第14話
一瞬で距離を詰めた俺は、見張りの一人を斬り捨てる。
「な、なんだお前は――うわぁっ!」
浮き足だったもう一人に斬り掛かるが、それは横から伸びてきた剣に防がれる。
速い。最初に倒した見張りと、二番目に斬り掛かった見張りは反応が遅かったが、剣で防いだ奴はかなり速い。
そいつはすぐさまお返しとばかりに反撃を放ってくる。俺はとっさに剣で受け止めるが、その一撃は鋭くて重い。ステータスだけじゃなくて、技量も相当にありそうだ。
「お、おい、サイラス、どうするんだ!?」
「落ち着け。こいつは俺が抑えるから、てめぇはその人質の確保だ」
「わ、分かった」
サイラスと呼ばれた巨漢の剣士に、俺が倒し損ねた男が蒼依を人質に取ろうとする。俺はサイラスに行く手を阻まれ、それを防ぐことは出来ない。
だが――
「があああっ!?」
そいつは実体化したクラウディアに斬り倒された。
「よくやった、クラウディア!」
これで、蒼依が人質に取られる事態は、ひとまず回避出来た。だが、俺はサイラスと向き合っていて動けない。
「――セツナ、こっちは任せろ!」
カインの声と同時、背後で剣戟が響く。とっさに振り向きたい衝動に駆られるが、サイラスとから意識を反らせない。
「セツナ、こいつらは俺達が抑える。お前はそいつを頼む!」
「カイン、すまない。無茶をするなよ!」
俺はサイラスに集中することにした。
「セツナ、あたしも手伝います。二人で一気に倒しましょう!」
「ダメだ、クラウディア。蒼依のもとを決して離れるな! こいつはたぶん、蒼二やジークより強い。お前達が離れたら蒼依がやられる!」
「――っ。分かりました」
「蒼依を頼む」
「任せておいてください。今度は必ず護ってみせます」
「ああ、任せた」
俺に魔剣を託していない状況なら、クラウディアはその力を十全に発揮できる。
サイラスに勝てるほどではないが、サイラスが蒼依を狙っても、必ず初撃は防いでくれるだろう。そうすれば、俺はその隙に背後からサイラスを倒す。
だが、クラウディアが蒼依やサイラスから意識を反らしたら確実にやられる。
サイラスは蒼依に手を出せず、クラウディアはサイラスに手を出せない。
カイン達も戦闘中だが、どちらが勝つか予想できない。
つまり――
「どうやら、俺とお前で決着を付けるしかなさそうだな」
俺の思い浮かべた言葉を、サイラスが獰猛な顔で言い放った。
「どうしてお前のような奴が、人質の見張りをしている」
蒼二にサイラスをぶつけていたら、おそらく蒼二は負けていただろう。
「お前が理由だ。ジークの奴が、お前を妙に警戒していてな」
「……なるほど。俺が救出に来るのも織り込み済みか」
蒼二とジークが戦っているあいだに、俺が蒼依を救う。その作戦を読んだ上で、人質の救出を阻止する。そうすれば、ジークが負ける要素はなくなる。
だが――
「失敗だったな。そこまで読めているのなら、もっと別の手を使うべきだった」
「ほう? なぜそう思う」
「決まってるだろ。俺が勝てば、形勢は一気に逆転するからだっ」
俺は自身に強化魔法を掛け、倒した見張りの剣を蹴り上げて空中で掴み取る。右手は神器、左手は拾った剣での二刀流だ。
「ほう。話には聞いていたが、本当に剣を二本で戦うのか、面白い」
「その余裕、いつまで続くか――試してやる!」
一気に距離を詰め、左右のタイミングを一瞬だけずらしてクロスするように振り下ろす。更には右、左と跳ね上げ、交互に斬りつける。
サイラスが側面に回り込もうとするが、俺の背後にはカイン達がいる。絶対にそちらに行かせる訳にはいかないと、俺はサイラスの行く手を遮った。
「こざかしいっ!」
サイラスが大ぶりの一撃を放ってくる。回避させて、退かせるのが目的だろう。俺はとっさに左右の剣をクロスさせて、その一撃を受け止めた。
激しい衝撃が全身を駆け抜けるが、俺は一歩も動かない。サイラスが後ろに大きく飛び、クラウディアの方へ詰めようとするが、俺は素早く追従した。
サイラスは苦々しい顔をして、その場で足を止める。
「……ジークの誇張かと思っていたが、想像以上にやるな」
「そういうお前は一騎打ちで決着をと言いながら、ずいぶんと策を弄するんだな」
「搦め手で倒せればそれに越したことはないと思ったんだが……いいだろう。セツナとか言ったな、お前に俺の本気を見せてやる」
サイラスの輪郭がぶれたかと思えば、次の瞬間には俺の懐に飛び込んでいた。
「――なっ」
とっさに剣でガードするが、不完全な体勢で受けた俺は弾き飛ばされた。
不味いっ、距離を空けられたらクラウディアが狙われる! そう思ってとっさに前に出ようとする。刹那、その間合いにサイラスが詰め寄ってきた。
「言っただろう、本気を見せてやると!」
目にも留まらぬ上段斬り。俺は反射的に【アクセル】を起動。剣を――受けられない!?
【アクセル】を使ってもなお、押し切られるその一撃。俺はとっさに身体を捻って回避。素早く反撃を試みるが、その一撃は虚しく空を切った。
……強い。
俺が戦った中ではおそらく最強の剣士。
封印の解除は……ダメだ。クラウディアと蒼依が無防備になる。
この身体で使用するのは不安だが、ヒュドラの討伐でレベルが上がっている。やるしかない――と【ダブル・アクセル】を起動。
サイラスに距離を詰めた。
「無駄だというのが――なっ!?」
先ほどより圧倒的に速く詰め寄り、全力で神器を振るう。その一撃に、サイラスは軽く吹き飛ばされた。
俺は更に詰め寄り、左の剣で追撃を掛ける。サイラスはそれを紙一重で回避。サイラスが反撃の狼煙を上げようとするが、俺はその出鼻を挫いた。
遺跡の通路に、互いの剣戟が響き渡る。
「ああああああああっ!」
俺は雄叫びを上げ、サイラスに怒濤の攻撃を叩き込んでいく。全身に焼き切れるような痛みが伴うが、それは意識の外へと閉め出す。
息もつかせぬ連続攻撃でその堅いガードを抜こうとするが、サイラスの最後の護りを抜けない。【ダブル・アクセル】の連続使用に脳が警笛を鳴らす。
だが、まだだっ。もっと速く、鋭くっ! 【マインド・アクセル】を発動!
無謀ともいえる【ダブル・アクセル】と【マインド・アクセル】の重ね掛け。一瞬で全身の筋肉が、そして脳が焼き切れそうになる。
だが――
神器を横薙ぎに振るい、続けて左の袈裟斬り。拾い物の剣が砕け散るが、俺はかまわず右の一撃を放つ。サイラスのガードを初めて弾き飛ばした。
俺の正面にサイラスの無防備な身体が晒される――が、サイラスの顔に焦りはない。俺の左手に持つ剣が砕け散っているからだ。
神器をもう一度振るう頃には、サイラスのガードは戻っている。この状況を逃せば、剣を一つ失った俺が圧倒的に不利な状況へと追い込まれる。
サイラスは勝利を確信したのだろう。その顔に獰猛な表情を張り付かせている――が、俺はかまわず左腕を突きつけた。
その腕には、剣を砕かれた瞬間から収束させていた魔力。意図に気付いたサイラスが表情を引きつらせるが――遅いっ!
「【紅炎乱舞】っ!」
サイラスの足下から深紅の炎が噴き上がる。
「うぐああああああっ!?」
紅い炎に焼かれながらも、サイラスはむちゃくちゃに剣を振り回す。その攻撃をかいくぐり、俺は最後の一撃を――突き出した。
わずかな沈黙を経て、サイラスは血だまりに倒れ伏す。
「……はぁ……はぁ……っ。……倒した、のか……?」
魔物でないため、光の粒子となって消えることはない。俺は油断なく警戒するが、どうやら本当に倒すことが出来たようだ。
「こっちも倒したぞっ!」
背後からカイン達の雄叫びが響く。カイン達が勝ったようだ。
敵を殲滅したと理解し、膝を付きそうになる。
だが……まだだ。まだ、蒼依を助けていない。蒼二も、まだ戦っている。
「くっ、う……っ」
「セツナっ!」
クラウディアが駆け寄ってきて、回復魔法を掛けてくれる。彼女の肩を借りて、俺は蒼依のもとへと歩み寄った。
蒼依の側に膝をついてその身体を抱き起こす。全身を見回すが薄汚れているだけで怪我はしていない。それを確認して安堵のため息をついた。
「蒼依、しっかりしろ、蒼依」
「……し、しょう?」
蒼依がゆっくりと目を開いて俺を見た。
「ああ、俺だ。大丈夫か?」
「えっと……私、なにを? そうだ、人質に取られて、それで……っ。は、離れてください、師匠。私、穢れて……」
「――なっ」
最悪の事態を想像して、胸が抉られるような衝撃を受けた。
だけど――
「あれからずっと転がされてて、湯浴み一つしてないんです!」
「ゆ、湯浴み?」
「そうです、だから、離れてくださいっ」
「……脅かすな」
俺は蒼依の額にデコピンを放った。
「あいた!?」
「俺も蒼二も、死ぬほど心配したんだぞ」
「……蒼二、そうだ、蒼二は!?」
「蒼二は蒼依を救うあいだの時間稼ぎにジークと戦っている。負けることはないと思うが、蒼依を救出できたと教えてやらないとな」
カイン達に、生きている敵の確認と拘束を頼む。俺は蒼依の手を取って一緒に立ち上がり、クラウディアやカイン達とともにコロシアムの観客席へと顔を出す。
予想通り、蒼二とジークはいまだに激戦を繰り広げていた。
「――蒼二! 約束は守ったぞっ!」
声を張り上げて叫ぶと、その声に反応した二人が戦闘を止めた。
「さすが師匠っ!」
「馬鹿なっ、あいつを倒したのか!?」
蒼二は歓喜の表情を浮かべ、ジークは驚愕の表情を浮かべて、客席にいる俺を見上げる。
俺は蒼依をクラウディアに任せ、一歩、また一歩と階段を下りていく。
「ジーク、もう諦めろ。人質がいない以上、お前に勝ち目はない」
「ふざけるな、俺が蒼二に劣っているとでも言うつもりか!?」
「以前のお前はたしかに強かった。だが、お前は安易なステータス上げに逃げたんだ。いまのお前じゃ蒼二には勝てない」
「違うっ! 俺は強くなった。それに、まだだ! 蒼二を殺せば、俺の目的は達成できる!」
ジークが剣を振り上げ、蒼二に向かって突っ込んだ。一瞬で数メートルを詰め、全力の一撃を放つ。どこまでも早く、どこまでも重い一撃。
――けれど、どこまでも単純な一撃は、身体を捻った蒼二にあっさりと回避された。
そして――
「……がはっ」
蒼二の放ったカウンターが、ジークの身体を貫いた。それを見た俺は残りの階段を駆け下り、客席から闘技場へと飛び降りる。
「蒼二、大丈夫か?」
「ああ、俺は大丈夫だ。蒼ねぇは?」
「あそこだ」
俺が後方の上、客席を見上げると心配そうな蒼依が目に入った。
「蒼二っ!」
「蒼ねぇっ!」
クラウディアに肩を借りながら階段を下りる。それを見た蒼二が客席に飛び上がり、蒼依のもとへと駈けていった。
蒼依と蒼二が抱き合うのを見届け、俺はクルリと身を翻す。そうして、血だまりに倒れているジークの側に膝をつく。
まだ生きてはいる。だが……その傷は致命傷だ。いまからでは、俺の回復魔法を使っても助からないだろう。俺は痛みを和らげるために、回復魔法を掛けてやった。
「……し、しょう。俺のこと、助けて……くれるのか?」
「悪いが、お前はもう助からない。助ける気も……ないがな」
俺への裏切りは許したってよかった。だが、蒼二や蒼依を殺そうとして、実際に危害を加えた。それだけは、決して許すことが出来ない。
「そっか……そう、だよなぁ……」
「なぁ……ジーク。お前、蒼二に斬られたことを逆恨みしていたのか?」
「……違う。言っただろ。俺は師匠を……裏切った。だから、斬られて当然だ。蒼二を恨んでなんて、いない」
青白い顔だが、その表情は憑き物が落ちたようだ。
恐らくは事実だろうと、俺は直感的に感じ取った。
「恨んでいないなら、どうして蒼二を殺そうとしたんだ」
「金の、ため……だ」
「金? だが、お前なら冒険者として普通に稼げただろう。なのに、どうしてだ?」
「それ、は……」
その先は声にならなかった。ジークの瞳から輝きが徐々に消えていく。それを感じ取り、俺は質問を変えることにした。
「ジーク、最期に言い残すことはないか?」
「……かぁ……を…………む」
「聞こえない。もう一度だ!」
「かあさん、を……たの、む……っ」
「分かった。母親のことを気に掛ければいいんだな?」
「あ、……あ。……たのむ、……し、しょ……ぅ」
瞳から完全に光が消える。
俺はジークの目を閉じさせて、ゆっくりと立ち上がる。空を見上げると、沈み始めた太陽がコロシアムを真っ赤に染め上げている。
俺は踵を返してジークに背を向けた。
「その願い、師として聞き届けてやる。だから、お前は安らかに……眠れ」
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