第5話

 冒険者カードを手に入れた俺は、さっそく冒険に必要な準備をすませた。

 なお、前世の俺はそれなりに貯金もしていたのだが、すべて冒険者カードの中。生まれ変わったいまの俺は、完全な無一文だったので、クラウディアに資金を出してもらった。

 出してもらった――とは言ったが、神器同様に刹那が預けた物らしい。いまだに自分の物という感覚はないのだが、ひとまず登録料には使わせてもらった。

 その後、俺達は街の近くにあるダンジョンの入り口へとやって来た。

「けっ、またおまえかよ。俺達の後を付けてきたんじゃねぇだろうな」

 悪態が聞こえてくる。見れば、冒険者ギルドで俺達に絡んできた男達がいた。

「このダンジョンの一層は初心者向けだ。俺がここに来るのは当然だろ」

「あぁそうかよ。というかおまえ、一人でダンジョンに潜るつもりか?」

「そのつもりだが?」

「おい、聞いたかよ。PTを組む相手すらいないらしいぜ」

「聞いた聞いた、成長負荷の加護を持つ奴は大変だな!」

 仲間達で笑い合う。

 やれやれ。俺を貶めても、自分達が偉くなる訳じゃないだろうに。若い冒険者が、他の奴らに舐められないように必死、といった感じか?

 これ以上相手にしていられないと、俺は踵を返した。


「おい、どこへ行くつもりだ」

「決まってるだろ、ダンジョンに潜るんだ」

「……てめぇ、俺達を無視するつもりか?」

「さっき、ギルドで絞られたんじゃなかったのか?」

 お互い面倒ごとは嫌だろうと、言外に伝える。

 それが通じたのだろう、男はあからさまに舌打ちをした。

「今回だけは見逃してやる。だが、覚えておけ。俺達は三ヶ月でレベル11、もうすぐ三層にもいける。だが、成長の遅いお前はどれだけ頑張っても、数年はかかるだろう。せいぜい、現実に直面して絶望するんだな!」

 冒険者達はそんな捨て台詞を残して、ダンジョンの祭壇へと消えていった。

「セツナ、あたし、あの人達嫌いです」

「む、すまない」

「……どうしてセツナが謝るんですか?」

「いや、クラウディアは成長負荷を馬鹿にされても気にしないと言っていただろ。だから放っておこうと思っていたんだが、気にしてたのなら反論するべきだったと思ってな」

「いえ、あたしのことはどうでも良いんです。でも、セツナが馬鹿にされるのは嫌です」

「ふっ、そうか」

 俺は思わず吹きだしてしまった。

「どうして笑うんですか? あたしは不快だって言ったんですよ?」

「すまない。俺も同じことを考えていたんだ」

 自分のことを馬鹿にされても気にならないが、仲間を侮辱されると腹が立つ。

「そうだったんですね。なら、さっきの人達は……」

「彼らは放っておけばいいだろ」

 駆け出しの冒険者が、自分達を強く見せようと粋がってるだけだ。それを見て、あいつらが強いと思い込む者もいるかもしれないが、実力そのものが変わる訳じゃない。

 いつか現実に直面するのは俺じゃなく、あいつらの方だ。


「クラウディア。そのうち、成長負荷は凄いんだって俺が証明してやる」

「証明、ですか?」

「成長負荷の加護を持つとレベルを上げにくいって認識は間違ってる。たしかに序盤はレベルを上げにくいが、高レベルになれば逆転するはずだ。だから……」

 俺はそこでためを作って、ニヤリと笑って見せた。

「俺は最速で一流にまで上り詰めて、成長負荷の加護は当たりだって、証明してやる」

「ふふっ、それじゃダメですよ」

 クラウディアがクスクスと笑う。

「ダメって……どういうことだ?」

「だって、セツナは既に一流の技量を持っているじゃないですか。それで最速で一流になっても、成長負荷の加護が優れてる証明にはなりませんよ」

「む、それもそうか」

 だったらどうするか……と、俺が考え込む直前、クラウディアが続ける。

「だから、最速で超一流になってください。セツナならそれが可能だって信じていますから」

「最速で超一流、か。良いだろう、約束する。俺は最速で超一流になって、成長負荷の加護が当たりだって、みんなに知らしめてやる」

 そのためにも、まずはレベル上げ。俺はクラウディアを連れてダンジョンに向かった。



 ダンジョンにある祭壇は、各層に移動するための設備だ。一度に四人まで転移が可能で、目的の階層にある祭壇の一つにランダムで飛ばされる。

 浅い階層は祭壇の数が少なくてフロアも狭いため、他のPTと出くわすことも珍しくはない。だが、さっきの連中はもうすぐ三層に行けると言っていた。

 連中と一層で出くわす心配はないだろう。

 俺達はさっきの連中が転移するのを待って、祭壇を使って一層に転移した。

 このダンジョンは、前世でもお世話になった。当時はステータスだけじゃなくて技量も低くて、一番永くお世話になったと言っても過言ではない。

 ということで、このダンジョンの敵については知り尽くしている。

 一層に出現するのは、四足歩行の獣であるガルム、魔法生物であるスライム、歪とはいえ人型のゴブリンが出現する。


「当時は気付かなかったが、まるで初心者を鍛えるために作られたかのようだな」

「実際、冒険者を鍛えるためのダンジョンですよ。精霊の加護を得た人間が遥か高みに至るため、創造神が作ったとされています」

「へぇ、そうだったのか。さすが最古の精霊、物知りだな」

 推定数千年は生きているだけある。

「一層で出現する魔物や魔獣はセツナの敵じゃないです」

「たぶんな」

 ダンジョンは四人PTが基準で、一層の一口付近はレベル1が適性で、ボスが5レベル以上。二層の入り口はレベル6以上で、ボスがレベル11以上が適性。

 ソロならもう少しレベルが必要になるが、俺は瞬間的とはいえ、低いステータスを補うだけの技能を身に付けている。

 加えて、いまの俺は刹那時代の知識や技術もある、いくら四人で前提のダンジョンとはいえ、一層で苦戦することはありえない。

 だが、未登録の祭壇には飛べないので、生まれ変わった俺は一層から始める必要がある。

 そんな訳で、襲いかかってくるガルムを両断、スライムは跳ねているところを串刺しにして、ゴブリンは剣を軽く払ってカウンターで一撃と危なげなく勝利。

 一応、奥に進むほど混成部隊が出現したりと手強くはなってくるのだが、一体一体が弱いので、数が増えても焦ることはない。

 結局、一層のボスも難なく倒して、二層に到着した。


 普通なら一つくらいはレベルが上がっていてもおかしくはないのだが、さすが最古の精霊による負荷成長の加護。レベル1からいきなり必要経験値が多い。

 この辺りから多少は敵が強くなってくるし、まずは二層でレベルを上げるべきだろう。そう思って敵を倒しながら進んでいると、二層のボス部屋に到着してしまった。

 さすがに、レベル1で二層のボスに挑むのは厳しい。そう思って引き返そうと思ったのだが、ボス部屋で戦っている連中が目に入った。

 ちなみに、ボス部屋と呼ばれているが、別に入り口に扉がある訳じゃない。明らかにボスが出現すると分かるように見た目が分かっていて、大きなフロアのことである。

 だから、中を見ることが出来るのだが――戦っている連中の後ろ姿に見覚えがある。

 さきほどの冒険者達だ。

「あいつら、レベル11とか言ってたよな?」

「たしか、そんなことを言ってましたね」

 クラウディアは頬に指先をあてながら答える。

「ふむ。大丈夫なら良いんだが……」

 二層のボスを倒すのに必要なレベルは、四人PTでレベル11以上。適性範囲内ではあるがギリギリだ。普通はもう2、3レベルは余裕を見る。

 冒険者は冒険をしない。

 この格言が長生きの秘訣なのだが、連中は明らかに冒険をしている。


 二層のボスはオーガ。

 駆け出しの冒険者が最初にぶち当たる障害で、とにかく攻撃力が高い。それほど俊敏ではないため、落ち着いて対処すれば倒せるが……重い一撃は冒険者の冷静さを奪い取る。

 俺に絡んできたカインとかいう男が盾役のようで、いまのところは上手くオーガの注意を引きつけ、その隙に仲間の剣士二人と魔法使い(マジツクキヤスター)がダメージを重ねている。

 この調子でいけば倒せそうではあるが、オーガはたしか――と、俺が考えた直後、劣勢に立たされていたオーガが雄叫びを上げた。

 オーガの瞳が赤く輝き、その動きが速くなる。

「なっ、こいつ、急に速くなったぞ!?」

「タゲがこっちに来た! カイン、タゲを取ってくれ!」

「くっ、こう動き回られたらタゲが取れないっ。攻撃を控えるんだ!」

「こ、こっちに来る! う、うわあああぁっ!」

 相対的に速くなったとはいえ、もともとがそれほど速くない。盾役でなくとも、剣士なら対処できるはずだが……いまはパニックになっている。

 アタッカーの剣士がまともに一撃を食らって吹っ飛んだ。

「ひっ、ウェンツがやられた! に、逃げ――がはっ!」

 取り乱したもう一人の剣士も続けて棍棒の一撃を食らった。一瞬で二人が無力化される。生きてはいるようだが、恐怖で動けなくなっているようだ。

「馬鹿野郎、しっかりしろ!」

 カインはかろうじて戦意を保っているが、他のメンバーは完全に戦意を失っている。

 このままでは死者が出るのは必至、下手をしたら全滅だってありえる。それは冒険者にとって決して珍しいことではないが――と、俺は剣を抜いた。

「セツナ、まさか助けに行くつもりですか?」

「死んでも良いって思えるような悪人じゃないからな」

「でも、セツナはまだレベル1ですよ? 危険を冒してまで助ける必要はないはずです」

「たしかにいまの俺には強敵だが、後先を考えなければ倒せない敵じゃない。それに見た目は新米だが、本当は俺の方が先輩。無謀な後輩を助けてやるのは先輩に務めだろ?」

 他ならぬ俺が、蒼二や蒼依、それにアイシャにそう教えた。弟子達が実践しているのに、俺がここで彼らを見捨てるなんて、恰好の悪いことは出来ない。


 ボス部屋に飛び込み、カインのもとへと駈ける。

 そのあいだに、カインが攻撃を受け損ねて吹き飛ばされる。しかもダメージが大きかったのか、立ち上がろうとして失敗している。

 トドメを刺そうと、オーガがニタリと笑みを浮かべて棍棒を振り上げた。

「ひいいっ! だ、誰か、たす、助けてっ!」

 棍棒が振り下ろされたらカインは即死だろう。

 このままでは間に合わない。そう判断した瞬間【アクセル】を使用した。全身がバラバラになりそうな痛みに歯を食いしばって耐えて踏み込む。決して届くはずのない距離を一瞬で駆け抜け、二人の間に割って入った。

 俺の眼前に、オーガの棍棒が迫る。

 大地を踏みしめ、その一撃を剣で受ける。全身をバラバラにされそうな衝撃が駆け抜けるが、歯を食いしばって耐え抜いた。

 【アクセル】を使用していなければ、叩き潰されていただろう。

「……え、あ、な、なんで?」

「説明は後だ。オーガは俺が引き受けるから、お前は仲間を連れて撤退しろ!」

「なんで、なんでお前がなんでここにいるんだ!?」

「いいから下がれ。狙われているのはお前だ」

 オーガが体重を掛けて棍棒を押し込んでくる。

 【アクセル】を使用している俺は、オーガが相手でも力負けしない。だが、未熟な身体は【アクセル】の連続使用に悲鳴を上げている。


「お、俺達を助けるつもりか? 無茶だ、お前、さっき冒険者になったばかりだろ!? レベル11の俺達でもこのざまなのに、お前一人で勝てるはずないじゃないか、死ぬつもりかよ!」

「心配するな。俺は死なないし、こいつは俺が倒す。分かったらさっさと下がれ。お前がいると避けられない」

「――っ。す、すまない、本当にすまない!」

 カインが這いずって離れるのを気配で感じる。その直後、オーガが棍棒を引いてカインを追おうとする。俺は剣を振るって、その脇腹に一撃を加えた。

「悪いがここは通行止めだ。あいつを追いたきゃ、俺を倒してからにしろ」

「ぐおおおおおっ!」

 言葉が通じたわけではないだろうが、オーガは雄叫びを上げて俺を睨みつける。

「そうだ、それでいい」

 棍棒を振り下ろす。俺はそれを横っ飛びで回避するが、そろそろ身体が限界だ。

 動けなくなる前にと【アクセル】を解除する。身体が急に重くなり、全身の筋肉が悲鳴を上げる。解除するのがもう少し遅ければ、そのまま動けなくなっていただろう。

 とんでもなく不利な状況だが、ここで投げ出す訳には行かない。

 俺は誰よりも早く超一流になると誓った。クラウディアとの約束を果たすためには、ここで撤退する訳にはいかない。

「掛かってこい、木偶(でく)の坊。俺が最強へと至るための経験値にしてやる!」

 

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