第6話

 二層のボス部屋。

 俺の息遣いとオーガの雄叫び。そして、剣と棍棒が打ち合う音だけが響いている。

 喰らえば一撃で死にかねない。オーガが振るう棍棒の側面に剣を当てて受け流して、カウンターで胸を斬り裂く。

 着実にダメージを重ねてはいるが、【アクセル】を解除しているいま、その一撃はほとんどダメージを与えられない。

「セツナ、手伝います!」

 俺の劣性を感じたのか、クラウディアが駆け寄ってくる。

「大丈夫だ。それに、クラウディアはいま、他の奴らに認識されないようにしてるだろ。急に現れるところを、連中に見られたくない」

「では、封印を解きますか?」

「もっと目立つから却下だ」

 いまの俺は、クラウディアとの契約で得た力を、聖痕と共に封印している。その封印を解くと能力が解放され、俺の右の瞳に聖痕が現れ、精霊の光を纏うことになる。

 必要に迫られない限りは、聖痕を持つことは隠しておきたい。


「なら、どうするつもりなんですか?」

「心配するな。面倒なのは事実だが、こいつを倒す程度の手段ならいくらでもある」

 オーガの棍棒を回避して、その足に一撃を入れる。大した傷ではないが、俺は重ねて一撃、また一撃と叩き込んでいく。

 オーガが連続攻撃に怯んだ瞬間、俺は大きく飛び下がる。左腕をオーガに向かって突き出し、魔力素子(マナ)を練り上げて魔力へと変換する。

 これは、セツナとしての記憶しか持たなかった頃は使えなかった魔法。不遇の聖者である刹那が古文書を読み解いて再現した、刹那だけが使えた失われた魔法ロストマジック

 魔力を根こそぎ持って行かれるが、なんとか魔法を完成させる。

「【紅炎乱舞】!」

 オーガの足下から紅い炎が吹き上がり、その巨体を包み込んでしまう。

 オーガは雄叫びを上げて棍棒を振り回した。

 だが、炎に包み込まれた状態でのそれは自殺行為だ。肺に炎を吸い込んだオーガは、声にならない悲鳴を上げてのたうち回る。

 魔力不足で炎はすぐに消えるが、オーガは無防備に急所を晒している。俺はその隙を逃さずに距離を詰め、一瞬だけ【アクセル】を発動、オーガの急所を剣で貫いた。


 オーガはビクンと身を震わせて、ほどなく光の粒子となって消えていく。その粒子の一部が、経験値となって俺の中に流れ込んでくる。

 一気に身体が軽くなるのを感じる。冒険者カードを見ると、レベルが2になっていた。3、4くらいになるかと思ったが……ボス部屋にいた他の連中にも経験値が流れたようだ。

 それより――と、俺は自分の身体を見下ろして歓喜する。たった1レベル上がっただけだというのに、信じられないほど身体が軽くなっている。

 やはり、成長負荷の加護は最高だ。

 以前の俺は60レベルで30レベル相当のステータスだったが、この調子で上がり続けるのなら、30で60レベル相当のステータスになるかもしれない。

 レベルが上がれば上がるほど、自分より高レベルの敵を乱獲して、物凄い勢いで経験値を獲得することが出来るようになる。

 いままでは報われない日々を送ってきたが、ようやく報われるときが来た。


「すげぇ、オーガをソロで倒しやがった!?」

「あいつ、今日冒険者になったばかりだろ、信じられねぇ!」

「あの魔法なんだよ凄すぎだろ。あんな紅い炎、見たことも聞いたこともねぇよ!」

「それより凄いのは最後の一撃だ、オーガの硬い身体を貫いたぜ!」

 背後から歓声が上がる。

 見れば、すぐ後ろに興奮した様子の連中がいた。ポーションかなにかで回復して体勢を立て直し、俺の援護をしようとしていたようだ。

 あれだけ戦意を喪失していたのに立て直すとは、なかなか見所のある連中だ。

 俺はオーガが消えて残った魔石を拾い上げて、カイン達のもとへと向かった。


「怪我は、大丈夫か?」

「え、あ、あぁ。全員ポーションで回復した。まだちょっとダメージは残ってる奴もいるが、後遺症が残りそうな奴はいない」

「……そうか。俺にこんなことを言われるのは業腹かもしれないが、レベルは余裕を持ってあげた方が良い。適性レベルギリギリで戦い続けていたら、いつか死ぬぞ」

 自分達より年下の、それもレベル1、先ほど2になったが――に言われても反発するだけかもしれないが……と思いつつ警告する。

「あ、あぁ、分かった。これからは余裕を持ってレベル上げをするよ」

「ふっ、それが良い」

「……お前、ホント生意気な奴だよな」

 少し呆れられてしまった。

 だが、俺の精神は三十代半ば同然とはいえ、見た目は十代半ばの青年だからな。たしかに対外的に見ると物凄く生意気に見えるかもしれない。俺も少し気を付けよう。


「それで、その……そういえば、名前を聞いていなかったな」

「俺はセツナだ」

「そうか、セツナ。今日はセツナに助けられた。お前がいなければ、俺達はたぶん全滅していた。本当にありがとう。セツナは俺達の命の恩人だ」

「ただのお節介だから気にしなくて良いぞ」

「いや、この恩は必ず返す。だが……いまの俺達じゃ、たぶん役に立てない。だから、セツナに恩を返せるように強くなるよ」

 カインがまっすぐに俺を見る。その瞳は強くなると言う決意に満ちている。

「お前達は精霊の加護を得ているし、PTのバランスも悪くない。頑張れば必ず報われる。だから、決して無理はせずに努力を続けろ。そうすれば、レベル以上の強さを得られるはずだ」

「それが、セツナの強さの秘訣……なのか?」

「そういうことだ」

「分かった。もとより、セツナが救ってくれた命だ。無理をせず、けれど努力を続けるよ」

 どうやら、命の危険を乗り越えて一皮剥けたようだ。

 未熟な冒険者がいっぱしの心構えを手に入れて成長する。その瞬間を目の当たりにするのは、なんど体験しても感動する。

「お前達が成長するのを楽しみにしている」

 俺はカイン達にエールを送った。



「それで、お前達はこれからどうするつもりだ?」

 一息吐いて、俺はカインに問いかけた。

「今日はさすがに限界だ、祭壇を使って帰るよ」

「そうか、なら祭壇まで付き合おう」

「祭壇まで……って、おいおい。まさか三層に行くつもりか?」

 カインが信じられないと目を見開く。

「それこそまさかだ。祭壇に触って登録はしておくが、今日は二層でレベルを上げだな」

 冒険者になった初日で三層にまで駆け上がったとなれば、間違いなく噂になる。けれど、いまの俺が三層で戦うのは厳しいし、目標はあくまで超一流だ。

 カイン達に偉そうに説教を垂れた直後に、自分が無茶をする訳にはいかない。

「そうか……なら、街で会ったら飯でもおごらせてくれ。色々話を聞かせて欲しいんだ」

「ああ、かまわない。そのときはごちそうになろう」

 俺達はボス部屋の奥にある祭壇へ移動。カイン達を見送って、俺は三層へいつでもいけるように登録だけを済ませ――そのまま座り込んだ。


「セツナ!?」

 実体化したクラウディアが駆け寄ってきて、俺の身体を支えてくれる。ワンピース越しにクラウディアの温もりを感じ、ふわりと甘い匂いが届く。

 精霊といっても、人間と変わらないんだな。

「セツナ、大丈夫ですか?」

「心配するな。アクセルの過剰使用でちょっと全身が悲鳴を上げてるだけだ」

「だけって……もしかして、いままでやせ我慢してたんですか?」

「大したことはない。あいつらの手前、情けないところは見せられないだろう?」

「……もぅ、仕方ありませんね」

 クラウディアは少し呆れた様子で俺に手のひらをかざし、回復魔法を発動させる。温かい光がに照らされ、身体の痛みが和らいでいく。

「……助かった、もう十分だ」

 俺は身体が楽になるのを確認して立ち上がり、感謝の気持ちを込めてクラウディアの肩をポンと叩く。

 その後、元気になった俺は、二層のフロアへと引き返して魔物を乱獲した。

 オーガを倒した時点でレベル3の手前まで経験値がたまっていたようで、すぐに3へとレベルアップ。そこから夕方まで狩り続け、レベルを5にまで引き上げた。



 5レベルになった俺は、弾むような足取りで街へと帰還した。

 ちなみに、弾むような――というのは比喩じゃない。浮かれているのは事実だが、レベルアップによるステータスの伸びが凄まじく、身体の制御に手こずっているのだ。

 ……まったく。昨日は急に弱くなった身体に戸惑っていたのに、今度は急成長に戸惑うとは思ってもみなかった。だが、これは俺の努力が報われている証。

 ……やはり、俺は浮かれているようだ。

 ともあれ、その足で冒険者ギルドに帰還する。夕暮れ前で冒険者が戻ってきているのか、フロアはずいぶんと賑わっている。

「いや、俺はあんな話、信じねぇ」

「だよな。どうせ、あいつらに金を渡して、嘘の証言をさせたんだろうよ」

 受付に向かっていると、なにやらあちこちから似たようなやりとりが聞こえてくる。深刻な内容ではなさそうだが、なにやら噂話で持ちきりのようだ。

 少し興味はあるが、まずは換金をしよう。


「あら、セツナさん。お帰りなさい」

 受付嬢のアイシャが笑顔で出迎えてくれる。

 そのとき、ざわりと不意に周囲の空気が変わった。

 ただの偶然か? それとも……

「ただいま。ドロップアイテムの換金を頼みたいんだが、かまわないか?」

「ええ、もちろん。初めてのダンジョンはいかがでしたか?」

「まぁまぁだな。初日で軽く流しただけだしな」

 俺はバックパックに入れていた魔石をカウンターの上に並べる。

「ほら見ろよ、やっぱりガセだったじゃねぇか!」

「そうみたいだな。だが……ソロで初日にしては上出来じゃねぇか?」

「まぁな。負荷成長の加護持ちが、初日であれだけ倒せば十分だろ」

「だよな。なのに、なんでオーガを倒したなんて嘘をつかせたんだか」

 なにやら騒がしいとは思っていたが……どうやら噂の主役は俺のようだ。冒険者達が背後で遠巻きにしているのを気配で察する。

「なぁアイシャ、あいつらはなにを言ってるんだ?」

「あぁ、大したことありませんよ。貴方が初日で二層に上がって、あまつさえボスのオーガを倒したって、貴方達に絡んでいた冒険者達が騒ぎ立てていたんです」

「……そうなのか?」

「ええ。貴方達を貶める目的ではなく、助けられたと主張していましたが、セツナさんがお金を払って噂させたという流れになっています。そんなことは、してませんよね?」

「もちろん、そんなことはしてない」

「ですよね。いま、彼らに事情を聞いています。もし、故意に貴方達を貶めようとしたのなら、相応の罰を受けさせなくてはいけませんから」

「なるほど。だが、そういうことなら解放してやってくれ」

 俺がカウンターに置いたのは、一層で倒した敵のドロップアイテムだけだ。超一流へ最短で至るつもりなのは変わらないが、最初から目立つつもりはなかったからだ。

 だが、成り行きとはいえ、面倒を見たあいつらを悪者にする訳にはいかない。


「クラウディア、あれを出してくれ」

 相変わらずほかの者には認識されないようにしているので、クラウディアにだけ聞こえるように、小声でささやきかける。

「あれってどれですか?」

「今日預けた全部だ」

 この世界にはマジックバックなどの便利なモノがあるが、いまの俺は持っていない。だが、クラウディアはその上位、アイテムボックスなる能力を所持している。

 だから、二層で手に入れた物はすべて、アイテムボックスにしまってもらっていたのだ。

「――っと、俺が出してるように見せてくれ」

 クラウディアは現在、俺以外の人間には認識されていないので上手く調整。俺は二層でドロップした魔石を、次々にカウンターの上に積み上げていく。

「えっ、お、おい、あれを見ろよ、二層のドロップ品があるぞ!?」

「嘘だろ。初日に二層って、どんなに有望なPTでも不可能だろ」

「だよな。もしかして、あのドロップ品も金で入手したんじゃないか?」

「だ、だよな。あいつらは二層にいけるはずだし、それならつじつまが……」

 徐々に周囲の声が消えていった。

 俺が黙々と、ドロップアイテムを積み上げ続けているからだろう。

 新人冒険者がレベル5になるまでおよそ一ヶ月。そして俺は成長負荷の加護で、数倍の魔物を倒す必要がある。

 つまり、俺がカウンターに積み上げているのは、新人冒険者のおよそ数ヶ月分と同じ量のドロップアイテム。それを俺が買い取るなんて実質不可能だ。

 むろん、金と長い期間を使って根回しすれば不可能ではないが、そこまでする奴がいたら、俺は別の意味で感心する。

 それはともかく――と、俺はカウンターに積みきれないほどのドロップアイテムを並べ、最期に、アイシャに直接オーガの魔石を手渡した。

 その瞬間、周囲から音が消え、ギルドは静寂に包まれる。

「セ、セツナさん、これは、一体……」

 永い、永い沈黙の後、アイシャが震える声で尋ねてくる。

「それは、カイン達が嘘をついていないという証だ」

「……え?」

 俺の言葉の意味が理解できなかったんだろう。アイシャはぽかんとした顔をした。さすが容姿の整っていると名高いエルフの中でも美しい女性だ。間の抜けた顔も絵になっている。

 俺はそんな益体もないことを考えながら肩をすくめてみせる。

「事情を聞いているかは知らないが、カイン達とは和解したんだ。だから、カイン達が俺を貶めようとする理由はない。解放してやってくれ」

「そ、それは分かりましたが、そういう問題じゃありませんっ。貴方は今朝、たしかにレベル1でした。それなのに、どうやって一日でこんなに狩ったんですか!?」

 信じられないと取り乱している。昔と比べてしっかりしたように思っていたが、予想外のことが起きると動揺するところはいまも直っていないらしい。

「ドロップが多いのは、たくさん狩っただけ。別に大したことじゃないさ」

「なにを言ってるんですか、思いっきり大したことですよっ!?」

「いいや、本当に大したことじゃないよ。これはただ、努力を続けていた結果、だからな」

 二度の人生、何十年と続けていた努力の成果がようやく実を結んだ、ただそれだけのこと。

 もっとも、いままでの俺には不可能だったことでもある。俺は三度目の人生でようやく、努力した分だけ報われるという、誰もが当たり前に持つはずの幸せを手に入れた。

 俺は今後も努力を続け、この幸せなサードライフを謳歌する。

 

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