第15話
蒼依を無事救出した俺達は、ジーク達の遺体をその場で埋葬。遺跡の側で一晩明かして、朝になってから出発し、午後になって町へと帰還した。
ちなみに、今日の救出劇のお礼に、蒼依と蒼二が夕食をおごってくれるらしい。ただ、夕食まではまだ時間があるので一時解散。ひとまずは自由行動ということになった。
そんな訳で、俺はギルドの受付へと顔を出す。
「セツナ、なにかありましたか?」
受付嬢のアイシャが心配げな視線を向けてきた。
「……分かるのか?」
「伊達に、ずっと受付嬢をしている訳じゃありませんから」
「そう、か。なら、聞かせて欲しいんだが、ジェイクの母親がどこにいるか知らないか?」
「ジェイクの母親、ですか? なぜそんなことを?」
アイシャがピクリと眉を跳ね上げた。
「彼からちょっとした届け物を頼まれたんだが、母親の居場所を聞き損ねてな」
「そう、ですか。少し待ってくださいね」
アイシャは奥にある資料棚を漁り、取り出したファイルを眺めながら戻ってきた。
「残念ながら、連絡先などは書かれていませんね」
「誰か知っていそうな者はいないか?」
「残念ですが、私には分かりかねます」
「そう、か……」
ギルドが知らないとなると手間だが、ジークの最後の願いは叶えてやりたい。依頼を出して調べてもらおうか。
「アイシャ、なにをやっているのだ?」
不意に声を掛けられて意識を引き戻される。アイシャの隣に、魔法使いが着るような真っ赤なローブを身に付けた中年男性が立っていた。
「アルノーですか。いえ、なんでもありません」
「なんでもなくはないだろう。そこのキミ、なにか困っているようだが?」
「実はジェイクから届け物を頼まれてな。母親がどこに住んでいるか知りたいんだ。アイシャは知らないって言ってるんだが、あんたは知らないか?」
俺の言葉を聞いた男はアイシャの方をちらりと見た。
「なるほど、そういうことか。こっちに来なさい」
「待ってください、どうするつもりですか?」
踵を返した男の背中をアイシャが呼び止めた。アルノーは一度足を止めて振り返り、アイシャに少し困ったような顔を見せる。
「言いたいことは分かるが……キミは少し、杓子定規が過ぎるのではないか? それとも、なにか教えられて、困るようなことでもあるのかね?」
「いえ、そういう訳では、ありませんけど……」
アイシャが黙り込む。
それを見届けた男は俺にこっちだと声を掛け、カウンターの横へと移動した。
「さて、ジェイクの母親が住んでいる場所、だったかな?」
「そうだが、その前にあんたは?」
「おっと、自己紹介がまだだったな。私はアルノー。実質ここのナンバー2で、次期ギルドマスター候補のアルノーだ、覚えておくと良い」
なにやら、以前のアイシャと同じことを言っている。それだけで色々と察した俺は、「覚えておくよ」と受け流す。
「それじゃアルノーさん、ジェイクの母親の居場所を知っているってことだが?」
「ああ。知っている、というか、アイシャの持っていたファイルに書かれていた」
「……どういうことだ?」
「家を教えることで問題が起きる場合もあるだろう? だから、出来るだけ教えないようにするというのが、ギルドの方針なんだ」
「そうか……」
それはつまり、俺が信用されていないと言うこと。いまの俺はアイシャと出会って間もないから仕方がないことではあるが、警戒されているのは少しだけ残念だ。
「彼女も悪気はないはずだ。ただすこし、杓子定規なところがあってな。もしくは、なにか知られて困るような事情がある、とか」
アルノーが声のトーンを落として真剣な顔をする。
「……知られて困るような事情?」
「たとえば――そう、ジェイクと彼女が付き合っている、とか」
真面目だったアルノーの顔が一瞬で破顔した。どうやら冗談だったらしい。
だが、正当防衛だったとはいえ、俺達が殺したジークとアイシャが付き合っていたというのは、たとえ冗談であっても心臓に悪い。
「それで、その母親はどこに住んでいるんだ?」
「あぁ、そうだったな。住所は――」
ジェイクの母親が住んでいるという家の場所を聞いた俺は、さっそくその場所に向かった。
目的の家を訪ねると、ちょうど玄関から中年の女性が出てくるところだった。
「すまない。ジェイクの母親を訪ねてきたんだが、あんたがそうか?」
「いいや、私はここの大家だよ」
「そうか。ジェイクからの頼みで、母親に会いに来たんだが……今は中にいるか?」
「あぁ。それは……少し遅かったね」
「……遅かった?」
「彼女は、何者かに殺されたんだよ」
「母親が、殺された……?」
予想もしていなかった展開に息を呑む。
「昨日の夜に強盗が押し入ったみたいでね。今朝訪ねたら……もう。ただでさえ、残り少ない命を精一杯生きていたって言うのに、酷い話だよ」
「残り少ない命? どういう意味だ?」
「彼女達が引っ越ししてきたのは一年足らず前なんだけど、そのときにはもう、彼女は重い病気を患っていたんだよ」
「……重い病? ジェイクの母親は病気だったのか?」
「不治の病で、数年前に患ったって言ってたね。……あんた、知らなかったのかい?」
「……ああ、初耳だ」
数年前。つまり、ジークの母親が病気になったのは、俺が師匠だった頃のこと。なのに、俺はまったく知らなかった。その事実に少なからず衝撃を受ける。
「そんな顔しなさんな。あの子は自分の辛いことを人に話すような子じゃなかったからね。知らなくても仕方ないさ」
「あんたは二人のことを良く知っているのか?」
「一年近く隣に住んでいるから、それなりには、ね」
「そう、だったのか。すまないが、母親のことを聞かせてもらえないだろうか?}
「あぁ、もちろんかまわないよ」
彼女は近くの石垣に腰を下ろした。俺はその向かい立ったまま話を聞く。
ジークの母親の病は、放っておけば数ヶ月で死に至る重い病だが、薬で症状を抑えることが可能だったそうだ。
だが、その薬はとても高価で、ジークはその薬代を稼ぐのに苦労していたらしい。
「ジェイクは薬代を稼ぐために、ずいぶんと無茶をしていたみたいだよ。だけど、家ではそんな素振りは見せないで、母親のために一生懸命な、よく出来た息子さ」
「……そう、だったのか」
俺は思わず天を仰ぐ。
傾いた太陽に照らされた空は、不吉な赤に染まっている。けれど、そこには雲一つない、とても澄んだ空でもあった。
だが……俺はそれを見誤った。
曇っていたのは自分の瞳なのに、空が曇っているのだと思い込んでいた。自分の不甲斐なさに耐えかねて、俺はぎゅっと拳を握り締める。
「ところで、ジェイクがどこにいるか知らないかい? 数日ほど帰ってきてないんだけど」
「……彼は、死んだ」
「なんだって!? それは本当なのかい?」
「……残念だ」
「あぁ……なんてことだい」
おばさんが顔を覆う。
その様子だけで、ジークやその母親との親交が深かったことがうかがえる。
「ジェイクは、母を救おうと無茶をしたんだね」
「……そうだ。危険なフィールドボスから人々を助けようとして亡くなった、名誉の戦死だ」
俺は嘘を吐く。そうしていたたまれなくなって顔をそむけた。
「そう、か……息子の死を知る前に逝けて、不幸中の幸いだったかもしれないね。……まったく、やりきれないよ」
「……一つ聞かせて欲しい。母親の遺体はどうなった?」
「まだ奥の部屋に寝かせてあるよ。ジェイクが戻ってきたら、埋葬代を払ってもらおうと思ってたんだけど、いまとなっては難しいだろうね」
それを聞いた俺は銀貨数枚と、ジェイクの名前で登録された冒険者カードを取り出し、テーブルの上に置いた。
「これは……?」
「ジェイクの冒険者カードと、埋葬に必要な費用と手間賃だ。そのカードと一緒に、母親を手厚く葬ってやってくれ」
「それはかまわないけど……良いのかい?」
「ああ。俺はジークへの借りを返しただけだ。気にする必要はない」
俺はその言葉を残して、踵を返して早足で立ち去った。
家を離れた俺は、近くの空き地にある柵に寄りかかって空を見上げる。すると、実体化したクラウディアが俺の隣に並んで、俺を気遣うように寄り添ってくる。
「セツナ、どうしてそんなにショックを受けているんですか? たしかに同情の余地はありますけど、貴方達を殺そうとしたんですよ?」
「……俺はあいつに、努力から逃げただけだって言ったんだ」
だが、ジークは逃げた訳じゃなかった。
少しでも早くお金を稼げるようになるためには、成長負荷の加護じゃダメだった。だから、俺を出し抜いてあらたな精霊の加護を手に入れた。
蒼二を狙ったのだって、金のためだと言っていた。誰かから殺しの依頼を受けたかなにかしたのだろう。
「ジークのしたことは決して許されることじゃない。だが、逃げた訳じゃない。ジークは俺と同じように、自分に出来る限りの努力を続けていただけだった。なのに……」
「もう良いわ、セツナ」
クラウディアが静かに、けれど力強く俺の言葉を遮る。
「どんな理由があろうと、ジークは貴方達を殺そうとした。最期の願いを叶えるだけで十分よ。それ以外のことで、貴方が責任を感じることはないわ」
「……そう、だな」
俺はもう一度空を見上げる。
真っ赤に染まる空は、まるで泣いているかのように悲しげだった。
その後、意識を切り換えた俺は、蒼依達と酒場に集まっていた。
蒼依と蒼二のおごりと言うことで、カイン達がただひたすらに感激している。彼らにとって、蒼依達は憧れの存在らしい。
「師匠、今日は私のこと助けてくれてありがとうございました」
「いや、当然のことをしたまでだ」
「ふふっ、ありがとうございます」
大人びた微笑みを浮かべる。蒼依はまた少し、紅葉に似てきたような気がする。
「カイン達も、私を助けるために協力してくれたそうね。ありがとう」
蒼依はカイン達に向かって微笑みを浮かべた。
「いやいや、蒼依さんのためなら火の中水の中、なんだってするぜっ!」
カインの顔が真っ赤になっている。
蒼依はまだ十六歳のはずだが、歳の割りには大人びている。あの整った顔で柔らかく微笑まれたら、同じ年頃の男はイチコロだろう。
「ところで蒼依さん、なんでセツナのことを師匠って呼んでるんだ?」
「師匠――セツナさんは、私や蒼二に戦い方を教えてくれた人なんです」
「へぇ……そうだったのか」
少し驚いたような、それでいて納得したような顔。
「たしかにセツナって、妙に落ち着いているというか、尊大というか……実際はもっと年上っぽい感じなんだよな」
なかなかに鋭い。というか、尊大とか思われていたのか。今度からもう少し気を付けた方が良いかもしれないな。
「あ、そうだ。俺もセツナを師匠って呼んで良いか?」
「お前はむしろ先輩だろうが」
「お前が後輩とか、意味が分からないレベルなんだが……というか、蒼依さんや蒼二さんの方がお前より先輩だよな?」
「む、それは、そうなんだが……」
前世では俺の方がずっと先輩だったとは言えない。そんな俺の反応からなにかを感じ取ったのか、カインは肩をすくめる。
「ま、良いけどよ。俺も、セツナのことはセツナって呼んでる方がしっくりくる」
「ふっ、そうか。なら、これからもそう呼んでくれ」
前世の俺は精霊の加護を持っておらず、対等な相手というのはほとんどいなかった。だから、カインとの関係はわりと気に入っている。
「――エール、おまちどおさまにゃ!」
ネコミミ族のウェイトレスが、人数分のエールを運んでくる。それが全員に行き渡るのを確認していると、蒼二がジョッキを持って立ち上がった。
「みんな、今回は蒼ねぇや俺に協力してくれて本当に助かった。この借りは、いつか必ず返す。本当にありがとう。……それじゃ、乾杯っ!」
みんなで遅くまで飲み明かした後。
俺は蒼依と蒼二が泊まっているという宿にまでついてきた。
「師匠、この宿は駆け出しの冒険者には少し高いけど……」
蒼二が言葉を濁して気遣ってくる。
「心配するな。俺は初日だけでもかなり稼いだからな」
駆け出しの冒険者換算で数ヶ月分の稼ぎがある。しばらくはお金に困らない。
そんな訳でやって来た宿の受付。
気っ風の良さそうなおばさんが姿を現した。
「いらっしゃい。っと、蒼依と蒼二じゃないか。あんた達の部屋なら、まだ先払いしてもらった日数が残ってるよ?」
「あぁ、いや、師匠もこの宿に部屋を取りたいって言うからさ」
「師匠? あんたのことか?」
「訳あって師匠って呼ばれてる。セツナだ」
「ふぅん? まぁ良いけど。それで、どの部屋を借りたいんだい?」
「そうだな……なぁ、蒼二。二人はどの部屋に泊まっているんだ? やっぱり二人部屋か?」
「いや、旅先で部屋が埋まってたりしたらそういうこともあるけど、ここでは一人部屋を二部屋借りてるぞ。蒼ねぇが、女の子には色々あるとか言うからさ」
「なるほど」
そういうことならと、俺はおばさんへと視線を向ける。
「二人の部屋の並びで、二人部屋はないか?」
「ちょうど向かいの二人部屋が空いてるけど?」
なぜ二人部屋かと疑念のこもった視線を向けられるが、俺は答えず蒼依へと視線を向けた。
「なぁ蒼依。今夜は俺と一緒に二人部屋に泊まってくれないか?」
「ふぇっ!? し、師匠と私が、い、一緒の部屋に、とととっ泊まるんですか!?」
「ダメか……?」
「い、いえ、ダメじゃないです。ただちょっと驚いただけで……ダメじゃないです!」
「そうか。なら、向かいの二人部屋を一晩、貸してくれ」
俺はなにか言いたげなおばさんに部屋代を押しつけて部屋の鍵を請求。蒼依と蒼二を伴って、二階にある部屋の前へとやってきた。
「し、師匠……私、その……」
蒼依が真っ赤になっている。
「恥ずかしい思いをさせてすまん。実は少し訳ありでな。蒼依は蒼二と一緒に、俺が取った二人部屋で寝てくれないか?」
「ええっと……?」
「ジークは撃退したが、黒幕がいるかもしれないだろ? だから、念のためだ」
三人が別々の部屋だと、俺か蒼依が人質目的で狙われるという可能性も否定できない。狙いを蒼二の部屋に絞らせるためには、蒼二だけが一人部屋だと欺く必要があったのだ。
「あ、あぁ……そうですよね。そう、ですよね……判ってました。ええ、最初から解ってました。ちょっぴり勘違いして、凄く喜んだりなんてしてません。……ぐすん」
蒼依が目に見えてしょんぼりした感じで鍵を受け取り、二人部屋へと入っていった。
「二人は俺が護るとか言っておきながら……蒼依の乙女心はズタズタですよ?」
俺にしか聞こえない声で、クラウディアが冷静なツッコミを入れてくる。実感しているところだから、傷口を抉るのは止めて欲しい。
「そういう訳だから、蒼二の部屋の鍵を俺に貸してくれるか?」
「俺はかまわないけど……師匠は大丈夫なのか?」
「……蒼依には、今度プレゼントで埋め合わせをすると言っておいてくれ」
「それは、蒼ねぇの機嫌を取らずにすむから助かるけど、俺が言いたいのはそっちじゃなくて。師匠が俺の代わりに狙われるってことだろ?」
「あぁ、それなら心配ない」
「だけど……なんなら、俺と師匠が同じ部屋で隠れておくってのはどうだ?」
「いや、それだと気配で悟られるかもしれない。……心配するな。襲撃を予測して備えている上に、俺にはクラウディアがいる」
相手からは探知されず、一方的に監視することが出来る。クラウディアがいる以上、部屋を不意打ちで襲撃できる人間は存在しない。
「そっか……なら、なにかあったら呼んでくれ。すぐに駆けつけるから」
蒼二が差し出した鍵を掴む。けれど蒼二は鍵を離さず、じっと俺の顔を見た。
「……師匠、いつも俺達を護ってくれて、ありがとな。いつか、俺達も師匠を助けられるようになるから、だから……もう俺達の前から、いなくなったりしないでくれよ?」
「……ふっ、なにをいうかと思えば。俺がこうしてあらたな身体と恩恵を手に入れたのは二人のおかげじゃないか。忘れたのか?」
「師匠、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて……っ」
俺は鍵を軽く捻って、蒼二の手からするりと奪い取った。そしてその鍵を使って、蒼二の部屋を開いた。
「師匠っ!」
「……心配するな。俺はもう、お前達を置いて居なくなったりはしない」
背中を向けたまま告げて、俺は部屋へと足を踏み入れる。
その後、俺はクラウディアに見張りを頼んで待機。仮眠を取っていると、誰かがやってくるとクラウディアに揺り起こされた。
「……来たか」
「ええ。覆面で顔を隠しています。恐らくは襲撃が目的でしょう」
「分かった、迎え撃とう」
どこの誰かは知らないが、必ずひっ捕まえる。そして、蒼二の命を狙い、ジークの母への想いを利用した犯人に報いを受けさせる。
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