翼人から目を離さずに笑顔で答える。


「トリカブトですわ。

お姉さまにお願いして、こっそり育てていましたの。

キアラ特製の調法で、毒素はたっぷり強くしてありますわ」


 キアラは痙攣している有翼人を、ゴミでも見るような目で見ている。

 殺気はないが、静かな憤怒のような感情が見て取れる。


「お兄さまを害する目的で来たのです。

慈悲もかけません。

容赦なんてしませんわ。

絶対に助かりません。

せいぜい苦しんで逝きなさい」


 ミルも普段なら少しくらいは気の毒がりそうだが……違った。

 表情は平静だがものすごく怒っているのが分かる。

 有翼人を見下ろす瞳がとても冷たく別人のようだ。


 俺を殺そうとしたからだろう。

 大事なものを奪うものには容赦しない。

 そう見て取れた。


 有翼人はじきに息絶えた。

 不意打ちで何とかしのいでいる。

 別の方法で、安全を考えないといかんな。

 俺が弱いと思ってくれているから、まだ何とかなっている。


                  ◆◇◆◇◆


 外の騒がしさも収まって、ジュールが駆け込んできた。

 部屋の様子を見て、ジュールは安堵した顔になる。


「ご主君! ご無事で何よりです。

奥さまとキアラさまもご無事で……」


 俺はジュールの言葉を遮る。

 知りたいことがあるからだ。


「ジュール卿、ご苦労さまです。

外の被害はどうです?」


「こちらの死者2名、負傷者10名です」


「死傷者に子供は?」


「死者は従卒が2名。

子供の1人が重症です」


 その言葉に一瞬、目の前が暗くなった。


「助かりますか?」


「恐らくは」


「子供は今どこに?」


 俺は無意識に歩き出していた。


「臨時の病院です」


「キアラ、ミルは後処理を頼む」


 俺はそう言って駆けだした。


 可能性があるのは分かっていた。

 だが……現実を突きつけられると、やはり辛いものがある。

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