第26話 安直な最適解

 使徒の子孫が手を出されない不文律がある。


 転生前はよく海外ドラマを見ていた。

 そこで中東の王子が不逮捕特権で逮捕されないのをいいことに、犯罪に手を染める話がたまに出てくる。

 見ていたときは大体、テンプレ過ぎて実際にないだろう。

 世の中はさまざまな状況があって、さまざまな因果がある。

 テンプレは視聴者に受けやすいものの集大成だから、そこに当てはめたフィクションであると。


 いざ自分がその場に立ってみて状況を振り返る。

 自制心を持たないような環境に置くと、人間大体似たような行動をする。

 さっきの間抜けな喜劇の舞台に立ってみて、そんなふうに思った。


 あのバカボンにしてみてもそうだ。

 父の怒りの限界さえ超えなければある意味、何をやっても良いってことになる。

 自制心が発動する対象は父親に限られる。

 安直に考えれば、父親が生存している間はそれで最適解になる。


 俺の登場はイレギュラー。


 さっきのご乱行も、俺がスカラ家のものと明かしたから大事になった。

 結果すぐに父親の知るところとなったのだろう。

 使用人にしても当主の不興を買わないように注意するが、後継者に恨まれてはたまったものではない。

 古代中国でも王が死んだら、世継ぎに嫌われていて処刑されたなんて話もあるくらいだ。

 できるだけ、バカボンの意に添うようにするだろう。


 家が吹き飛びかねない事態でなければ……だ。


 それでも、この事態には違和感を感じる。

 俺が巡礼の旅をしていて、そろそろここに来るのは知っているはずだ。

 当然注意するように伝える。


 しかし、バカボンだけが全く知らなかったようだ。

 ご都合主義に乗せられている気がする。

 どう見ても不自然だ。

 そもそも、この世界自体が妙に単純化されている気がする。

 エルフでもいないかと思った途端にこれだし、揚げ句恩まで売れて知り合いになれた。


 


 あれか、使徒の力を持ったら何か思っていることが実現する。

 そんな仕組みにでもなっているのだろうか。

 そう思えばある程度説明がつくのだが…。


                  ◆◇◆◇◆


 何かの気配を感じた。

 思考を切ると俺の目の前で喪女シルヴァーナが変顔をしながら、クネクネと怪しげな踊りを踊っていた。

 先生とミルヴァが顔を真っ赤にして笑いを堪えている。


「シルヴァーナさん、その踊りは何かの呪術ですか?」


 喪女シルヴァーナが踊りを止めた。


「あ、やっと気が付いた。

アルが思考モードに入ったら固まって、何もかも気が付かなくなるって言うからさ……試していたのよ」


 暇人過ぎるだろ……。


「で、その恋愛成就の呪術は何分やっていたのですか?」


「恋愛成就ちゃうし! 10分もだよ! 10分!」


 そんなに考え込んでいたか。

 そして、たまらず俺以外爆笑しだした。

 人を笑いのネタにするとはひどい連中だ。

 涙目になりながら、ミルヴァが尋ねてくる。


「それで、アルフレードさまは何をそんなに考えていらしたのですか?」


「いや、大したことではないのでお気になさらずに」


 喪女シルヴァーナがあきれた顔になった。


「10分固まって大したことはないって、アルどんだけ暇人なのよ」


 やかましいわ、しかもこんなこと人に言えるか。

 ようやく落ち着いたミルヴァが尋ねてくる。


「いつもこうなのですか?」


「久しぶりですよ。それはそうとラヤラさんはここの出身ですか?」


「私のことはミルヴァと呼んでください。

いえ、もうちょっと離れた森から出てきました」


「なるほど……。

あ、あと私に『さま』はいりませんよ」


 喪女シルヴァーナがなれなれしい態度でミルヴァを向いた。


「そうそうアルで大丈夫よぉ。

会った次の日からそう呼んで良いって言われたし。

そんな堅い話し方をしなくても平気よ、平気」


 いや、おまえが勝手にそう言っているだけだろうに。


「あ、ええ……じゃアルは巡礼の途中なのよね」


 良いか……。

 いちいち否定しても面倒くさい。


「そうですね、ちょうど折り返しといったところですね」


 ミルヴァがちょっとためらってから、真剣な顔で俺を見た。


「助けてもらった上にお願いするのは、厚かましいのだけど。

巡礼に同行させてもらって良い? スカラ家の領地にラヴェンナ地方があるでしょ。 

あそこに用事があるのよ。

急いでないけど、変な男に絡まれると困るし……アルと一緒なら安全かなと。

迷惑でなければだけど」


 ま、そう来るよな……。

 このご都合主義的パターンからして。

 でも俺にもメリットがあるからな。

 それに1人で放りだした結果、変な男に絡まれてトラブルになったら寝覚めが悪い。


 ミルヴァの言葉に喪女シルヴァーナが満面の笑みになった。


「良いわねー。

男ばっかりでむさ苦しかったのよー」


 おまえが勝手に決めるな。

 と言っても断るべきではないな。


「分かりました。

さっきのようなことがあると問題ですからね。

私といれば旅は安全でしょう。

ミルヴァさんしばらくの間、よろしくお願いします」


 ご都合主義を信じるなら、多分……使徒と接点があるか間接的に接点がある人だろう。

 あと、女が喪女シルヴァーナだけだと余りに華がない。

 常識人なら俺の心の平穏になる。


 これ超大事。いやマジでよ。

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