第4話

「俺に加護を与えてくれてありがとう」

 クラウディアに心から感謝の言葉を伝え、先ほど渡された剣を返そうと差し出す。

 だが、クラウディアはやんわりと首を横に振った。

「転生するときに預かった物なので、刹那にお返しします」

「俺が預けた? ……あぁ」

 刹那の知識が浮かんでくる。

 これは神器【アンノウン】。いまは俺の技量が足りていないせいで力を失っているようだが、本来の力を発揮すれば、剣だけではなく杖や弓としても使うことが出来る神器だ。

「ありがたく使わせてもらうことにしよう」

 鞘がないので抜き身で持つことになる。いずれどこかで鞘を作ってもらおう。

「ところでセツナ、そろそろあたしのことは名前で呼んでくださいませんか?」

「クラウディア、か?」

「ええ。以前はそう呼んでいたでしょう?」

「そうなんだが……以前の記憶は不完全らしくてな。他人の記憶のように思えて、キミとどう接して良いのか戸惑っている」

「そうでしたか。記憶は……徐々に思い出すはずです。……セツナに違和感があるのなら、あたしのことを無理にクラウディアと呼ぶ必要はありません」

「いや、俺に精霊の加護を授けてくれたキミと距離を置く理由はない。キミがそれでも良ければ、クラウディアと呼ばせてくれ」

「ええ、もちろんです。ありがとう、セツナ」

「礼を言うのはこっちの方なんだがな」

 精霊の加護だけでなく、失った記憶まで取り戻させてくれた。クラウディアにはいくら感謝をしてもしたりない。いつか機会があれば、恩返しをしたいものだ。


「さて、と。名残は惜しいが、俺はそろそろ行くよ」

「あら、どこへ行くんですか?」

「そうだな。まずは町で飯、かな。その後はレベルを上げにダンジョンだ」

「では、あたしもお供いたしましょう」

「………………なにを言っているんだ?」

「あら、加護をもらったら、あたしは用済みですか?」

「そんなことはないが……」

 困惑する俺に対して、クラウディアがイタズラっぽい微笑みを浮かべている。

「まさか、俺と行動を共にするつもりか? 精霊が人間と行動を共にするなんて、聞いたこともないぞ」

「聞いたことはなくとも、体験したことはあるはずです」

「……そうだったな」

 刹那だったころ、クラウディアと一緒に旅をしていた記憶が甦った。そして、若かった頃の俺は、茶目っ気たっぷりなクラウディアによくからかわれていたようだ。

「あたしの同行は迷惑ですか?」

「まさか。逆に迷惑じゃないかと心配しただけだ。クラウディアが良いのなら一緒に行こう」

 クラウディアは少しはにかんで、俺の差し出した手を掴んだ。



 その後、俺達は祭壇を使ってダンジョンの入り口へと帰還。それから近くの街へと向かい、その足で冒険者ギルドへとやって来た。

「さて、ギルドで登録をしてくるから、クラウディアはここで待っていてくれるか?」

「いえ、ついていきます。他の人には認識されないようにしているので大丈夫ですよ」

「そういや、そんな能力もあったな」

 正確には非実体化。契約をしている俺以外には見ることも触ることも出来ない状態である。

 ということで、非実体化したクラウディアと並んで冒険者ギルドに足を踏み入れる。俺の感覚では先日訪れたばかりだが、少しだけ内装が変わっていた。

「あれから、だいぶ時が流れているのか?」

「転生に必要な期間は一年弱のはずです」

「なるほど、一年弱か……」

 だとしたら、蒼依や蒼二はいまも、この世界のどこかで暮らしているんだな。復讐に囚われたりせず、ちゃんと元気でやっているだろうか?

 楽しみでもあるが、少しだけ心配だ。


「セツナ、どうかしたんですか?」

「いや、なんでもない。まずは冒険者として登録しよう」

 もちろん、生まれ変わる前の俺は冒険者として登録していて、ランクもそれなりに上がっていたんだが……生まれ変わった上にカードも紛失している。

 クラウディアを連れて、冒険者として登録するためにカウンターに向かった。


「いらっしゃいませ」

 俺に気付いた受付嬢が笑顔で応対してくれる。

 金色の髪から、ぴょこっと飛び出す長い耳を持つエルフ。前世の俺がこの街に来たときにもいた受付嬢だが……その顔を見て俺はおやっと思う。

「すまない、キミの名前は?」

「私はアイシャ。このギルドの受付兼サブマスターをしております」

 気のせいじゃないな。

 前世ではただの顔見知りだったが、刹那として生きていたときの弟子だ。フィールドボスにエルフの里を襲撃されて身寄りを失っていたので、俺が引き取って面倒を見ていた。

 まさか、ギルドの受付嬢になっているとは思わなかった。

「今日は新規登録ですか? それとも、他の町のギルドからの引き継ぎですか? 後者であれば、冒険者カードを提示してください」

 どうやら、アイシャはまったく俺に気付いていないようだ。というか、俺は二回も生まれ変わって顔も変わっているし、あれから何十年も経っている。気付かなくて当然だ。

 俺は自分を落ち着かせ、大きく息を吐いた。


「冒険者として、新規で登録を頼む」

「かしこまりました。それではまず、規約の説明を――」

「あぁ、説明は必要ないぞ」

「そういう訳にはまいりません。なにかあったときに、説明を聞いていないと言われても困りますから、ちゃんと聴いてください」

「それもそうか。すまない、聞かせてくれ」

 もっともだと思ったので話を聞く。ただ、内容自体は良く知っている内容そのものだったので、軽く聞き流しておく。

「――以上、問題がなければ、話を聞いたというサインをそこに。それから、こちらの紙には必要事項を書き込んでください。隠したい能力は書かなくてもかまいませんが……」

「分かってる。虚偽はダメ、だろ」

「ええ、その通りです。では、書いたら呼んでくださいね」

 受付嬢は営業スマイルを残して、奥の方へと引っ込んでいく。それを見届けた俺は、渡された書類に視線を移した。


「名前はセツナ。クラスは剣士……いや、魔法使い(マジツクキヤスター)か?」

 前世の俺は一応剣士で、魔法はかじっている程度だった。しかし更に前の人生では、様々な魔法を使いこなしていた。いまの俺は剣も魔法、どちらも立派に使うことが出来る。

 厳密に言うのなら、魔法剣士といったところだろう。

「セツナのクラスは聖者ですよ」

「……聖者?」

「あたしの加護を得たときに、その瞳に聖痕が刻まれていますから。かつての刹那は、聖者として皆からあがめられていたでしょう?」

 言われて思い出す。最古の精霊から加護を得た証が刹那の瞳にはあった。

 普段はその力を封印しているため、聖痕も見えなくなっているのだが、ひとたび力を解放すれば、瞳に聖痕が浮かび上がる。

「……クラスは剣士と書いておこう」

 刹那は聖者と称えられた反面、様々な悪意にも晒された。その経験から考えて、自分の身を守る力がないうちは、不必要に言いふらしたりはしない方が良い。

 また、レベルや冒険者ランクは冒険者カードに自動で反映されるので書く必要がない。なので、他に書くのは……加護か。

 前世の俺は、登録時には加護は不明と書き、後に加護なしと修正された。だが、いまの俺は違う。負荷成長の加護と書き込んで、その喜びに打ち震える。

「おい、あれを見て見ろ」

「あん? ……ぶっ。マジかよ、外れ加護じゃねぇか!」

「外れ加護で冒険者を目指すとか本気かよ!」

 いきなり隣のカウンターから笑い声が上がる。誰を笑いものにしているのかは知らんが、俺は感動に水を差すのは止めて欲しいものだ。

「おい、お前だよ、お前」

 なにやら肩を掴まれそうになったので、さっと身を捻って回避する。空振ってたたらを踏んだ男が、ギロリと睨みつけてくる。


「……俺になにか用なのか?」

「ああ、そうだよ。外れ加護で冒険者を目指すなんてすっげぇ笑える。いますぐ諦めて田舎に帰んな。それがお前の身のためだぜ」

 なにやら馬鹿にされているようだが、外れ加護ってなんのことだ? もしかして、成長負荷の加護のこと、なのか? 成長負荷の加護を外れとかありえないだろ。

「負荷成長の加護はデメリットも大きいが、その分メリットの大きい優秀な加護だぞ?」

「はぁ? なに寝言を言ってやがる。成長負荷は外れも外れ。超外れ加護だってぇの」

 どうやら本気で言っているらしい。

 たしかに序盤は大変だが、時期に強い敵と戦えるようになる。そうしたら努力でいくらでもレベルを上げられるのに、そんなに嫌がることかねぇ。

 むしろ、当たり加護だと思うんだが……俺は俺、他人は他人だ。多くの努力が必要なのは事実だし、努力が嫌いな連中にとっては外れと言えなくもない。だから、こいつが負荷成長の加護を悪く思っているからといって、いちいち言い返す必要はない。

 もっとも、クラウディアが傷ついていたら話は別だが――と視線を向ける。

「成長負荷の加護が、外れ加護って呼ばれてるって知ってたか?」

「それはもちろん、自分のことですから知ってます。でも、気にしてませんよ。……どうしてそんなことを聞くんですか?」

「クラウディアが傷ついていたら、連中の喧嘩を買おうかと思ってな」

「なるほど。だったら買う必要はありませんよ」

「そうなのか?」

「ええ。あたしは他人になにを言われても気にしません。……あぁ、でも、セツナが馬鹿にされるのは腹立たしいですね。……あたしが彼らの喧嘩を買いましょうか?」

「俺も気にしてないから買う必要はないぞ。それより、なんで外れスキルなんて言われてるんだ? 昔は外れ加護なんて言われてなかったよな?」

 刹那だった頃は、負荷成長の加護を羨ましがられていた記憶がある。もちろん最古の加護だったことが大きいとは思うが、成長負荷の加護自体も評価されていたはずだ。

「二十年ほど前に起きたスタンピードで、熟練冒険者の多くが亡くなったんです。それで、早熟な冒険者が求められるようになったのが原因でしょうね」

「へぇ、そうだったのか」

「……というか、セツナはどうして知らないんですか?」

「加護を持たない俺にとって、外れ加護なんて存在しない」

 たとえ、本当に他の加護より劣っていたとしても、俺は喜んで加護を受けていた。クラウディアの加護は最高なので、まったく考える必要のない仮定だが。

「おい、てめぇ。さっきからなにを一人でブツブツ言ってやがる!」

「おっと、すまない。あんたの言い分は分かったが、俺は外れ加護だなんて思っていない。それより、同じ冒険者として仲良くしないか?」

「てめぇ、俺を舐めてるのか?」

「まさか、舐めたりはしない。ただ、不必要に敵を作る必要はないだろうと言ってるだけだ」

「このガキ、生意気なんだよっ!」

 いきなり殴りかかってくる。俺は条件反射で手の甲を当てて巻き込むように受け流し、手首を掴んで投げ飛ばした。

 一瞬遅れて、俺に絡んでいた男が木の床にたたきつけられる。

「がはっ!」

「……すまん、ついはずみで」

 あまりにも無防備だったので、物凄く綺麗に決まってしまった――なんて、火に油を注ぐようなことは言わないが。


「――大丈夫か、カインっ」

「てめぇ、よくもカインをやりやがったなっ!」

 投げ飛ばされた男の仲間が詰め寄ってくる。冒険者ギルドで喧嘩なんて、ギルドから睨まれそうな面倒ごとは起こしたくないんだが……困ったな。

「そこまでだっ!」

「誰かしらねぇが邪魔をするな――って、蒼二さん!?」

 え、蒼二って、もしかして……おぉ、少し大きくなっているが本当に蒼二だ。隣には蒼依もいるな。こっちの背丈は変わってないけど、また少し大人っぽくなった。

「新人に絡むなんて、先輩のやることじゃないだろ」

「でも、蒼二さん。こいつがカインをやりやがったんだっ!」

「いいかげんにしろ。おまえらが絡むところを見ていたぞ」

「それは、たしかにそうですけど。あいつが生意気で……」

「――これは、なんの騒ぎですか?」

 咎めるような声が響く。騒ぎに気付いた受付嬢が戻ってきたようだ。受付嬢は周囲を見回し、蒼二に視線を定めた。

「なにがあったんですか?」

「新人に絡んでる奴を止めてたんだ」

「新人に絡んで? ……また貴方達ですか、お説教ですね」

「ま、待て、俺達は被害者だ!」

「はいはい、言い訳はあっちでどうぞ」

 受付嬢が合図を送ると、ギルド職員が冒険者達を連行していく。それを見送ったアイシャが、俺に向かってぺこりと頭を下げた。


「気付くのが遅くなってすみません、大丈夫でしたか?」

「あぁいや、大丈夫だ。こっちこそ、騒ぎを大きくして申し訳ない」

「……騒ぎを大きくしたんですか?」

「いや、実は殴りかかられたから、反射的に投げ飛ばしてしまったんだ」

「なるほど、事情は分かりました」

 アイシャは蒼二達へと視線を移した。

「一部始終を見ていたのなら、彼らの事情聴取に立ち会って頂けますか? 私はこの方の登録を続けなくてはいけないので」

「ああ、かまわないぜ。あぁそれと、そこのあんた。もし困ったことがあったら相談に乗るぞ。俺も師匠――親切な先輩に色々助けられたからな」

「そうか。なにかあれば頼らせてもらうよ。それと、助けてくれたことを感謝する」

「気にしなくて良いぜ」

 蒼二は人なつっこい笑みを浮かべて、冒険者達が連れて行かれた部屋へ向かおうとする。だけど蒼依は足を止め、俺の顔を見つめてくる。

「蒼ねぇ、どうかしたのか?」

「うぅん、なんでもないわ」

 蒼依はもう一度だけ俺の顔をチラ見して、蒼二の後を追い掛けていった。


「セツナ、良いのですか?」

 クラウディアが耳打ちをしてくる。その響きには、知り合いなのでしょう? と、問いかけるようなニュアンスが込められている。

「……可愛い弟子達だ。俺が死ぬ瞬間に立ち会った」

「なら、どうして名乗り出てあげなかったんですか?」

「そのつもり、だったんだがな……」

 蒼二や蒼依なら、俺が転生したセツナだなんて荒唐無稽な告白も信じてくれるだろう。

 だが、俺が死んでから一年近く経っているという。

 さっきの二人を見れば分かる。俺の死を乗り越えて、いまも成長を続けている。ここで俺が名乗り出たら、二人の成長を妨げてしまうかもしれない。

 それに、いまの俺は二人よりも圧倒的に弱い。

 仮に二人に頼られても、いまの俺はなにもしてやれない。まずはなにかあったとき二人を助けられる程度には強くなるべきだろう。

 だからいまは自分を鍛えつつ二人の成長を見守って、もし二人が自分達だけでどうにもならないような状況に直面したら、そのときは師匠として影ながら助けよう。

「なるほど、弟子より弱くなった自分を見られるのが恥ずかしいんですね」

「……そんなことはない」

 俺は書きかけの書類に視線を落とした。

 

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