第96話 飛ぶだけで有利である

 空を飛べる。

 それは、とんでもないアドバンテージである。

 飛びながら遠距離から、弓を射ても良い。

 重力の関係で矢の威力も上がるし、飛距離も稼げる。

 それよりも、偵察で敵の位置を把握しやすい。


 昔は使い魔で、敵の位置を捕捉することがはやっていた。

 そのおかげで、対策も採られている。

 現在はジャミング用の道具が存在して、比較的簡単に使い魔と術者の連絡を絶てる。


 よくあるファンタジー物で鳥の目を使っているのに、なぜか人が見下ろしたような映像が見えることはない。

 見える映像は、鳥のそれである。


 昔に好奇心で試したことはあるが、気持ち悪くなった。

 夜は見えないし、悪天候では飛べない。

 コウモリを使い魔にしても、超音波でどこに何かあるか分かる程度。


 鳥の目をごまかすマジックアイテムまである。

 捕捉できないばかりか偽装して、別のものを見せられることもある。

 使い物にならない。


 有翼人は鳥の視野と、人の視野を切り替えられる。

 人の視野で見れば、ジャミングがあればその位置を検知できる。

 幻影で偽装されていたら、そもそも無理だが……それでも得られる情報は段違いだ。


 敵の軍隊の位置が分かれば、集中と分散を適切に行える。

 俺が一番怖いのはそこだ。


 古来より指揮官は敵の正確な位置を読むために腐心している。

 優秀な指揮官は全てその能力に優れていた。


 相手に位置が知れると、主導権が奪われる。

 主導権を奪われてしまうと、犠牲が増していく。


 大勢の異動なので、ジャミングも無理。

 ルートも把握される。

 増援の位置も高所からなら見える。


 森の中の移動では視認も難しい。

 しかし……野営などすれば、煙が立つので位置の推測までできる。

 護衛に常時緊張状態を強いるのは、人の能力に対して無いものねだりだ。


 疲労が出て軍紀が緩んでいるところを攻撃されたら、被害が増す。


 そして、エイブラハムの帰路を襲撃した。

 この事実は、有翼族の偵察の可能性を示唆している。


 犬人、有翼族、人間、猫人の歩調を合わせたのは位置を捕捉したのだろう。

 ただ待ち構えていたことも考えられる。

 だが、有翼族が混じっていてただ待っていたなんて考えにくい。


 仕かけたのは、成功すればもうけものといった感じだろうか。

 それとも陽動か。


 その点を、俺が指摘すると喪女シルヴァーナと、チャールズは考え込んでしまった。

 ミルとキアラは、俺が悩んでいたことに納得したようだ。


 チャールズが、渋い顔になった。


「そうなると、話は難しくなりますな…」


「偽装も難しいので、いろいろ考えないといけないのですよ」


 チャールズは困惑気味だ。


「騎士団が出張っているときを狙って、町を襲撃されることもありえますなぁ」


 オラシオが待っていましたとばかりに、身を乗り出した。


「防衛はわれわれに任せてくれ」


 さすがに、それは許可できない。

 俺は首を横に振った。


「これ以上、狼人の犠牲を出したくないのですよ。

特に成人男子の比率が下がっているので」


 オラシオが黙り込む。

 さすがに代表だけあって、そのあたりは気が付いているようだ。

 チャールズが考えるように腕組みした。


「護衛の人数は、最大限にせざるを得ないですなぁ。

少なければ犬人たちの疑念を招きます。

道中の警護を強く意識させて、町の防御を手薄にさせる。

陽動だった線が強いですな」


「その可能性が高いです。

分かっていても、犬人への護衛を最優先することになります。

敵は有翼人で、状況の確認もできますから」


「狼人たちを当てにしないのであれば、どんな手をうちますかな」


 オラシオが身を乗り出す。

 どうしても、戦いに参加したいようだ。


「それならわれら狼人が、護衛を引き受けよう」


 だが……話はそう単純ではない。


「それなら、犬人の方を狙うでしょうね」


 チャールズが納得いかない顔をする。


「そんな都合よく移動できますかね」


「空から状況を確認できれば間に合うでしょう。

護衛の移動速度は遅いですからね」


 ため息が出る。

 使徒の力を使うように良い感じで追い込んでくれる。

 だがここで使えば、今までの努力がチャラだ。

 つまりは俺の思想のために、誰かを犠牲にする。


 オラシオが真剣な顔で俺を見ている。


「ご領主、われわれは同じ市民だ。

確かに成人は減ったが、仲間である市民を守るために俺たちは戦う」


 俺は決断を下しかねていた。

 そんな俺を見て、チャールズが何かを決めたような顔になった。


「騎士団の従卒で、腕の立つものを防衛に残しましょう。

指揮はメルキオルリ、補佐はダヴォーリオに。

ご主君の護衛を、一時的に外れますがご容赦を」


 軍事部門のトップの言には従うしかない。


「それが無難ですかね、狼人には基本補助に回ってもらいますか」


 オラシオが意気込んだ。


「承知した。

ただ、子供たちに弓が得意なものがいる。

遠距離からだけでも参加させてほしい」


 それは絶対にダメだ。

 俺は強く首を横に振る。


「絶対にダメです。

その後で戦わなかった子供たちの肩身が狭くなります。

結果として不和の元になります」


 オラシオは、強く首を振った。


「今はそんなことを言っている場合じゃないだろう。

生き残ることが最優先だ。

それに他の子供たちにも、この後で訓練させればいい」


 チャールズまでその言葉にうなずいた。


「オラシオ殿の意見が正しいと思いますな」


 悩ましいが仕方ない。

 繰り返すようになるが、軍事の責任者の意見には従うしかない。

 俺が一任するといった以上、俺の言葉よりずっとその決断は重い。

 俺は絞りだすように言った。


「分かりました。

余りにしらじらしい言葉ですが……言わせてください。

子供たちには、危険を避けるよう徹底を。

そして絶対功を焦って突出しないように厳命してください」


 何かあるたびに、自分の決断の重さを思い知らされる。

 子供を、戦場に駆り出すとは……。

 自分で戦場に立つことを選択した大人なら、まだ割り切れる。

 だが子供が戦場に立つことを強いるのは、さすがに耐えきれない。

 そんな中、別の報告がこちらに上がってきた。


 虎人からの使者が来たのだ。

 一斉に動きだしたな。

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