第76話 落差ある人生
冒険者ギルドからの接触があった。
そろそろ未来に向けて、手を打つ必要がでてきた。
外部から意識される存在になったのだ。
その結果として、海賊が襲ってくる可能性もある。
つまるところ海軍の創設。
基本的にラヴェンナは、将来の交易などを含めてシーパワー主体でと考えている。
当然ながら、軍事の最高責任者に相談が必要になる。
チャールズが考え込んだ。
「海軍ですと? また相変わらず、突拍子もないことを言い出しますな……」
「海賊の被害がでてからでは遅い、そう思いませんか?」
チャールズが、自身のアゴをなでた。
「そうではあるのですがね。
普通の兵士は最悪武器をもたせれば、最低限の戦力になりますが……。
海軍の育成は、時間もカネもかかりますな。
ご主君が言われる海軍とは、当然……1隻や2隻ではないでしょうな」
「最低10隻は欲しいですね。
船上から強襲揚陸もできる軍を目指します。
加えて湾の外にある島に、海軍基地をつくります。
併せて灯台もそこに」
チャールズの顔が渋くなる。
軍事のトップになって以降、予算の配分などでけっこう頭を悩ませていると専らの噂だ。
「予算はあるので?」
「オニーシム殿からの報告があってですね。
望外の成果で、鉱山の近くに金鉱床の気配があるとのことです」
「ほう……それは大きいですなぁ。
財政的にも」
「まだまだ先の話ですが、海の向こうにも多分大陸はあるでしょう。
そことの交易も夢見ています。
あちらにないものを売って、こちらにないものを買う。
これが交易の要点ですからね」
ゲームのようにただ交易コマンド実行……でカネが増えるわけではない。
下手な交易だと却って赤字になる。
チャールズが上を向いて、ため息をついた。
「先の話すぎて実感が湧きませんな」
「でしょうね。
でも考えておくことは損にはなりません。
それと将来的ですが、外部勢力がここに攻めてくるなら当然海からでしょう。
海に目を向けておく必要がありますよ」
チャールズが渋い顔で頭をかいた。
海戦のイメージが湧かないのだろう。
あくまで陸の猛者だからな。
「ですなぁ……」
「前領主の時代にも海戦とまでいかなくても、海賊退治の心得がある人たちはいたと思います。
海に面していて、小さいながらも港はあったのですからね。
海賊への対策もしていたでしょう」
チャールズが記憶を探るように考え込む。
「まあ、船乗りはいましたな。
しかし前の領主は船にはカネがかかるから、積極的な行動はするなと言っていましてね。
どんどん質が低下して、最後はただの浮かぶ物体に成り下がりましたよ。
海賊退治も満足にできないから、商人も寄りつかなくなる……といった悪循環でしたな。
おかげで、優秀なヤツは逃げていきましてね……。
しばらく連絡していないので、健在かはしりませんが…」
ルイ14世当時のフランス海軍の悪習がここでも再現していたのか。
そんな不遇な環境だと、燻る人もいるだろう。
もしくは来るべき再建の日を夢見て、研究に打ち込むものもいるかもしれない。
ダメ元で宝となる人材がいるか、発掘するのも手だな。
スカラ家ですら最低限の関心を払うが、基本は陸が思考のメインだ。
「そのあたり、当たってもらえないでしょうか。
造船技術をもつ人も欲しいのですがね」
チャールズが、首を横に振る。
「そちらは別の人脈がいるでしょうな。
冒険者ギルドを頼ってみては?」
「と言うと?」
「元々漁師の息子とか、そのあたりの食いつぶしがいるでしょう。
広く浅くでしたら、冒険者ギルドが最適でしょう」
あまりそこはかませたくはないだよなぁ。
「ふむ……」
俺の乗り気でない返事にチャールズは眉をひそめた。
「ご不満ですかな?」
「私がつくっている人種も問わない町です。
冒険者ギルドの力を、うかつに入れると……人が大量に流れてきます。
その結果、彼らは外界の論理を振りかざすでしょう。
結果、獣人たちを排斥されても困ります。
人間社会で、外部要因としての獣人は認められています。
ですが、同格とみなしてはいないでしょう。
その結果……変に噂が広がって、教会あたりに目をつけられたくないのですよ」
「人種問わずが、なぜ教会に目をつけられるのですかな?」
「使徒降臨の時期になっても、使徒がでてこない……。
そうなると、教会は必死に原因探しをするでしょう。
言い掛かりでも良いのです。
何かをしているポーズだけでも取らないといけないでしょうから」
俺が原因だが。
「それが、どう関係するので?」
「獣人たちを平等に扱っている。
そんな世界の常識を乱すような不心得者がいるから、使徒さまが降臨されないのだ。
みたいな……馬鹿な話をするのですよ」
「本当に何でも良いから、イチャモンをつけると……」
「ご名答」
チャールズがあきれたような顔をする。
「そこまでしますかねぇ」
「一つの理由が存在意義となっている組織は、自身が生きるためには手段を選びませんよ。
それこそ言い掛かりをひねり出すくらい、教会ならお手の物でしょう。
使徒あっての教会です。
降臨しないなら教会内部の権力闘争にも発展しかねません。
最悪を想定してアリバイづくりに生贄を探すでしょう」
「なるほどねぇ…」
しばし考えたあと、チャールズは何かに気がついた表情になった。
「ファビオ博士を顧問にしているのは、その対策ですかな」
「さすがですね。
私が片腕に期待しただけのことはあります」
「随分遠くを見て、手を打っておいでですな」
「前人未踏の政治をしているのです。
打てる手を、事前に打たないと成功もおぼつかないでしょう」
適当でいいなら、とっくに誰かが成功させているさ。
「冒険者ギルドを使わないで、造船や操船となると難しいですな…」
ギルドをあまり関わらせると面倒になる。
できるだけ避けたい。
チャールズが考えながら言った。
「個別に声をかけるのは良いのですかね?
冒険者を諦めたとか、今の環境でくすぶっている連中ですな」
「それは構いません。
差し当たり、部下たちに確認してもらっても良いですか」
「分かりました。
騎士や元騎士の人脈を当たってみましょう。
しかし……なぜ私に? 他でも人脈があるでしょう」
「軍事は統一して、指揮権がないといけません」
旧日本軍のように、海軍と陸軍で縄張り争いなどされては困るのだ。
「私に権限を一元化したいと。
やれやれ、恐ろしい人ですなぁ。
ご主君は」
合理的な道を考えるとそうなっただけだよ。
俺は小さく肩をすくめた。
「そうですかね。
結果的に楽な方法を選んでいるだけですよ。
私のやっていることは前人未踏です。
だからこそ、皆に不安をもたせるのはマイナスなのですよ。
信仰は困りますが、信頼程度はしてもらえないとね。
皆に逃げられては成功しませんから」
チャールズはなぜか楽しそうに俺を見て笑いだした。
「恐ろしいくらい無能な領主の次は、恐ろしいくらい有能なご主君とは。
私の人生も、落差が激しいですな。
逆だったら目も当てられませんがね」
片手を振りながら、チャールズが出ていった。
そのあとで感心したように、キアラが口を開いた。
「お兄さま、海まで見てらしたのでしたか」
「勿論、最初からね」
ミルは、少しあきれたようだ。
「まだ領地平定すら済んでないのに、気が早いわよ」
「気が早いのは分かっていますが。
ですけどこれ以上遅らせると、いろいろ間に合わなさそうなのですよ……」
ミルとキアラが、目を合わせて意味不明といった顔をしている。
「海軍に限らず、海運は育つのに時間がかかるのですよ。
この場所が発展すると、商人が進出してきます。
そうなると支援を条件に牛耳られる可能性が高いのです。
気がつけば、借金だらけになって実質商人に支配されかねません」
キアラが、身を乗り出した。
「つまり商人が乗り込んでくる前に、足場を固めると?」
「ええ。
海運の基盤があれば、そうそう悪い条件で牛耳られないでしょう。
最悪拒否しても独力でやっていける。
そんな体制がないと交渉すらできませんからね」
ミルがちょっと落胆したような顔になった。
「最近さ……アルの話を、未来の視点含めて理解できるようになったわ。
だから私も成長したかなと思ったけど……まだだったみたい」
俺はついつい苦笑してしまった。
「いえ、2人ともかなり成長しています。
私にとって2人は不可欠な存在ですよ」
外に言えないことを相談できる。
そんな口の堅い共犯者は、とても大事なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます