第13話

 蒼二に【マインド・アクセル】を習得させるべく、ひたすらに剣を振るう。そうして日が沈み始めた頃、俺は訓練用の剣を地面に突き刺した。

「今日はこれで終わりだ」

「待ってくれ、師匠。俺はまだ出来る!」

「この技は精神疲労が大きい。あまり根を詰めすぎても習得は出来ないぞ」

「師匠、家族が、蒼ねぇが攫われたんだ!」

 居ても立ってもいられないと、俺をまっすぐに見つめる。

「……分かった。ただし、この技はただ集中すれば良いって訳じゃない。少し休んで視野を広げろ。いまのお前は前しか見えていないぞ」

「――っ。分かった。それじゃ、ちょっと井戸の水を被ってくる!」

 言うが速いか、蒼二は井戸の方へと走っていった。その猪突猛進な行動こそ、まさに視野の狭まっている証拠なのだが……まあいい。

 水を浴びれば、さすがに少しは落ち着くだろう。

「蒼二、俺はちゃっとギルドに行ってくる。そのあいだ休憩してろ」

 聞こえているかは謎だが蒼二の背中に声を掛けて、俺は冒険者ギルドへと向かった。



 夕暮れ時だからだろう。ギルドは思いっきり賑わっていた。そんな人混みの中から、俺を見つけたカイン達が駆け寄ってくる。

「よう、セツナ。無事に帰ってきたみたいだな」

「ああ、なんとか生きてるぞ。そっちはどうだ?」

「俺達はセツナに言われたとおり連携とかの確認だ。もしセツナが俺達の戦いを見たら、あまりの成長に驚くレベルだぜ」

「ふっ、それはなによりだ」

 軽く拳を打ち付けて無事をたたえ合う。

「ところで、聞いたぜセツナ。本当にヒュドラを倒したらしいなっ! どうだった? やっぱり強かったか?」

「あれはヤバいな。正直、勝てたのが奇跡みたいなもんだ」

「くくっ、冒険者になって数日で奇跡のオンパレードの奴がなにを言ってやがる。三層にドロップアイテムが散乱してた件、むちゃくちゃ噂になってるぞ」

「あぁ……あれは拾ってる時間がなかったからな」

 他愛もない雑談をかわしながら、俺は蒼依をどうやって助けるかについて考える。

 ジークの目的は蒼二の命で、ほかの者を関わらせようとはしないだろう。だか、それに従ったら、蒼二を失うことになる。

 蒼依と蒼二、二人を救うにはジークの裏をかく必要がある。そしてそれには、信頼できる仲間が必要だ。カイン達は信用できるだろうか……と考える。

 俺の出した答えは、分からない――だ。俺は弟子だと思っていたジークに裏切られた。自分の目は信用できない。

 だが、そうやってすべてを疑っていたら、蒼依や蒼二を助けられない。蒼二や蒼依を除けば、いまの俺が信用に値すると思える冒険者はカイン達しかいない。

 だから――

「話がある。誰にも言えない、内密の話だ」

 俺は蒼依を救うための布石として、カイン達に協力を仰いだ。



 カイン達からとある協力を取り付けた俺は、次なる布石を打つために受付にいるアイシャを訪ねる。彼女は俺を見つけると小さな笑みを浮かべた。

「セツナ、どうかしたんですか?」

「実は……情報収集を依頼したい」

「……情報収集、ですか?」

「ああ。もちろん報酬は支払う。ただ、内容がないようだけに、内密に頼みたいんだ」

 声のトーンを落として顔を近づける。

「ギルドではその手の依頼も引き受けていますが……内密、ですか?」

「ああ。他のギルド職員にも秘密にして欲しい」

「出来るだけ情報を漏らさないで欲しいという意図は分かりますが……それをなぜあったばかりの私に? 理由をお聞きしてもよろしいですか?」

「それは……」

 二つ前の人生で、俺の愛弟子だったから――なんて言えるはずもなく、俺は「アイシャは信用できると思った、ただそれだけだ」と答えた。

「うぅん。少し気になることはありますが、そう言われて悪い気はしませんね。良いでしょう、期待に応えられるかは分かりませんが、依頼をお聞きしましょう」

「依頼って言うのは、蒼依と蒼二のことだ。あの二人の素性を知る者がギルド職員や冒険者にいないか、内密に調べて欲しい」

「……あの二人の素性、ですか?」

 アイシャがいぶかしむような顔をする。

「この話はくれぐれも内密に頼む。蒼依と蒼二はローゼンベルク家の子供だ」

「――っ」

 アイシャが目を見開いたが、驚くのも無理はない。ローゼンベルクは伯爵家で、この地方を治める領主である。

 更に付け加えるのなら、アイシャにとっての師、刹那が仕えていた家でもある。俺が身寄りを失ったエルフであるアイシャの面倒を見ることになったのもローゼンベルク家の意向。

 つまりは、アイシャにとって恩人の孫のような存在なのだ。


「本当に、ローゼンベルク家の子供なんですか?」

「事実だ。訳あって平民として育てられているが、紅葉の子供達だ」

「そう……ですか」

 アイシャが物思いにふけるような顔をする。が、アイシャの過去を知っている俺は、静かにその様子を見守った。

 ほどなく考えがまとまったのか、アイシャは俺へと視線を戻す。

「では、その事実を知っている人を捜せば良いんですね?」

「ああ。知らない人間には、そのまま蒼依や蒼二の正体を知られないように……出来るか?」

「お任せください。期限はいつまで、ですか?」

「ひとまず、三日くらいでどうだ?」

「分かりました。期限に間に合うようにお調べしておきます」

 よろしく頼むと、前金を支払う。刹那にとっての蒼依や蒼二のような存在、そんなアイシャに頼めば安心だと、このときの俺は信じて疑わなかった。



 蒼依を救うための下準備を終えた後、俺は蒼二の待つ空き地へと戻ってきた。

「……休憩しろと言っていただろうが」

 完璧に自分の世界に入り込んでいるのだろう。蒼二は俺の声にも気付かず、一心不乱に剣を振るい続けている。どうやら、仮想の敵と戦っているようだ。

 もしかしたらと、俺は地面に突き刺していた剣を引き抜き、蒼二に殺気を飛ばす――が、やはり蒼二は反応しない。

 周囲がまったく目に入っていない。冒険者としては決して褒められた状況ではない。

 だが……と、俺は正面に立ち、蒼二の動きを見つめた。

 大剣の根元だけを引き上げ、続いて切っ先を足下へと振り落とす。その動きを読み、仮想的の攻撃をも予測する。

 ――ここだっ!

 蒼二が側面からの攻撃を防ぐ構えを取った。その次に繰り出されるであろう仮想的の動きをトレースして、俺は蒼二に攻撃を放った。

 キィンと金属音が響き渡る。

 続けて、俺は右手の剣を引くと同時に左の剣を振るう。先ほどまでなら対応できなかった攻撃――だが、蒼二はそれをギリギリで防ぐ。

 続けて、右、左左、右と見せかけて更に左。途中であえて甘い攻撃を放つが、蒼二はそれに釣られることなくギリギリで捌いていく。俺の攻撃をすべて見切っている証拠だ。

 俺は蒼二の反応速度を上げるべく、更に速度を上げて連撃を放った。


「――よしっ、それまでだっ!」

 最後の一撃を放って、大きく飛び下がる。それで我に返ったのだろう。蒼二が動きを止めて膝からくずおれた。

「はっ、はぁ……あ、れ? 俺は……なにを」

「落ち着け、訓練は終わりだ」

「くん、れん? そうだ、師匠の技を、覚えなきゃ。蒼ねぇを、助けなきゃ……」

「蒼二、落ち着け。落ち着いて俺を見ろっ!」

 蒼二の前に膝をついてその両肩を掴み、まっすぐに瞳を覗き込む。蒼二の研ぎ澄まされた瞳が、まっすぐに俺の瞳を射貫いた。

「よし、そこから俺の顔全体を見るんだ」

「……師匠の、顔?」

「ああ、分かるか?」

「……分かる。生まれ変わった、師匠の、顔だ……」

「なら、俺の全体を見ろ。身長はどうだ? どこに立っている?」

 蒼二を立ち上がらせて、俺は少し距離を取る。

「師匠の身長は、俺と同じくらいだ。立っているのは空き地で……あれ?」

一点しか見つめていなかった蒼二の瞳が、ようやく周囲の景色も捉え始めた。


「ようやく戻ってきたみたいだな」

「戻ってきた? 俺は一体、どうなってたんだ?」

「お前は集中しすぎたんだ」

「集中しすぎ?」

「敵だけを見つめて、周りがまったく目に入ってなかった。横から殺気を飛ばしてみたが、完全に無反応だったぞ」

「げっ、マジか……」

 蒼二が絶望するような顔をした。


「そう悲観するな。冒険者としては失格だが、ジークとの戦いでは切り札にはなる」

 蒼二のは言うなれば【マインド・アクセル】の劣化版。だが、他に敵がいない状況であれば、【マインド・アクセル】と同じ能力となる。

「でも、ジークが一人とは限らないだろ?」

「だろうな。だが、そっちは俺がなんとかするから、蒼二はジークだけを抑えればいい」

「え、でも……ジークは俺一人で来いっていうと思うんだけど」

「だろうな。正面からいけるのは蒼二だけだ。だから、蒼二がジークの注意を引きつけろ。そのあいだに、俺が必ず蒼依を救い出す」

「師匠……良いのか? 凄く、危険なんだぞ?」

「ふっ、なにを言っている。俺が蒼依の救出を、お前一人に任せると思っているのか? 俺は蒼依はもちろん、蒼二のことを死なせるつもりはないぞ」

「師匠……ありがとう、師匠……」

 一流に手が届きそうな冒険者だが、まだまだ十代半ばの少年に違いない。いまの蒼二にとっては唯一の家族である蒼依が攫われて不安だったのだろう。

 蒼二の顔がくしゃくしゃに歪むのを見て、俺はその身体を抱きしめた。



 その日は切り上げ、翌日も特訓。

 蒼二は周囲が目に入らない形ながらも【マインド・アクセル】の習得に成功した。

 俺が何年も掛けて習得した技を、不完全ながらもこんな短期間で習得する。本来なら嫉妬するべき事実だが……なんでだろうな。俺は自分のことのように嬉しかった。

 そして、三日目の早朝。ジークからの呼出状が蒼二に届けられた。

 蒼二が呼び出されたのは、町から半日ほどの場所にある、とある古代の遺跡。俺が紛れ込みやすい地形であると同時、ジークが仲間を隠して配置しやすい地形でもある。

 蒼二にはくれぐれも注意するように言い含め、遺跡へと送り出した。


 むろん、俺も別行動で遺跡へと向かった。

 だが、俺は一人ではない。カインのPTも俺に同行している。カイン達なら信頼できると信じて、ジーク――ジェイクと名乗っていた男に人質にされていることを打ち明けたのだ。

「無理を言ってすまないな」

「気にすんな。セツナは俺達の恩人だし、蒼二さんや蒼依さんにも世話になってるんだ。あの二人のためだって聞かされて、断る奴なんていねぇよ」

「そうか……」

 蒼依と蒼二が慕われているのを実感して、俺は自分のことのように嬉しくなる。

「それで、俺達はこれから、この遺跡のどこかに捕らえられているだろう、蒼依さんを探し出して、救出すれば良いんだな?」

「そうだ。だが、もし見張りがいたら、絶対に手を出すな。俺に報告してくれ」

「なんでだ? 部外者の俺達なら、蒼依さんを人質に取られないかもしれないだろ?」

「それはあるが、相手の強さが未知数だ。さすがに、全員がジークや蒼二と同じくらいの強さなんてことはありえないが、絶対に無理はするな」

 駆け出しの冒険者のカイン達が対抗できる相手とも思いにくい。それが伝わったのだろう。カイン達はゴクリと生唾を呑み込んだ。

「分かった。なら、蒼依さんか見張りを見つけたら、まずはセツナに知らせる」

「ああ、それで頼む」

 そうしてたどり着いた遺跡に、誰にも見つからないように潜入した。


「蒼二が呼び出されたのは、遺跡の中央にあるコロシアムらしい」

「中央……だとすればあっちか」

 カインが通路を指差す。そこは外へと繋がっている階段があった。俺は気配を消して、コッソリと顔を出す。

 どうやら自分達がいるのは観客席へと続く通路だったようで、そこからコロシアムを見下ろすことが出来る。そのコロシアムの中央で、ジークと蒼二が向き合っていた。


「言われたとおり一人で来たぞ、蒼ねぇを返せ!」

 蒼二の張り上げた声は響いてくるが、それ以外は聞こえない。そのせいで会話の内容はあまり分からなかったが、二人はやがて一騎打ちを始めた。

「……なんであの二人、一騎打ちを始めたんだ?」

 横から覗き見ていたカインが疑問を口にする。

「あれは俺の指示だ」

 ジークが先に蒼依を解放することはありえない。先に蒼二の命を要求するだろう。

 だから、ジークの自尊心を刺激して、一騎打ちに引きずり込んで時間を稼げ言ってあったのだが、どうやら上手くいったようだ。

「相手の方がレベルが高いんだろ、大丈夫なのか?」

「いまの蒼二なら大丈夫だ」

 【マインド・アクセル】を習得する訓練で、蒼二の攻撃を捌く技術は格段に上がった。一対一であれば、ジークにやられることはないだろう。

 だが、ジークはいざとなったら蒼依を人質に取るはずだ。だから、そうなる前に蒼依を救い出さなくてはいけない。

 蒼二が時間を稼ぎ、そのあいだに俺が蒼依を救い出すと約束した。蒼二は必ず、その約束を守ってくれるだろう。だから俺も、必ず蒼依を救い出す。

「おそらく、蒼依はいつでも人質に使えるように、近くで捕らえられているはずだ。見える範囲にはいないから……あの辺りだろう」

 ジークの後方にある、観客席から建物へと続く通路の奥。蒼依が捕らえられている可能性が高いのはそこだろう。

「よし、蒼依を探しに行くぞ」

 俺達は周囲の部屋を念のために調べながら、蒼依がいる可能性の高い場所へと向かう。



「こっちは……いないな。そっちはどうだ?」

 小声で問いかけると、カインは首を横に振る。だが、別の通路を見に行っていたカインの仲間が、ジェスチャーで通路の奥を示した。

 俺は通路の角に背中を預け、非実体化しているクラウディアに偵察を頼む。

「……見張りがいますね。いち、にぃ……見張りは五人ですね」

 蒼依は、いるか?

「ええ、います。縄で縛られて転がされています。目立った外傷はなさそうですが、ぐったりとしていますね。どうしますか、セツナ。……セツナ?」

 蒼依の状態を聞いて、頭に血が上る。

 ――落ち着け、こんなときに冷静を欠いたら、救える相手も救えなくなる。

 落ち着け、落ち着け、落ち着けと、俺は自己暗示を掛ける。

 蒼依は無事。ただ、ぐったりしているだけで大丈夫。そう、俺は冷静だ。落ち着いて、冷静に、そして確実に、敵を――殲滅する!

 廊下へと飛び出した俺は、ぼけっと突っ立っている見張りの一人を斬り捨てた。

 

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