第9話

 ヒュドラ討伐に同行するだけの実力があると示すために勝負をすることになり、俺は蒼依や蒼二と一緒に、近くにある空き地へとやって来た。

「あら、あたしも同行していますよ?」

 非実体化して横をフワフワ浮いていたクラウディアが不意にそんなことを言う。

「それは知ってるが、二人には見えてないだろう。というか、頭の中に突っ込むな」

 口に出してから、そういえば思い浮かべるだけで、クラウディアには通じたなと思い出す。

「なんか言ったか?」

「いや、ちょっとした独り言だ」

 蒼二が不思議そうな目で見られてしまったので誤魔化しておく。今度から人がいるときにクラウディアと話すときは、心の中で話すことにしよう。

「一人で会話なんて、話し相手のいない寂しい人みたいですもんね」

「ところで、俺はキミと戦えば良いのか?」

 俺は蒼依に向かって問いかける。クラウディアが「ちょっと、無視するって酷くないですか?」と言うがスルー。一人で会話する寂しいボッチ精霊となるがいい。

「私と戦うことに、なにか問題がありますか?」

「いや、キミは魔法使い(マジツクキヤスター)だろ?」

 魔法使いにも色々あるが、蒼依の場合は強力なアタッカーだ。強化魔法なんかも使えるはずだが、狭い平地で剣士と戦うのには向いていない。

「――ちょっと、セツナ。無視するなんて大人げないですよ」

 それを言うなら、クラウディアは数千歳の大人のはずだろ。後で相手をしてやるから、いまはちょっと大人しくしててくれ。

「……はぁい」

 大人の対応ではないが大人しくなるのを確認。クラウディアから蒼依へと意識を戻す。


「そっちに不利な条件だと思うんだけど……かまわないのか?」

「ええ、かまいません。レベル差を考えたら、普通なら絶対に負けませんから」

 蒼依は杖をマジックバックから取りだし、俺に向かって突きつけた。

「分かった。なら――」

 俺はまず、クラウディアに用意してもらった魔導具で空き地を照らす。

 それからクラウディアを側に呼び寄せて、その胸の内から剣を引き抜く。俺が虚空から剣を取り出したように見えたのか、蒼依と蒼二が軽く目を見張った。

 ――クラウディア、念のために切れ味はなくしておいてくれ。寸止めをするつもりだが、ギリギリの戦いには、万が一がありえるからな。

「もちろん、セツナの愛弟子を傷付けたりしません」

 助かるとクラウディアに感謝の気持ちを伝え、剣を下段に構えた。


「待たせたな。いつでも良いぞ」

「……分かりました。蒼二、開始の合図をお願い。……蒼二?」

「え、あ、あぁ。それじゃ………………始めっ!」

 開始の合図を聞くと同時、俺は蒼依に向かって駈けだした。

 蒼依は多彩な属性魔法や無属性魔法を使いこなし、どんな魔物にもダメージを重ねることが出来る、優秀な魔法使い(マジツクキヤスター)だ。

 だが、若い蒼依は経験が不足していて、短所を補うには至っていない。支援や回復魔法は人並みレベルで、近接戦闘においては初心者に毛が生えた程度。

 攻撃魔法を使われる前に距離を詰めてしまえばこちらのものだ。

 蒼依の懐へと潜り込み、真横に剣を振るう。それが無防備な脇腹に吸い込まれる寸前、俺は寸止めをしようとする――が、それより早く、剣は見えないなにかに弾かれた。

「魔法障壁、だと――っ」

 考えるより早く、斜め前へとその身を投げ出す。前傾姿勢になった俺の背中スレスレをなんらかの攻撃がかすめていく。恐らくは初歩的な攻撃魔法、風の刃かなにかだろう。

 俺は更に身を沈めてそのまま地面に手をついて一回転。立ち上がると同時、身を反転させて剣を振るう。

 けれど、剣はまたもや空を斬った。蒼依は既に攻撃範囲から抜け出している。更にいえば、その右手に握る杖には、攻撃を放つための魔力が集まっている。


「どうやら、私が剣を防ぐとは思っていなかったようですね」

「……ああ、たしかに驚いた」

 一年前の蒼依が相手であれば、いまのステータスを考慮しても勝負は決していた。そうならなかったのは、蒼依がこの一年で自らの短所を補ったからだ。

 師匠としては喜ばしいことだが、形勢は圧倒的に不利だ。

「私はもっとも得意な魔法をキャストしています。周囲には身を隠す場所もありませんし、避けるのは至難の業でしょう。負けを……認めますか?」

「いいや、認めない」

「そうですか。では――」

 蒼依が無造作に杖を振るった。直後、蒼依の背後に無数の火球が出現。次々に俺のもとへと襲いかかってくる。

 蒼依のことだ。喰らっても死なない程度に威力を抑えてくれていると思うが、当たれば俺の敗北を認めなくてはならないだろう。


 俺は蒼依を中心に円を描くように走り、最初の数発を回避。とっさに方向を切り返す。俺の向かっていた場所を火球が通り過ぎた。

 次に襲いかかってくる火球を右へ回避。次も右へ。また右と見せかけて左。火球が左右の足下へと着弾する瞬間、前方へと飛んで避ける。

 そこに襲いかかってくる最後の一発は俺の正面。少し軌道が高く、屈めば簡単に避けることが出来る――が、俺はそれが誘いであることを知っている。

 蒼依の得意な炎による連続攻撃、最後の火球は爆散するのだ。

 それを知っている俺は、事前に対処も終えている。斜め前へと回避する寸前、魔力を込めた剣で火球を斬り裂いた。

 蒼依が得意とするのは、火球の爆散で目くらましをしてからの、見えづらい風の刃による連続攻撃。だが、俺は火球を斬り裂くのと同時、再び蒼依の懐に飛び込んでいる。

 攻撃に意識を回しているはずの蒼依に、この攻撃を防ぐ術はない――はずだったが、再び障壁によって攻撃が阻まれる。

 俺はとっさに斜め前へ回避――と見せかけて、もう一度、強引に剣を振るった。俺の誘いに乗って別の攻撃手段を講じてくると思ったのだが、蒼依の選択は障壁。

 無理な体勢から放った攻撃を弾かれ、俺は体勢を崩す。

「はぁっ!」

 蒼依が気合いの声と共に回し蹴りを繰り出した。

 あの蒼依が気合いの声を上げ、あまつさえ回し蹴りを放つ。その事実に動揺した俺は回避を失敗。とっさに左手でガードするが、体勢を崩していた俺はガードを弾かれた。

「これで、終わりですっ!」

 蒼依がぎゅっと杖を握り直す。それは、蒼依が高威力魔法を使うときの癖。

 勝機はここだっ!

 俺は【アクセル】を発動。崩れた体勢を力業で立て直す。蒼依の目が見開かれる。それを確認するより速く蒼依の懐に飛び込んで、その喉元に刃を突きつけた。


「俺の……勝ちだな」

 勝利の宣言をする。

 その瞬間、見開かれていた蒼依の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。そして堰をきったように、とめどなく涙が溢れてくる。

 なん、だ? 蒼依が……泣いてる?

 もしかして、昨日冒険者になったばかりの奴に負けたのが悔しかったから、とか? いや、いくらなんでも、蒼依はそんな子供じゃなかったはずだ。

 だったらどうして――っ。


 蒼依がいきなり飛び掛かってきた。

 俺は慌てて蒼依の喉元から剣を引く。けれど、とっさに出来たのはそれが限界。無防備を晒した俺は、蒼依の飛び掛かりをまともに受けてしまう。

 引きずり倒されることだけは回避するが、蒼依は俺の胸にしがみついたまま。なにかの攻撃かと身構えるが、胸の中から聞こえるのは蒼依の嗚咽だけ。

 ……なんだこれは。まさかの泣き落とし?

 いや、明確なルールは決めていなかったが、弟子に稽古を付けるときはいつも同じルールで戦っていた。喉に剣を突きつけた時点で勝負は決しているはずだ。

 一体どうなっている?

 そんな風に混乱していると、ジャリッと足音が響く。とっさに視線を向けた俺は、今度こそ驚きを隠しきれなかった。

 立会人であるはずの蒼二が、蒼依と同じように俺に飛び掛かってきたからだ。


「お、おいっ!」

 蒼依に抱きつかれた俺は無防備で、蒼二の力強いタックルを受け止めきれない。俺は為す術もなく地面に引き倒された。

 そんな俺の上に、二人がのし掛かっている。

「お前達、一体なにを……」

「師匠……ですよね?」

 蒼依の一言に息を呑む。二人が縋り付いている理由にも気付く。二人は俺がセツナだと気付いたから、こうして縋り付いているのだ。

 弟子達の成長を促すために、ここで俺が師匠だと明かすつもりはなかった。同行する冒険者として陰から支えながら、成長を見守るつもりだった。

 だが――


「……やれやれ、どうして分かったんだ?」

 泣いている弟子達を突き放すことは出来なかった。

「私が前から得意としていた奥の手には平気で対処するくせに、私が最近覚えたばかりの初歩的な技には驚いたり。そんなの、師匠しかいないじゃないですか」

「剣の構えも同じだし、最後の急に動きが良くなったの、師匠の奥の手の一つだろ?」

 蒼依と蒼二がそれぞれが答える。

「そう、か。相手のことを良く知っているのは俺だけじゃなかったか」

 俺は蒼依や蒼二のことを良く知っているが、蒼依や蒼二も俺を良く知っていたということ。

「ねぇ、師匠……なんですよね?」

「ああ、その通りだ。姿は変わってしまったが、俺はお前達の知っているセツナだ」

「師匠……師匠っ! うわん、師匠! 私、師匠が死んじゃったって思って、だから、蒼二と二人で頑張らなくちゃって思って、それで、それで――っ」

「ああ、分かってる。よく頑張ったな。だが、もう大丈夫だ」

 俺は蒼依を優しく抱き寄せ、その背中を撫でつける。そうして落ち着かせつつ、今度は蒼二へと視線を向ける。

「蒼二も、ちゃんと蒼依を支えていたようだな」

「そんなの、当然だろ。だって……だって、師匠に言われたんだから!」

「そうか。お前も、俺の言いつけを護って頑張っていたんだな。よく頑張ったな。……ほら、お前もこい、今日くらいは甘えても許してやる」

「……師匠ぅ、師匠――っ!」

 蒼依と同じように縋り付いてくる、俺は蒼二の背中を撫でつけた。



 しばらくして、ようやく泣き止んだ。そんな二人を連れて、宿へと戻ってきたのだが――なんだか二人の様子がぎこちない。

「二人とも、どうしたんだ?」

「だ、だって、師匠の前であんなにみっともなく泣きじゃくって……恥ずかしいです」

「だよなぁ。俺も天国の師匠に見られても恥ずかしくないようにって頑張ってたのに、あんなに大泣きするとは思わなかったぜ」

 どうやら、俺の前で泣いたことを恥ずかしがっているらしい。以前は、親子と言えるほどに歳が離れていたが、いまはほぼ同い年。たぶん俺が一つ二つ年上といったところだろう。

 そんな俺に縋り付いて泣きじゃくったのだから、恥ずかしがるのも分からなくはない。俺も、娘や息子のように思っていた二人と同じ年頃になって不思議な気持ちだ。

「それにしても、師匠はどうしてそんな若返った……にしては、顔立ちが違いますけど。一体なにがあったんですか?」

「詳しく話すと長くなるんだが、一言で説明すると……生まれ変わった」

「生まれ変わった、ですか?」

 俺の説明に、蒼依はぱちくりとまばたいた。

「ちょっと待ってくれよ師匠。それなら、どうして俺達と同じくらいの歳なんだ? 生まれ変わったのなら、今頃は赤ん坊のはずだろ?」

「蒼二の疑問はもっともだな。そもそも普通なら前世の記憶なんて残ってない。だが、俺の生まれ変わりは普通じゃなかった」

「どういうことだ?」

「私達に教えてください」

 二人が詰め寄ってくる。

「こら、ここは宿だぞ。隣に聞こえるから、あまり大きな声を出すな」

 あまりおおっぴらには言えないことであるとニュアンスで伝える。そうして二人が大人しくなるのを確認してから、隠し部屋の秘密について打ち明けた。


「転生するための施設……ですか?」

「そうだ。だから俺は、この姿に生まれ変わった。それがちょうど昨日の朝だ」

「いきなりその姿だったんですね」

「なるほど、どうりで俺達と同い年くらいのはずだぜ」

 蒼依と蒼二が感心したように頷く。俺がセツナだと理解してくれているせいか、色々と信じてくれて話が早くて助かる。

「それじゃ納得したところで、一つだけ。分かってるとは思うが、隠し部屋の件も含めて、転生のことは秘密にしておいてくれ。じゃないと、面倒なことになるからな」

 転生にはレベルが60も必要になる。だが、犠牲をいとわなければ、他人にレベル上げを手伝わせるのは不可能じゃない。

 もし転生をする手段があるなどと噂が広まれば大変なことになる。

「ええ、もちろんです。私も、蒼二も、誰にも話しません」

「ああ、俺も約束するよ」

 蒼依と蒼二なら信頼できると俺は安堵した。


「ところで、前の俺といまの俺、外見では分からないほど、姿が変わっているのか?」

「そうだなぁ……すっげぇ若くなって、すっげぇ格好良くなってる」

「おいおい、それじゃ、前の俺が格好悪かったみたいじゃないか?」

「え? いや、そういう意味じゃなくて……蒼ねぇ、頼む!」

 蒼二が蒼依へと助けを求めた。俺としても蒼依の評価は気になるので視線を移す。

「えっと……そうですね。前の師匠は渋くて格好よかったんですが、いまの師匠は若くなったのもあって凜々しくなったと思います。私は前の師匠も、いまの師匠も好きですよ」

「そうか、そこまでストレートに好意を示されると悪い気はしないな」

「え? あ、そのっ。……い、いまのは、違うんです! いえ、違わないんですけど、いまの好きっていうのは、その、見た目の話で、えっと……」

 ふと、死ぬ間際に告白されたことを思い出す。蒼依自身もそれを思い出したのだろう。みるみる頬が赤く染まっていく。

 なにか声を掛けてやった方が良いと思うのだが……果たして、なんと声を掛けたものか。

 蒼依の気持ちは前から知っているから、今更恥ずかしがることはないぞ、とか。ダメだな、むしろとどめを刺しそうな気がする。


「師匠、師匠! 俺は師匠のこと、大好きだぜっ!」

「ふっ、そうか。俺も蒼二のことは大好きだぞ」

 どうやら、蒼二の方はまだそういった心の機微が分からないらしい。それを少し微笑ましく思いつつも便乗し、ファインプレーだと蒼二の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。

 すると、横にすっと蒼依が頭を差し出してきた。蒼依も頭を撫でて欲しいのだろうかと、俺はその頭をそっと撫でつける。

 だが、蒼依は「むぅ~~~っ」と唸って、恨みがましそうな目で俺を睨みつけてきた。

 なんだ? 蒼二と同じように撫でて欲しいのか? 蒼二と違って長い髪は、わしゃわしゃ撫でるのに向いていないと思うんだが……と、わしゃわしゃする。


「むうぅぅ~~~っ」

 違ったらしい。

「なにが言いたいのか、口に出してくれないと分からん」

「うぐ。……あ、あの、私も、その、師匠のこと、だ、大好きです」

 どうやら、俺に大好きだと言わせたいらしい。好きのニュアンスが違うと思うのだが、それで良いのだろうか?

 というか、こんな中身おっさんより、もっと相応しい男がいくらでもいると思うんだがな。

 俺は蒼依と親子ほど歳の離れていたセツナとしての記憶を持つ一方で、もっと若くして転生した刹那としての記憶も持ち合わせている。

 そのうえ、生まれ変わる前の俺が惚れていたのは蒼依の母親である紅葉で、その前の俺が惚れていたのは紅葉の母親。どっちも、いまの蒼依と同じ年頃だった。

 なんと言うか、不思議な心境だ。

 もっとも、刹那は肉体年齢と精神年齢がイコールだったし、一度目の転生を終えた俺は前世の記憶がなかったため、いまの俺とは条件が違う。

 身体が若返ったとしても、蒼依が娘のような存在であることには変わりがない。

 ……だが、いまそれを告げて、わざわざ傷付けることもないだろう。そう思った俺は「そうか。俺も蒼依のことが大好きだぞ」と、いじらしい蒼依の頭を優しく撫でつける。

「~~~っ」

 蒼依が真っ赤になって下を向く。

 まさに恋する乙女の表情。そんな蒼依を、俺は素直に可愛いと思った。



「ところで師匠。成長負荷の加護がどうとか言ってたけど、もしかして?」

 蒼二がおもむろに尋ねてくる。

「あぁ、そうだ。俺はついに加護を受けることが出来た」

「おぉ、そうだったんだ。おめでとう、師匠!」

「おめでとうございます!」

 蒼二、そして、まだ少し顔の赤い蒼依が揃って祝福してくれる。

「俺が加護を受けられたのは、二人のおかげだ。本当にありがとう」

 俺がそういった瞬間、二人がいきなり泣きそうな顔をした。

「おいおい、どうしたんだよ?」

「だって、俺達のせいで、師匠が殺されて……」

「馬鹿を言うな。お前達のせいじゃない。それに、結果的に言えば、そのおかげで最高の結果になったんだ。気にする必要は一切ないさ」

 二人のおかげで加護を手に入れた。それも若い身体を手に入れ、レベル1から加護を受けられるという最高の結果。

 更に言えば、最古の精霊、クラウディアの加護を手に入れられた。

「あぁ、そうだ。忘れてた。二人に紹介するよ。クラウディア」

 俺が名前を呼ぶと、クラウディアはようやくですかと実体化した。

 そして――

「……師匠、その女性、は、どこのどなた、ですか?」

 なにやら蒼依の声が急に低くなった。

 

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