第8話
冒険者になったばかりの人間が、数日でヒュドラに対抗できるだけの力を手に入れる。
そんなことは普通に考えなくても不可能だ。もし他の奴からそんなセリフを聞いたのなら、現実を見るべきだと忠告しただろう。
だから、カイン達から同じ反応をされても仕方がないと思っていた。だが――カインはガシガシと頭をかき、「わぁったよ」とぶっきらぼうに言い放つ。
「……分かった、とは?」
「お前の言ってることはむちゃくちゃだ。とても可能だとは思えねぇ。だが、お前が本気で言ってることは分かったってことだ。俺に手伝えることがあるのなら、なんでも言ってくれ」
「カイン、お前……」
朝の時点では想像も出来なかった。もし今朝のカインに同じことを言えば、ゲラゲラと笑い飛ばし、俺のことを散々馬鹿にしていただろう。
これがカイン本来の気質なのか、死にかけたことで変わったのかは分からない。だが、あのとき見捨てていたら、こんなカインの一面を知ることは出来なかった。
カインはこれからも成長して、いつか後輩の面倒をみるようになるだろう。その切っ掛けを他でもない俺が与えた。その事実に心が満たされる。
だから、俺はお節介をやめられない。
「それで、手伝って欲しいことはあるか?」
「そうだな……」
レベル上げを手伝ってもらう訳には行かない。精霊であるクラウディアは例外だが、近くに人がいると経験値が分散されてしまうからだ。
だとすると……
「蒼依と蒼二に同行の許可を得る必要がある。明日の夜、匿名で二人と会えるようにセッティングしてくれ。それと、旅をするための物資も頼む」
カインに必要な資金を預け、よろしく頼むとお願いした。
翌日、空が青く色づき始める頃、俺はクラウディアと共にダンジョンに潜った。
階層は昨日登録したばかりの三層で、ゴブリンの亜種で混成されたPTが出現する。
クラウディアから、ダンジョンは冒険者を鍛えるために存在すると言われて気付いたが、この層ではPT対PTという構図で、集団戦を経験することになる。
だが、ソロの俺には関係がない。動きで敵を攪乱してタンク役を迂回、アタッカーやサポーターから順番に潰していくだけだ。
「敵を見つけたら片っ端から片付ける。クラウディアはドロップアイテムでも拾っててくれ」
ドロップアイテムを拾う暇すら惜しいので、同行するだけで退屈をしそうなクラウディアにお願いする。けれど。クラウディアは小さく首を横に振った。
「あたしも一緒に戦います」
「封印を解くという意味か? しかし、あれの連続使用は無理だぞ?」
「もちろん分かっています。言葉通り、あたしが一緒に戦うという意味です」
「ん? あぁ、なるほど」
俺と契約中のクラウディアは、俺のレベルに応じてその実力を発揮できる。
俺のレベルが低いので、いまはそれほどの力を発揮できないが、奥の手を使った俺に対抗するだけの技能を身に付けている。
クラウディアが疲労すると、封印の解除などにも影響が出るため、ヒュドラ戦での参戦はさせられないが、三層で戦う分には十二分に役に立ってくれるだろう。
しかもクラウディアは精霊なので、一緒に戦っても経験値が分散されることがない。というか、クラウディアが倒した分の経験値も俺に入るはずだ。
「もしくは、かつての刹那がそうしていたように、あたしを剣として使いますか?」
「ふむ。そういえば、それもあったな」
刹那としての記憶はまだ完璧ではないが、クラウディアに指摘されて思い出す。
クラウディアは自らを剣に変えることが可能で、その性能は神器にも匹敵する。かつての刹那は、神器とクラウディアを同時に扱っていた。
いまの俺にも使えるはずだが……三層の敵を相手にそれは火力過多だろう。
「そっちは、後で練習だけしよう。いまは一緒に戦ってくれ」
「了解よ。それじゃ――」
「ああ。殲滅を――始めよう」
三層の適性は四人PTでレベルが11以上。二人で戦うのなら、最低でも15レベルくらいは必要となるだろう。
だがそれは、あくまで普通の話だ。二度に渡る人生で培った技術で足りないステータスを補う俺と、最古の精霊であるクラウディアには当てはまらない。
通路の奥に、四体一組のゴブリンが見て取れた、その編成は片手剣に盾を持ったホブゴブリンに、長剣を持ったゴブリン剣士が二体。そして、弓を持ったゴブリンアーチャーが一体。
それを視認した瞬間、クラウディアが地面を滑るように駆け抜け、自ら生み出した細身の剣を振るう。その銀色の軌跡から鮮血が降り注ぎ、真っ白なワンピースが紅く染まる。
俺も負けじとゴブリン剣士に躍りかかり、剣の形を為した神器を一閃する。本来の力を取り戻していない神器だが、ゴブリンを斬り裂くには十分すぎる。
刃はなんの抵抗もなく、ゴブリン剣士の命を刈り取った。
あっという間にアタッカーの二体を失ったゴブリン達は動揺。ゴブリンアーチャーがクラウディアを狙うが、慌ててその矢を取り落とす。
ホブゴブリンがとっさにクラウディアから仲間を護ろうとするが――意識の外にいた俺が側面から詰め寄り、その身体を斬り裂いた。
そうして護りを失ったゴブリンアーチャーは為す術なくクラウディアに倒される。
遭遇からわずか数秒、俺達は最初のゴブリンPTに勝利した。
「よし、次だ」
昨日はレベル5になった瞬間切り上げたので、レベルを上げるにはもう少し時間が掛かるだろう。なんとしても、今日中に10以上、出来れば15レベルまで上げたい。
俺はクラウディアを伴って、更にダンジョンの奥を目指す。
その後もゴブリンの混成PTを倒し続けていく。奥に行くと四体一組のPT二つが一緒にいたりしたが、俺もクラウディアも、それぞれソロで一つのPTを倒すだけの力がある。
なんの問題もなく、殲滅を続けた。
そして夕暮れになり、レベルは11。
俺とクラウディアは三層のボス部屋の前にいた。
「もう時間がない。最後にこいつを倒して帰ることにしよう」
「分かりました。では、援護しますね」
「いや……こいつは練習台にする」
三層のボスはレッサートロル。オーガに似た化け物だが、高い再生能力を持っている。
本来のトロルは、その再生能力を上回るダメージを与えるか瞬殺する必要があり、非常に厄介だが、レッサートロルには弱点がある。
胸にある宝石を砕けば、その再生能力を封じることが可能だ。そして、俺やクラウディアであれば宝石を砕くのは簡単だが――今回は弱点を突かない。
「クラウディア、お前を使わせてくれ」
「そういうことであれば喜んで。セツナの思うままにあたしを使ってください」
俺は神器を左手に持ち替えて、クラウディアの前に歩み寄る。
瞳を閉じて俺を受け入れようと立ち尽くす。そんなクラウディアの胸に手を添えた。ズブリと、俺の手がクラウディアの内に沈んでいく。
「……んっ」
クラウディアがその美しい眉を寄せる。俺はクラウディアの内を探り、その根源を探し出して握り締め、クラウディアの身体から引き抜く。
クラウディアの胸から現れたのは禍々しくも美しい魔剣。
「……大丈夫か?」
「ええ、もちろん。といっても、すべての力を差し出したいまのあたしはただの精神体。なんの力も影響力も持ちませんけど」
「そうだったな。なら、そこで見ててくれ」
「ええ。ステータスこそ下がっていますが、いまのセツナの剣技は以前よりも上。あたしを上手く使いこなしてくれるって、期待していますよ」
「ハードルを上げてくれるなよ。刹那としての記憶や技能は残っていても、実際の俺がこうやって戦うのは初めてなんだぞ?」
「なら、早く慣れてください。ちょうど良い練習台がいるでしょう?」
「……そうだな」
俺は笑って、ボス部屋にいるレッサートロルに視線を向けた。
「悪いな。お前には、俺の練習台になってもらう」
――刹那の剣技を自分のモノにする。その練習を終えた俺はレッサートロルを撃破。レベルを12まで上げて街へと帰還。急いでギルドへとやって来た。
「……なんか、また注目されてるな」
しかし、今回は心当たりがない。もしかして、フィールドボスの討伐に参加すると言ったことが噂になっているのだろうか? と、そんなことを考えながら受付に顔を出す。
「お帰りなさい、セツナさん。今日は一体、どれだけのドロップアイテムを持ち帰ったんですか? どれだけ多くても驚かないで、キリキリ出してください」
なるほど、これが注目の原因か。
「そういうことならまた驚いてくれ。今日はなんと……ドロップアイテムはなしだ」
「………………え?」
アイシャがきょとんとしたが無理もない。
今日は昨日以上にドロップアイテムの持ち込みが多くても驚かない。そんな風に身構えていたところに、ドロップアイテムなしの報告。
違う意味で大いに驚いたことだろう。
「えっと……本当にドロップアイテムはなしなんですか?」
「ああ、なしだ。もちろん魔物は狩ったが、ちょっと訳ありでな」
「……本当、ですか?」
「ああ、本当だ」
今回は一切拾っていないので、なにも嘘は吐いていない。
そのとき、物凄い勢いで冒険者がギルドに飛び込んできた。
「――おい、聞いたか! 三層のそこかしこに、ドロップアイテムが落ちてるってよ!」
「は、なんだよそれ?」
「だから、物凄い数のドロップアイテムが落ちてるんだって!」
「いや、ないだろ。というか、そんなのがあったら、お前が拾って帰れば良いだろ?」
「だーかーらー、拾いきれないほどのドロップが三層を埋め尽くしているんだって!」
「いやいや、そんな意味不明な現象が……」
なにやら、背中から視線を感じる。その視線が更に増えていくような気がしたが、背中は見えないと黙殺する。
「……なるほど。今日はドロップアイテムの持ち込みはなし、ですか」
アイシャがなにか言いたげな顔をするが、俺は無言でそっぽを向いた。
その後、カイン達から遠征に必要な物資を受け取り、蒼依や蒼二がいる場所を聞いて、隣にある酒場へとやって来た。
蒼依と蒼二は、片隅にあるテーブル席で夕食を楽しんでいた。
俺はそんな二人の姿をそっと盗み見る。明日になれば二人っきりヒュドラ討伐に向かうというのに、その姿に悲壮さは感じられない。
……だが、なにも感じていない訳ではなさそうだ。
蒼二は拳を握ったり閉じたりしているし、蒼依はぎゅっと自分の身体を抱きしめるように腕を組んでいる。それは、二人が不安を隠そうとしているときのクセだ。
危険を承知で、村の住民を護るためにヒュドラに立ち向かうつもりだろう。成長したな――と言いたいところだが、俺はすべてを自分達で背負い込めなんて教えた覚えはない。
まだまだ、師匠として教えてやることが多くありそうだ。
方針を決めた俺は深呼吸を一つ、ゆっくりと二人のもとへと向かう。二人の前に立つより早く、俺の気配に気づいた二人が顔を向けてくる。
「あんたは……たしか、冒険者登録をしていたとき、カインに絡まれていたよな。カインの言ってた、俺達と話したがってるって奴っていうのは、あんたのことか?」
俺とカインが仲良くなったことを知らないのだろう。蒼二は少し驚いた顔をしている。
「二人と話したくて、俺が頼んだんだ」
「そうだったのか。先輩としては話を聞いてやりたいところなんだが、悪いな。実は明日からヒュドラ退治に出かける予定なんだ」
「分かってる。俺の話もそのことだ」
「どういうことだ?」
「蒼二、その前に座ってもらいなさい」
「あっと、そうだった。まずは座ってくれ」
蒼依が蒼二の向かいを空けてくれたので、俺は礼を言ってそこに腰を下ろす。長居をするつもりはないが、ウエイトレスの娘と目が合ったのでエールを注文する。
「用件とは他でもない。俺もヒュドラ退治に同行させて欲しい」
俺は蒼二に向かって単刀直入に言い放った。
「ヒュドラ退治に同行したい? だが、あんたは昨日冒険者に登録したばかりだろう? どんな事情があるかは知らないがさすがに連れていけないぜ」
「さっき12レベルになったと言ってもか?」
「12っ!?」
ふっ、それは驚くよな。
いまでこそ他の冒険者に憧れられるほどになっているようだが、最初は剣を振るうのもままならなくて、レベルを1上げるのにずいぶんと手こずっていたもんな。
「……本当に、昨日の今日で12になったのか?」
「ああ、本当だ。しかも、成長負荷の加護を受けている。実質、20半ばくらいのステータスにはなっているはずだ」
「すげぇな。それが事実なら物凄い成長速度だけど……それでも全く足りてない。ヒュドラがどれだけ危険かしらないのか?」
「よく知ってるさ。だが、それでも同行させて欲しい」
「分からないな。どうしてそこまでして同行したがるんだ? そのレベルなら、たとえ同行しても緊急依頼の参加報酬はもらえないぞ?」
「理由は……」
俺は一度沈黙した。そして蒼二の目をまっすぐに見て答える。
「理由は、護りたい奴らがいるからだ」
「護りたい奴、ね。それなら俺達がヒュドラを倒してやる。それなら問題ないだろ?」
「いや、気持ちは嬉しいが、二人には無理だ」
「それは……俺たちにヒュドラが倒せないって意味か?」
蒼二はピクリと眉を上げる。
「倒せないとは思ってない。だが、お前達二人だけで、なんの被害も出さずに倒せると思っているのか? レベルが足りてないのはお前達も同じはずだ」
「確かにその通りだ。だが――」
「レベルやステータスが全てじゃない、だろ?」
蒼二が息を飲む。それと同時、俺は強烈な視線を感じる。思わず振り向くと、真横で俺を見つめていた蒼依と目が合った。
「そういえば、名前を聞いていませんでしたね」
「ああ、俺の名前は――」
偽名を告げようとする。それより一瞬早く蒼依が席を立つ。
「必要ありません。その代わり、私と戦ってください」
吸い込まれそうなアメジストの瞳が、俺をまっすぐに見つめている。そのあまりに真剣な眼差しに、俺は視線を外せない。
「いかがですか? 私に勝つことが出来れば、同行を許可しますよ?」
「……分かった。その勝負、受けさせてもらおう」
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