第95話 閑話 愛の成就と愛を捧げる事の違いについて

 犬人の使者であるエイブラハムさんが襲撃された。


 相変わらず、アルは予言者のように未来を見通す。

 驚きつつも頼もしいと感じて、ただ味方であり続けてアルを助けたい。

 私、ミルヴァはそう思っている。


 そんなアルが、襲撃者の中に有翼族がいると聞いて表情を変えた。

 いつになく、真剣な表情で「対空、対空」とつぶやいている。

 有翼族は数が少なくて邪魔ではあるが、脅威にはならない。

 そんなイメージがある。


 しかしアルは、何か別の危険を見ているようだ。

 こんなとき、良いアドバイスができないのが歯がゆい。


 アルがあんなに考えているのは、きっと有翼族を有効に使う方法があるのだろう。

 さっぱり分からない。

 弓や魔法で射落とせば済む話。

 でも違うのだろうな。


 せいぜい、その手の経験がありそうなヴァーナを推薦するくらいだ。

 キアラも、歯がゆい感じだったのだろう。

 ロッシさんを呼ぶくらいしかできない。


 ヴァーナとロッシさんを呼んで相談したのは

 有翼族との戦い方……新たに現れた人間の襲撃方法、あと全体の人数。

 ヴァーナもロッシさんも、有翼族は厄介だがそこまで危険ではない認識だった。


 アルは頭を整理したいから、次の日に続きをと言って話を切り上げた。

 少し苛立っているように見えた。

 それを他人に見せないように……かなり我慢していることも分かった。

 キアラも、同じように感じていたみたい。


                  ◆◇◆◇◆


 その夜に2人でお風呂に入っていると、自然とアルのことが話題になった。

 ふだんは、他愛もない話をしているのだが……。

 今日のアルは気になった。

 すぐ隣で湯に漬かっているキアラが、ぽつりと言った。


「お兄さま、すごく深刻な顔をして苛立ってましたわね」


「ええ。

原因が分からない自分が情けなく思えるわ……」


 14歳なのに達観した感じで、キアラがつぶやいた。


「多分、お兄さまの高みには誰もたどり着けないと思いますわ。

素地が違いますもの」


「素地って?」


 しばしキアラが、真剣な目で考え込んでいた。

 突然、私がアルとよくやっている暗黙の合図をした。

 音声遮断魔法をかける合図だ。

 少し驚いたが、要望に応えて音声遮断魔法をかける。


「アルに聞いたの?」


 キアラは悪戯っぽく笑った。


「おねだりして教えてもらいました」


「それで聞かれたくない話って?」


 キアラは真顔になっていた


「素地の話ですわ。

お兄さまは普通の16歳……そう思っていませんよね」


「ええ、あり得ないし」


「では……あの知識や判断、冷静さはどこから来ていると思いますか?」


 そんなの分かるわけがないお手上げって、顔になってしまう。


「まるで想像もつかないわよ。

何か秘密があるとは思っているけど……無理に聞き出す気はないし」


「私はある程度分かります」


 キッパリしたキアラの言葉に、胸が痛くなった。

 私は知らなくて、他人が知っていることがある。

 それが、とても悔しかったのだ。


「お姉さまが分からないのは当然ですわ。

普通あり得ないことですから」


 私は悔しさを押し隠すように、無感情を装う。


「どうして、キアラは分かるの?」


「私とお兄さまは、同じだからですわ」


 まるで、意味が分からない。

 自然と不機嫌な言い方になる。


「意味が分からないわよ……」


 私は自分で思っているより、ずっと独占欲が強いみたい。

 アルの1番で、世界で1番アルのことを知っていたい。

 心の底から思ってしまっている。

 もちろん、アルには私の全てを知ってほしい。

 キアラが、申し訳なさそうに言った。


「御免なさい。

自分ではどうしようもないことなのです」


 さらに分からなくなった。


「どうしようもない?」


 キアラがつぶやいた。


「私は……前世の記憶があるのですわ」


 びっくりして固まってしまった。

 思考が追いつかない。

 キアラが語り始めたことは衝撃的だった。

 彼女も、私と同じだったのか……。

 使徒を信奉できずに、世界に居場所がない。

 そして納得もしてしまった。


 なぜキアラが、アルにあそこまでこだわるのか。

 アルから切り離されると、彼女は世界で1人になってしまうからだ。

 思わず、キアラを抱きしめてしまった。

 穏やかに、キアラが答えた。


「いつかはお姉さまにも話すつもりでしたのよ。

お兄さまも私と同じだと思います。

それなら納得できませんか?」


 ため息が出た。

 最近アルのため息と似てきた気がする。


「確かに……そうね。

お伽噺で聞いた大賢者さまの生まれ変わりでも驚かないわよ」


「私もそう思っています。

直接は聞いていませんけど、これに関してお兄さまは話したがらないのです」


「そうね。

自分は大賢者の生まれ変わりなんてアルは言わないわね。

前世は偏屈な老人だったというのがせいぜいじゃないかしら」


「そうですわね」


 2人で笑ってしまった。

 真顔でキアラが言った。


「私、お姉さまがとてもうらやましいのです。

理由は分かりますよね」


 キアラは妹で、アルと結ばれることは決してない。

 黙ってうなずいた。


「だから……私は愛の成就は、今のところ諦めています。

けど愛はささげ続けたい、そう思っています」


「今のところって……?」


 キアラは陰のある笑顔になった。


「次、生まれ変わったら、お兄さまの妹にならない。

それなら結ばれますわ」


 発想が飛んでもなかった。

 普通の人が聞いたら、怖くて引くレベルの話だ。

 びっくりして聞き返した。


「いや、転生するとは限らないでしょ。

それに記憶が戻るとも限らないし、アルの生まれ変わりに会えるとも限らないわよ」


 キアラはどこか、寂しげな顔になった。


「しますわ、そう信じないと生きていく希望がありませんもの。

それに一度転生したなら、もう一回……転生しても良いですよね」


 こんな決意を聞かされると……独り占めして良いのかって、気になってしまう。


「そう……」


「そこでお姉さまに、相談があります。

今……お姉さまはお兄さまを独り占めしています。

来世になったら、私に半分お兄さまをくださいね」


 さらにぶっとんだ発言だった。

 自分の目が点になったのが分かる。


「ええっ。

確かに私の方が、長生きするけど。

アルが生まれ変わって……記憶を取り戻すとは限らないでしょ」


 確信があるかのように、キアラが言った。


「取り戻すと思いますわ。

いつかは分かりませんが。

そして取り戻したら、絶対にお姉さまに会いに行きます。

孤独なままにはしないでしょう」


 返事に窮してしまった。

 でも本当にそうなら、アルは私のところに来る確信はある。

 生まれ変わったから無関係。

 新しい女と、新しい生活。

 そんなことできる人ではないからだ。


「変な話ね。

黙っていればアルを独り占めできるのよ?」


 キアラは首を横に振る。


「もし黙って独り占めしたとします。

お兄さまの記憶が戻ったときに、私が黙っていることを知ったら……お兄さまを心底悲しませてしまうからですわ。

それに、私はお姉さまのことが好きですわ」


「私もキアラのことは好きよ、妹ができてうれしかったもの。

いいわ、来世は2人で半分こしましょう」


「『俺を半分にしたら死ぬんだけど』なんて言いそうけどね」


 とんでもないしあり得ない未来の話をしたが、とても楽しかった。

 楽しすぎて2人とも、来世でアルとどう過ごすか長々と話し込んでのぼせてしまった。

 きっと他人から見れば、気持ち悪いと思われるだろう。

 それでもいいと思える。

 この結びつきは他人には分からないのだから。


 そして……本当の意味で、キアラとは姉妹になった気がした。

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