第11話

「二人ともしっかりしろ!」

 慌てて駆け寄ると、蒼依がうめき声を上げた。

「蒼依、大丈夫か!?」

「私は、身体が、痺れてる……だけ、で、平気……です。とっさに蒼二が庇ってくれた、ので。蒼二は、大丈夫ですか?」

「蒼二は……」

 蒼二へ視線を向ける。蒼依よりも苦しそうだが、こちらも外傷はない。

「心配せずとも、麻痺をしているだけだ。いまはまだ、な」

 ジェイクが告げる。

 俺は立ち上がり、ジェイクを睨みつけた。

「一体……どういうつもりだ? 緊急依頼の報酬を独り占めでもするつもりか?」

「それも悪くないが、目的はそれじゃない。その男に死んでもらうことだ」

「……蒼二に? 何故だ?」

 討伐報酬を独り占めのために仲間を殺すというのは、リスクは高いが皆無とは言えない。だが、殺すのが目的というのは意味が分からない。

 分からないが――

「悪いが、やらせる訳にはいかない。こいつらは俺の可愛い弟子でな」

「……弟子、だと? お前、たしかセツナとか言ったな。まさか……」

「俺を、知っているのか?」

 俺の問いかけに、ジェイクがピクリと反応する。

「馬鹿な、ありえない。師匠は、俺が殺したはずだっ」

「俺が殺したって……まさか、ジークか!?」

 ジェイクが目を見開いた。どうやら本当にジークのようだ。見た目がまるで違うが、おそらくは変装かなにかをしているのだろう。

「本当に師匠、なのか?」

「そうだ。お前が精霊の加護欲しさに不意打ちで斬ったセツナだ」

「師匠……生きて、いたのか。良かった……」

 ジェイク改めジークが心底安堵したような顔をする。

 だが――

「良かった、だと? 俺を斬ったのはお前だろう」

「それは……悪いとは思っている。だが、俺には他に方法がなかったんだ」

「方法がない? なら、蒼二を殺そうとしているのも他に方法がないからだと言うのか?」

「……そうだ」

「意味が分からないな。蒼二に斬られた恨みを晴らそうっていうんじゃないのか?」

「俺は斬られて当然のことをした。蒼二を恨んではいない」

 その目は、嘘を言っているようには見えない。だが、俺はそうして信じていたジークに背中を斬られた。決して、ジークを信用することは出来ない。

 それに理由がなんであれ、蒼二の命を狙っているのは事実だ。


「理由がなんなのかは知らないが、蒼二はやらせない」

「……っ。師匠ならそういうと思った。だが、出来れば引いてくれ。俺が殺さなきゃいけないのは蒼二だけ。出来れば師匠を殺したくはない」

「悪いがそれは出来ない。蒼二や蒼依は可愛い弟子だし、なにより……」

 不意に脳裏にある考えが浮かんだ。

「命を狙うのは、蒼二の生い立ちが理由、か?」

「……悪いが時間稼ぎはそこまでだ。出来れば殺したくはないが、俺の目的を邪魔をするつもりなら覚悟してくれ」

「俺とまともに戦って勝てると思っているのか?」

「さぁな。だが、いまの師匠はボロボロのはずだ」

「ふん、それはどうかな」

 強がってみせるが、実際はジークの言うとおりだ。

 封印を解き、【ダブル・アクセル】を長時間使用した。回復魔法でかろうじて身体は動くようになっているが、【アクセル】を使えるような状態じゃない。

 ――クラウディア、戦う余力はあるか?

「いえ、あたしも封印を解除した反動で、しばらくは力を振るえません」

 なら、俺が時間を稼ぐから、蒼二と蒼依を頼む。

「……分かりました、決して無茶はしないでくださいね」

 クラウディアが蒼依と蒼二の元に駈け寄る。手当をするには実体化する必要があるが、そうするとジークに狙われる可能性がある。

 だから、俺は蒼二達から注意を逸らすために、こちらからジークに襲いかかり、クラウディアの魔剣を振るう。その一撃はジークにあっさり受け止められた。


「――っ、まさかそっちから掛かってくるとはな。二人を護らなくて良いのか?」

「お前を倒してから、ゆっくり治療させてもらうさ!」

 一瞬剣を押し込み、押し返してくる反動で自分の剣を跳ね上げ、もう一度振り下ろす。それは紙一重で避けられるが、俺は続けざまに連続攻撃を放つ。

「さすがに鋭い、がっ。俺を以前の俺と同じだと思うなよ!」

 俺の攻撃を受けきったジークが、反撃とばかりに剣を振るう。とっさに受け流すが、続けざまに連続攻撃を放ってくる。――速い!

 俺はとっさに【マインド・アクセル】を発動。ジークの連続攻撃を受け流し、あるいは紙一重で回避し、次々に捌いていく。

「ふん。たしかに成長しているが、蒼二や蒼依ほどではないな」

「俺があの二人より劣っているとでも言うつもりか!? 以前の俺は、成長負荷の加護のせいで、レベルがなかなか上がらなかっただけだ!」

「成長負荷の加護、だと?」

 横薙ぎの一撃を、上半身を反らして回避しつつ問い返す。

「ああ。外れ加護のせいで、ずいぶんと苦労してきた。だが、いまの俺は違う。成長加速の加護を得て、レベルも大きく上げた。以前の俺と一緒に、するな――っ!」

 力任せの上段斬りを魔剣で受け止める。単純で雑な一撃。たしかにステータスは上がっているようだが、技量は一年前とさほど変わっていない。


「……ジーク。まさかお前が、成長負荷を外れ加護だなんて思っていたとはな」

 最悪だ。本当に最悪だ。

 ジークが俺と同じ悩みを抱えているのなら、あるいはあの裏切りも許そうと思っていた。だが……違う。ジークはただ、努力から逃げ出しただけだ。

「お前の加護は、努力すれば確実に高みへといける、最高の加護だった!」

 対して成長加速の加護はその反対。最初はさくさくレベルが上がるが、じきにステータス不足で行き詰まる羽目になる。

「ハイレベルになれば強くなることなら知ってるさっ! だがいくらステータスの上昇量が多くても、一流になるまで時間が掛かりすぎるんだよ!」

 ジークの攻撃速度が増していく。

 その一撃一撃は荒さが残っているが、たしかに以前よりも速い。ただ純粋に、速い。この一年でずいぶんとレベルを上げたのだろう。

 袈裟斬りを回避して、斜めに切り上げられるを受け流す。上段斬りを剣で防ぐが――俺は剣を弾かれて体勢を崩す。

「ほらほらっ、どうした師匠! 偉そうなことを言ったくせにっ。俺の速度について、来れないじゃないか――よっ!」

 地を這うような横薙ぎから、鋭角に切り返しての斬り上げ。ジークはステータスにものをいわせ、にも留まらぬ連続攻撃を放ってくる。

【マインド・アクセル】を使用しているが、ヒュドラとの戦いで満身創痍の俺は普段通りの力を発揮できない。純粋な速度で押し込まれていく。

 だが――


「お前の技量が上がっていれば、俺はとっくに負けているさ。だが、努力を怠ったお前は敵じゃない。それをいまから教えてやる」

「出来る訳ないっ!」

「いいや、出来る!」

「無理だ! 師匠が努力の人なのは知ってるさっ! 俺だって憧れてた! だが、努力だけじゃどうにもならないことだって、世の中にはあるんだよっ!」

 ジークの剣速が更に上がる。横薙ぎの一撃を弾かれたジークが剣を引き戻し、跳ね上げ、そこから上段斬りを放った。

 対して俺は、ジークの横薙ぎを弾いたあと、上段の一撃を防ぐ。

 たったそれだけの動作なのに、ジークの上段斬りを受け止めるには、身体を沈み込ませる必要があった。そうしなければ、受けきれずに頭をかち割られていただろう。

「ほら見ろ、努力だけじゃ無理なんだよっ!」

 ジークが荒っぽく、けれどステータスを生かした連撃を続ける。

 一撃を受けるたびに押し込まれ、ついにはその一撃が俺の服にまで届いた。まさに紙一重の防御。ジークが切り返して放つ横薙ぎを回避は不可能で、魔剣での防御も間に合わない。

「これでっ、終わりだっ!」

 ジークの一撃が脇腹に食い込む――寸前、キィンッと甲高い音が響いた。俺は左手で抜き放った神器でジークの横薙ぎを受け止めていた。

 俺はその隙に魔剣を振るう。驚いたジークは大きく飛び下がった。


「馬鹿な、二刀流だと!?」

「そうだ。お前の嫌う努力で身に付けた奥の手の一つだ」

 右手にはクラウディアの魔剣。左手には剣の形をした神器を握る。

 二刀流の成長を促す精霊の加護は存在しない。ゆえに、二刀流を使いこなすには血の滲むような鍛錬が必要となる。だが、もとよりなんの加護も持たない俺には関係がなかった。

 ただ普通に、血の滲むような努力をして身に付けた。

「お前の言うとおりだ。世の中には努力だけじゃどうにもならないことはたしかにある。それは悲しいが、事実だ。だが……この程度は、努力でなんとか出来る範疇だ」

「は、はは、速度で敵わないから、剣を二本使うってのか? そんなの努力でなんとか出来るレベルじゃねぇよ!」

「出来ていないかどうか、その身でたしかめて見ろ!」

 無造作に距離を詰めて魔剣を振るう。それはあっさりと防がれるが、引き戻す反動で神器を振るう。右、左、右と見せかけて、また左。

 ジークの苦し紛れの反撃を神器で受け流し、魔剣の一撃――と見せかけての回し蹴り。まともに食らってたたらを踏む、ジークに【炎槍】を放つ。

 剣術、体術、魔術……俺の持つあらゆる技術を織り交ぜての連続攻撃。それすらもジークはステータス任せで強引に回避した。

 だが――その体制は大きく崩れている。

 いましかないと、俺は【アクセル】を発動。最後の力を振り絞って懐へ。驚くジークに容赦なく魔剣を振るう。

 ジークの肩口からパッと赤い血飛沫が舞った。


「があああっ」

 ジークは肩を押さえてうめき声を上げた。

「致命傷にはなっていないだろうが……その状態で戦うのは無理だろう。諦めて投降するのなら、命だけは取らないと約束する」

「はっ、相変わらずのお人好しだな。そんな師匠のことが、俺は嫌いじゃなかった……が、まだだ! 俺は必ず、蒼二を殺すっ!」

 ジークが無事な右腕だけで剣を握り、がむしゃらに襲いかかってくる。

「もう止めろ! 何故そこまでするんだっ!」

「言っただろう、必要なことだとっ!」

「このっ、分からずやがっ!」

 ジークの剣を跳ね上げ、もう片方の剣で追撃しようとする。その瞬間、剣を手放したジークが、俺に向かって右腕を突きつけていた。

 苦し紛れの魔法攻撃。そう思って避けようとする――が、直線上に蒼二達がいることに気付く。ここで俺が避けたら、蒼二達に魔法が直撃する。

「ちいいいいっ!」

 とっさに両手の剣を交差して魔法を受ける。目前で魔法が炸裂。俺は爆風を受けて吹き飛ばされ、地面の上をごろごろと転がった。

 意識は気合いでつなぎ止めるが、既に限界を迎えていた身体は動かない。

 早く起き上がらないと、ジークの追撃がくると思ったそのとき「させませんっ!」とクラウディアの声が響く。

 必死に顔を動かすと、ジークから蒼二を護っているクラウディアの姿が目に入った。

 けれど、ジークはすぐに標的を変更、側で倒れている蒼依を抱え上げる。

「やめ、ろ……なにをする、つもりだ」

「動くな。でなければ、蒼依を傷付けることになる」

「蒼依を、どうする、つもりだ」

「あらためて連絡する。それまでは人質として丁重に扱ってやるから安心しろ」

 必死に起き上がろうとするが身体が動かない。

 わずか数メートルだが、いまの俺には遥か遠くに思えた。ジークが蒼依を連れ去っていく。その背中に向かって必死に手を伸ばしながら……俺は意識を失った。

 

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