第7話
新人冒険者数ヶ月分の稼ぎを、一日で稼ぎ出した。受付で換金を終えて、帰ろうとすると誰かに呼び止められる。声の方を見ると、カイン達が駆け寄ってくるところだった。
「無事に解放されたようだな」
「あぁ、そのことなんだけど……すまない」
カイン達が一斉に頭を下げた。
「……なんだ? ダンジョンでのことなら、謝罪は必要ないぞ?」
「いや、そのことじゃない。アイシャさんに言われたんだ。セツナは目立ちたくなかったんじゃないかってな」
アイシャの奴、さすがに目聡いな。
「なのに、俺達が嘘つき呼ばわりされないために、目立つマネをしてくれたんだろ?」
「気にする必要はない。どうせ、そのうち目立つ予定だしな」
それに、転生に、
それらの事実に比べたら、今回の件など些細な事実でしかない。
予定外ではあったが、想定の範疇だ。
「セツナがそう言ってくれると助かるよ。命の恩人にいつか恩を返すと言っておきながら、さっそく仇で返す羽目になったかと思ったからな」
「心配のしすぎだ」
「セツナなら、そう言ってくれると思ってたぜ。どうだ、これから夕飯でも。約束通り、おごらせてもらうぞ?」
「ふむ……そうだな――」
ツンツンと袖を引っ張られる。みれば、クラウディアが俺の袖を引き、もう片方の手で自分を指差していた。どうやら、自分も参加したいと言うことのようだ。
精霊にとって俺達のような食事は必要ない。精霊が俺達と同じご飯を食べるのは娯楽的な意味が強いのだが……クラウディアはこいつらを嫌っていたはずだ。
「反省も謝罪もしましたし、あの程度でいつまでも怒ったりはしません」
……ふむ、後に引かないさばけた性格だな。
「一人、追加させてもらっても良いか? むろん、そいつの分は俺が払う」
「かまわないが……誰だ?」
「――セツナのお姉さんです」
横からクラウディアがイタズラっぽい声でいうが、非実体化しているいま、聞こえているのは俺だけなのでスルー……と、言いたいところだが、
「俺の姉のような存在だ」
クラウディアの案を採用した。
素直にパートナーだというと、一緒に戦っていないことを疑われるからな。
「セツナのお姉さん、だと? もしかして……美人か?」
「それは……」
俺は期待するようなカイン達、そして――クラウディアをチラリ。自分の目で確かめてくれと言って肩をすくめた。
クラウディアは不満気だが、お前は俺になにを言わせたいんだ。
「期待させるじゃねぇか。セツナの姉って言うなら、もちろん俺達は歓迎だ。飯もおごらせてもらう。そうだな……しばらくしたら、隣の酒場に集合でどうだ?」
「了解だ。それじゃ、ちょっと呼びに行ってくる」
呼びに行くもなにも隣にいるのだが、俺達は一度ギルドを後にする。
それから少しだけ時間を潰して酒場へとやって来た。冒険者ギルドの隣にあり、ちょうど夕食の時間帯。店内は若い冒険者達であふれかえっている。
若さ特有の情熱が、熱となって伝わってくる。少し前まではそれが羨ましくもあり妬ましくもあった……が、いまはそういう感情を抱かない。
いまの俺が、彼らと同じような情熱を取り戻したからだろう。
「ここで待ち合わせ、でしたよね?」
「ああ、先に行っていると言ってたから、その辺にいると思うが……」
クラウディアを従えて店の奥へと入る。
「セツナ、こっちだ!」
呼ばれて視線を向けると、角にある大きなテーブル席にカイン達が座っていた。
「すまない、待たせたようだな。カイン、彼女はクラウディア。さっきも言ったが俺の姉のような存在だ。でもってクラウディア。こいつがカインで、あとは……」
俺はカイン以外の名前を良く知らない。自己紹介は自分でしてくれという想いを込めて、彼らに視線を向けたのだが――何故か彼らは沈黙していて、誰一人として名乗りを上げない。
「おい、カイン? おいってば」
埒が明かないので腕を掴んで揺すると、カインはハッと我に返った。そして何故か俺の首に腕を回し、隅っこへ引っ張っていく。
「お、おおっおい、セツナ! あのむちゃくちゃ綺麗なお姉さんは何者だ!?」
「だから、俺の姉のような存在だと言ってるだろう。なにをそんなに動揺してるんだ?」
「なにをって、あんな美女が来るとは思わないだろっ!?」
なるほど、クラウディアの容姿に驚いていたのか。
冒険者は女性が少ないから、その気持ちは分からなくはない……といいたいところだが、受付嬢のアイシャに、冒険者の蒼依。
あれだけの美女、美少女が近くにいるのに耐性なさ過ぎだろう。
「だから言っただろ、自分で確かめろって」
「た、たしかに聞いたけどよ。お前、なんとも思わないのかよ?」
たしかにクラウディアは性格も外見も美しいが、俺はずっと蒼二や蒼依の母親、紅葉のことを愛していた。クラウディアがいくら綺麗でも……いや、待て、紅葉?
前世だけではなく、不遇の聖者としての記憶にも、同じ名前が残っている。
そうか、紅葉は……あのときの娘、だったのか。
「おい、セツナ?」
名前を呼ばれて我に返る。そういえば、カインと話している途中だったな。
「言っただろ、クラウディアは俺の姉のような存在だって。いくら綺麗でも関係ないさ」
「本気で言ってるのか?」
「もちろん、本気だが?」
「……お兄さんって、呼ばせてもらっても良いか?」
「やめろ、どう考えてもお前の方が俺より年上だ」
むろん、実際は俺の方が長く生きているのだが、カインにお兄さんと呼ばれるのはなぜだか身体が受け付けない。
「それより、あいつらが自己アピールをしてるみたいだぞ。乗り遅れて良いのか?」
顎でくいっとクラウディアの方を示す。カインの仲間が、我先にと自己紹介をしている。
「あっ、てめぇら、ズルいぞ。クラウディアさん、俺はカイン。セツナの親友です」
「おい、お前と親友になった覚えはないぞ」
抗議するが聞いちゃいない。
俺はやれやれと肩をすくめて空いている席に座った。
それから雑談――主にクラウディアの気を惹く男達の自慢話に花を咲かせながら夕食は進み、やがて酒が入ったところでカインが俺の強さについて聞いてきた。
「――なら、セツナはレベルが重要じゃないって言うのか?」
「いや、むろんレベルは重要だ。だが、レベルは上げれば上げるほど、経験値を得るのに必要な敵のレベルも上がるだろう?」
「……あぁ、たしか聞いたことがあるぞ。高レベルになると、低レベルの敵をいくら狩り続けてもレベルが上がらなくなるらしいな」
「ああ、その通りだ」
俺はジョッキに注がれたエールをグビッと飲んで答えた。
理由は知らないが、経験値は自分より極端にレベルの低い魔物を倒しても一切入らない。経験値を得るには、自分と敵のレベル差が重要なのだ。
つまり、どれだけレベルを上げて強くなっても、結局は戦う敵も強くなると言うこと。
「さっさと強くなって稼ぐことが目的だって言うのなら、レベルを上げるだけでも良いだろう。だが、遙か高みを目指すつもりなら、レベルを上げるだけじゃダメだ。同レベル帯の敵との戦闘が苦しくなるからな」
「それは分かるけどよぉ。具体的にはなにをすれば良いんだ?」
「簡単なところで言えば素振り、それに走り込み。あとは連携の練習。カインが盾役のようだが、他の奴に敵のタゲ――狙う相手が飛んだときの対応も練習しておいた方が良い」
「それはまた、地味な話だな」
「誰もやりたがらないからこそ、他と差がつくんだ」
「……なるほど、負荷成長の加護を当たりだと言い切るはずだぜ」
「そうだ。本当の意味で強くなりたいのなら、レベルだけ上げても意味はないからな」
レベルに上限はないと言われているが、その真相は分からない。
人間に上げられるレベルに限界がある。俺の場合は60で限界だったが、一流の冒険者でも70くらいで苦しくなってくる。歴代最高に到達した英雄のレベル86という噂だ。
その英雄の加護がなんだったかは知らないが、俺は必ずそのレベルを超えてみせる。
「しかし……走り込みに素振り、ねぇ。稼ぎにはなりそうにないな」
「なにも、ダンジョンに潜るのをやめろとは言ってないぞ」
勘違いを正してやると、カインがどういう意味だと視線で問いかけてくる。
「ダンジョンに潜る前か後に走り込みや素振りをすれば良い。慣れてくれば実戦の中で練習をしても良いな。とくに、連携の練習は少し弱い敵を相手にするのが良いだろう」
「簡単に言ってくれるぜ」
「努力で強くなれるのなら、安いもんだろ。蒼依や蒼二も同じことをしてるはずだぞ」
「あん? どうしてここで蒼依さんや蒼二さんの名前が出てくるんだ?」
カインが不思議そうな顔を向けてくる。ちょっと失敗した。
「いや、風の噂で二人も同じことをしてるって聞いたことがあるんだ」
「へぇ、あの二人が強いのも、同じ理由ってことか。セツナの話に信憑性が増すな」
「おいおい、俺の話はそんなに信じられないか?」
「セツナが強いのは分かっているが、単に才能に恵まれてるだけって可能性もあるからな」
「なるほど」
その考えは物凄く理解できる。
才能――精霊の加護を持っていた奴はかつて、俺に揃ってこう言った。『普通に戦い続けていれば、どんどん強くなれる』ってな。
だが、彼らにとっての常識は、精霊の加護を持たない俺には当てはまらなかった。才能を持つ奴らの当たり前が、皆に等しく当たり前であるとは限らない。
「心配するな。これはかつて、なんの才能も持たなかった男が、それでも強くなることを諦めきれなくて、必死に足掻いて編み出した方法だ。誰にだって効果はあるさ」
かつての自分を思い浮かべて語る。少し、セリフに熱が入りすぎていたのだろう。カイン達が少し驚いた顔で俺をみていた。
俺はそれを誤魔化すように「……たぶんな」と肩をすくめてみせる。
それでなんとか誤魔化せたようで、それから具体的な訓練の方法などへと会話がシフト。そこからだんだんと酒が入って、どうでも良い世間話へと移っていった。
「ところで、蒼依と蒼二につい聞かせてくれないか?」
頃合いを見計らい、俺は気になっていたことを尋ねる。
「二人について? なにを聞きたいんだ?」
「いや、活躍してる二人だって話は聞いているんだが、最近はこの町で活動しているのか?」
「ああ、一年くらい前からこの街で活動しているらしいな。たしか……師匠が殺されたとかで、その犯人を捜しつつ冒険を続けているらしい」
「……あいつら」
俺の仇討ちなんて必要ないって言っただろうが。
「セツナ、どうかしたのか?」
「あぁいや、復讐なんて虚しいだけだと思ってな」
「別に復讐に駆られてる訳じゃないらしいぞ。俺も良くは知らねぇけど、師匠の遺言だとかなんとかで、自分達は上を目指すって。犯人捜しはギルドに任せているらしい」
「そう、か」
たしかに、犯人を捕まえるなとは言ってないが、最強を目指しつつ、俺の仇討ちも完全には諦めてないってか。……まったく、あいつらときたら。
「セツナ、顔が嬉しそうですよ」
「ふん、言われなくても分かってるよ」
死んだらすべて終わりだと思っていた。けれど、あいつらは俺との約束を守り、そして俺のことを忘れないでいてくれている。
これほど嬉しいことが他にあるはずがない。
「だが、今回はちょーっとヤバイんじゃないかって噂だぜ」
「ヤバイ? なんのことだ」
俺は眉をひそめる。
「ついさっきの話なんだが、フィールドボス、ヒュドラが出現したらしい」
「ヒュドラ、だと?」
レベル55の魔物。ダンジョンでいえば十層のボスクラス。安全に狩ろうと思えば、レベル50以上の冒険者が最低でも四人くらい必要になる。
「ヒュドラ討伐の緊急依頼が出たんだが、蒼二さんと蒼依さんが二人で引き受けたって話だ」
「二人? まさか、参加者が二人だけってことか?」
「ああ。他に参加できる奴がいなさそうだからな」
「馬鹿な。いくらなんでも無茶だろう」
俺の記憶にある二人のレベルは40手前。この一年でどれだけ頑張っていても、50には届いていないはずだ。いくらあの二人でも危険すぎる。
「他の参加者はいないのか?」
ダンジョンに潜るのは祭壇の都合で四人が一般とされているが、それ以外で戦う分には人数制限なんて存在しない。数の暴力に訴えることだって可能だ。
「いまこの街にいる冒険者で一番レベルが高いのはあの二人。他は30代しかいないんだ。もちろん、そいつらも手伝おうという意志はあったんだが……」
「あぁ、それは危険だな」
ヒュドラは首が九つもあるドラゴンのような姿をしている。範囲ブレスが強力で、毒を撒き散らすこともある。対集団戦を得意としている。
数で当たれば勝率が上がるのも事実だが、あまりにレベルが低い連中を連れて行くと確実に多くの犠牲者が出る。
「らしいな。それで、緊急依頼に参加できるのは、レベル50以上って制限が掛かったんだ」
「なるほどな……」
犠牲者を減らすという意味では妥当な判断。だが、二人で倒せるかというと厳しいし、二人ともが無事かどうかはもっと厳しい。
蒼依は攻撃魔法が得意だが、自分への攻撃を防ぐ能力は低い。蒼二の方は近接を得意としているが、範囲攻撃に対する対抗手段に欠ける。
「他の街に応援要請は出していないのか?」
「出してはいるが、来るとしても時間が掛かる。ヒュドラの出現位置の付近にはいくつも村があるから、長く待つことは出来ないらしい」
「ちっ、そういうことか」
フィールドボスは出現してしばらくはその場に留まる特性があるが、およそ五日ほどで移動を開始する。そうなったら、近くの村が襲われるのは必至だ。
だが、一つの村くらいなら避難させるのも可能かもしれないが、いくつもの村の住人を避難させるなんて不可能だ。畑のことも考えれば、皆を飢え死にさせる結果になりかねない。
だからあの二人は、ヒュドラが移動を始める前に倒そうと考えているのだろう。
まったく、その無鉄砲な正義感は誰に似たんだと問い詰めてやりたい。
「……出立はいつだ」
「たしか明後日の朝だと聞いているが……なにを考えている?」
「俺も同行する」
「はっ、面白い冗談だ。……冗談だよな? おい、待て、本気なのか?」
俺の態度から本気だと理解したのだろう。カイン達の顔が引きつる。
「さっき言っただろ。緊急依頼への参加資格はレベル50以上だって」
「参加資格がなくても戦えない訳じゃない」
緊急依頼に参加できなければ、討伐しても報酬がもらえないだけだ。
「……たしかにそうだが、分かってるのか? 相手は55レベルの化け物だぞ?」
「むろん承知の上だ」
「いやいや、承知の上って。お前、いまレベルいくつだよ」
「5レベルだな」
「なっ、もうそんなに上げたのかよ!?」
カイン達が絶句するが無理もない。
俺は負荷成長の加護を持つ。つまりはカイン達が数ヶ月で稼いだのと同じくらいの経験値を、俺はたった一日で稼いだことになるんだからな。
「お前も大概化け物だな。だが、それでもまったくレベルが足りないぞ」
「いや、俺は負荷成長の加護を持っている。5レベルとはいえ、一般的な10レベル相当のステータスにはなっている」
更に言えば、俺には奥の手がある。いまの身体では使いこなせない技もあるが、瞬間的に40レベル相当の力を発揮することくらいは出来るだろう。
「それに、出立は明後日なんだろ? 足りないレベルは、明日一日で上げてみせる」
「いや、一日でその差を埋めるって、どう考えても不可能だろ。セツナ、さっき俺に言ったじゃないか。無理をせずに強くなれって。なにをそんなにムキになっているかは知らないが、自殺行為に走るつもりなら、全力で止めるからな」
「……たしかに、世の中には努力だけじゃどうしようもないことはある」
なにかが足りない。ただそれだけで努力が報われない。そんな現実があることを、俺は前世で嫌と言うほど思い知らされた。誰よりも、俺がそれを一番良く知っている。
だが――
「心配するな、これは努力でなんとかなる範囲だ」
一日でヒュドラに対抗できるだけのステータスを手に入れ、俺の可愛い弟子を、紅葉の残した子供達を、今度こそ護り抜いてみせる。
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