第12話

 次に意識が戻ったとき、俺はぼんやりと天井を見上げていた。

「ここは……どこだ?」

 周囲を見回すと、ベッドサイドに座るクラウディアの姿が目に入った。

「良かった、目が覚めたんですね。ここはギルドの宿泊施設です」

「ギルドの宿泊施設? たしか――っ、蒼依と蒼二はどこだ!?」

 なにがあったか思いだして跳ね起きる。

「落ち着いてください、セツナ。蒼二は無事です。いまは訓練場で素振りをしています」

「素振り? 無事なんだな。なら、蒼依はどこだ?」

「蒼依は……連れて行かれました」

 クラウディアが静かに告げる。その事実に俺は息を呑んだ。

「あれは夢じゃなかったのか。……くっ、俺のせいだ」

 ぎゅっと拳を握り締める。その手を、クラウディアの細くしなやかな指が包み込んだ。


「貴方は最善を尽くした。それに、まだ終わった訳じゃない、ですよね?」

 クラウディアに諭され、俺は少しだけ冷静さを取り戻した。

「蒼依は連れ去られたんだな?」

「ええ、怪我はしてないはずです」

「人質と言っていたか。……目的はなんだ?」

「最初に言ってたとおり、蒼二の命でしょうね。でも、セツナに深手を負わされて、あたしという未知の障害も現れたから、蒼依を人質にして逃げたんです」

「なら、蒼二が生きている限り、蒼依に危害が及ぶことはない、か」

 言い方は悪いが、蒼依は蒼二を釣るための大切な餌だ。

 それに、ジークは俺を裏切ったとはいえ、決してゲスな野郎ではない。人質であるあいだは、蒼依を丁重に扱ってくれるはずだ。

 問題はどうやって助けるかだが……と、部屋の扉がノックされた。そして一呼吸置いてアイシャが部屋に入ってきた。


「……どうやら目が覚めたようですね」

 アイシャがベッドサイドの椅子に座る。そこにはクラウディアが座っていたのだが、非実体化していた彼女はそのまま横に退く。

「少し話を聞かせてもらいたいんですが……大丈夫ですか?」

「ああ。傷は大丈夫みたいだが、話というのはなんだ?」

「まず……ヒュドラを倒したそうですが、本当ですか?」

「それは本当だ。俺は意識を失っていたからどうなったかは知らないが、ドロップした魔石があったんじゃないか?」

「ええ、たしかに持ち帰られています」

 俺は首を捻った。魔石があったのなら討伐は明らかだ。少なくとも、蒼二からそう聞いたのなら、俺に確認を取る意味はないだろう。

「なぜ分かりきっていることを聞くんだ?」

「失礼、念のための確認です。本題ですが……蒼依とジェイクはどこへ行ったんですか?」

「――別行動だと答えてください」

 俺にしか聞こえない声で、クラウディアが割って入る。

「別行動だと言っていたな」

 反射的に答えてから、どういうことかとクラウディアに問いかける。

「ジークが誰にも言うなと。それで、蒼二がそう答えたんです」

 なるほど、ギルドに知られたら蒼依に危険が及ぶという訳か、了解だ。


「本当に別行動、なんですか?」

 アイシャが探るような視線を向けてくる。だが、その程度で目を泳がせるような俺じゃない。まっすぐに視線を受け止め、こくりと頷いた。

「本当だ。といっても、詳しい事情までは聞いていないがな」

「そうですか……分かりました。病み上がりなのに、お話を聞かせてくださってありがとうございます。セツナが無事に戻ってよかったです」

 ふわりと微笑みを残して、アイシャは部屋から出て行った。その気配が部屋から離れるのを待って、俺はクラウディアへと視線を向ける。

「ジークが、誰にも話すなと言ったのか?」

「ええ。数日中に連絡をするとも言っていました。恐らくは自分の怪我を治したら、蒼依を餌に蒼二をどこかに呼び出すつもりでしょうね」

「……厄介だな」

 ジークは、蒼依が俺達にとって大切な存在だと知っている。言うことを聞かなければ蒼依を傷付ける。そんな風に脅されたら、無茶な要求でも突っぱねるのは難しいだろう。


「――師匠、目が覚めたって本当か!」

 バンと扉が開き、蒼二が部屋に飛び込んでくる。

「蒼二、すまない。俺が不甲斐ないせいで蒼依を護れなかった」

「なに言ってるんだ、師匠のせいじゃない。俺のせいだよ! 俺がジークの不意打ちに反応出来なかったから、こんなことになったんだ」

「いや、蒼二のせいじゃない。俺がもっと気を付けておくべきだった。俺がジークの変装に気付いていれば、こんなことにはならなかった」

「いや、師匠は悪くない。俺が――」

「――二人とも、誰の責任かより、これからどうするかを話し合いなさい」

 実体化したクラウディアが言い放つ。

「……そうだな」

 もっともだと、俺と蒼二は頷きあった。


「師匠、俺を鍛えてくれ」

「それはかまわないが……急な話だな?」

「ジークの狙いは俺だと言ってただろ? だったら、俺が一人で呼ばれると思うんだ」

「そのときに、ジークに対抗できるようになっておきたいと言うことか?」

「ああ。蒼ねぇのためなら自分の命も惜しくはないが、俺が犠牲になっても蒼ねぇが救えるか分からないだろ? だから、ジークに対抗できるだけの力が欲しいんだ!」

「……分かった。奥の手の一つを伝授してやる」

「本当か!?」

「むろん、本当だ。いまの蒼二なら、おそらく覚えられるだろう」

 俺だって蒼依を助けたい。だが、蒼二を犠牲にするつもりもない。蒼依も蒼二も、俺にとってはどちらも大切な愛弟子で、俺がかつて仕えたローゼンベルク家の子供達だ。

 だから蒼二を護り抜き、そのうえで蒼依を救ってみせる。




 午後の日差しが降り注ぐ空き地で、俺は蒼二と向き合っていた。

「俺にはいくつか奥の手があるが、一朝一夕で手に入れられるモノは一つもない」

 俺はいきなり厳しい言葉を口にする。

「師匠が物凄く努力して強くなったことはもちろん知ってるって。だから、俺はそれ以上に努力して、今日中に師匠の奥の手を覚えてみせるぜっ!」

「おいおい……」

 本来、何年もかかる訓練期間をたった一日に短縮するのは、さすがに努力だけではなんとも出来ないと思うんだが……まぁ良い。やる気があるのは良いことだ。

「俺が教えるのは【マインド・アクセル】。文字通り精神的な反応速度を上げ、敵の攻撃に的確に対処する技術だ」

「もしかして、師匠の速度が急に速くなるのは、その技を使ってるからかなのか?」

「身体能力が上がるのは【アクセル】って技だ。こっちは反応速度だけだ」

「そうなのか? なら【アクセル】の方が強そうだけど」

「その通りだ。ただ、肉体に強い負荷が掛かって使用できる時間が短いし、いまの蒼二には覚えるだけの下地が出来ていない」

「それは【マインド・アクセル】なら下地が出来てるってことなのか?」

「お前が俺の教えに従って、この一年訓練を怠っていなかったらな」

「それならバッチリだ!」

「ふっ、そうか」

 普通の奴なら『たぶん大丈夫』とか、逃げ道を用意するモノなんだがな。相変わらず、蒼二はどこまでもまっすぐだ。

 だが、だからこそ、蒼二なら【マインド・アクセル】を覚えられるだろう。


「質問だ。蒼二は物事がスローモーションで見えたことはないか?」

「あぁ、もちろんあるぜ。敵の動きが急にゆっくりに見えて上手く回避できたり、敵の弱点を上手く攻撃できたり、だろ?」

「そうだ。【マインド・アクセル】はそれを意図的かつ、持続的に引き起こす技術だ。使いこなせば、結果的に早く動けるようになる」

 むろん、これは物理的に速くなる訳じゃない。反応速度、判断速度が向上することで、結果的な速度が上がるだけだ。

 だが、目にも留まらぬような速度で攻防を繰り広げているときは、一瞬の判断が生死を分ける。そう聞けば【マインド・アクセル】がどれだけ有用か分かるだろう。

「すげぇよ、師匠! それを俺に教えてくれるのか!?」

「ああ。具体的な方法だが……二つ方法がある。一つ目は、ただひたすら集中力を上げる方法で、二つ目は不要な情報をカットする方法だ」

 当然のことだが、人は集中しているときの方が反応速度が上がる。そして危機的状況でスローモーションになるときは、視界から色が消えたり、音が消えたりすることがある。

 【マインド・アクセル】はこれら二つを組み合わせて、精神的な速度を向上させる。


「……うぅん、難しいことはよく分からないけど、とにかく集中しろってことだよな?」

「いや、それだけじゃダメだ。一点に集中しすぎると視野が狭くなるし、色や音が状況を左右することもある。ただ集中すれば良いって訳じゃない」

 俺自身、どういう理論なのかは分かっていないし、特別な技術はなにもない。だが、ひたすら意識を研ぎ澄ましていく訓練の過程で、それらを制御する技術を身に付けた。

 それが俺の奥の手、【マインド・アクセル】の正体だ。

 だが、俺自身が理論的に分かっていないのだ。俺の説明を聞いただけの蒼二はもっと分からないのだろう。「むむむむ」と唸っている。


「……ひとまず、俺と手合わせをしてみるか」

「えっと、師匠が【マインド・アクセル】を使うのか?」

「いや、さっきも言ったが、俺も長時間の使用は無理だ。それに、必要なのは、蒼二の反応速度を引き出すための修行、だからな」

 前置きを一つ、事前に用意していた刃のない二振りの剣を握る。

「え、師匠……それは?」

「あぁ、蒼二は見てなかったか。見ての通り、二刀流だ」

「いやいやいや、見ての通りって。剣を二本使うなんて無茶だろ?」

「ふっ、そう思うのなら見ておけ」

 俺は静かに構えて、仮想的を思い浮かべる。その敵に向かって右の剣を振るい、その反動を使って左の剣を振るう。

 時に交互に、時に同時に、俺は思うままに左右の剣を振るい続け――

「――はあああっ!」

 最後に二刀で突きを放ち、ピタリと動きを止めて残心。静かにもとの構えへと戻った。


「ふう、こんなものだな」

「す、すげぇ、すげぇよ師匠!」

「これも奥の手の一つだ。速く動けない分、手数で勝負する技術だな」

 剣を二本振るうから二倍――とは行かないが、一本の剣では出来ないことも、二本の剣でなら出来るようになることもある。

「師匠、師匠! 俺にも教えてくれよ! もちろんいまは無理だから、今度! 蒼ねぇを救った後、時間があるときに教えてくれ!」

「蒼二が覚えたいなら、それはかまわないが……」

「やったぜ、約束だからなっ! よーし、頑張って蒼ねぇを救うぞっ!」

 蒼二が物凄くはしゃいでいる。

 だが、蒼二は大剣に分類される剣の使い手だ。まさか、大剣の手数が足りない分を、もう一本の大剣で補う。とか思ってる訳じゃないよな……?

 ……せっかくやる気になってるんだ。わざわざ水を差すこともない、か。


「ひとまず、いまは【マインド・アクセル】の習得だ。俺が二刀流でたたみ掛けるから、蒼二は大剣を使って防ぎ続けるんだ」

「なるほど、反応速度や判断速度を上げないと、対処できないようにするんだな?」

「その通りだ。それじゃ……行くぞっ!」

 まずは大ぶりの遅い攻撃で大剣の防御を誘い、反対の剣で素早く脇腹を狙う。蒼二は最初の攻撃に反応しすぎたせいで、あっさり次の攻撃を防ぎ損なった。

「――いてぇっ」

「最初の攻撃を防ぐのが剣を振りすぎたから、後の攻撃を防げないんだ。これ以上喰らいたくなければ、精神を研ぎ澄ませ!」

「おうっ!」

 気合いを入れて構える。蒼二が的確に判断すれば対処できる。そのギリギリを狙って、俺はただひたすらに剣を振るい続けた。

 蒼依を助けるため、そして蒼二を死なせないため、俺は俺に出来る最善を尽くす。

 

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