第36話
ひんやりとした木枯らしに吹かれながら、お隣への短くない道のりを父娘は歩いて進む。もはや週1の習慣となった、牧家での食事会。
家に着く前に、龍幸は釘を刺す。
「ゆわが見たハナちゃんの未来さ、桜ちゃんに言わない方がいいかも」
「え、なんで? サクラちゃんにはくだん、いっていいんじゃないの?」
「ほら、あの……ハナちゃんは恥ずかしいじゃん、泣いてるの広められたら。ゆわが泣いたって、お父さんが桜ちゃんに教えるの、イヤでしょ?」
ゆわは「あぁ、それは……」と妙に納得し、最後には首を縦に振った。
「ハナちゃんとは最近どう? おばあちゃんと仲直りさせられそう?」
「うーん……ハナちゃん、つよい」
「強いか……そうだよね、おばあちゃんそっくりだね」
牧家に着くと早速桜が出迎える。
まずゆわと謎のハイテンションでハイタッチ、そして龍幸にも一瞥。そこで彼女は、龍幸の顔を二度見した。
「志河さん、顔色悪いですね」
「え、そう? ちょっと胃の調子が悪いからかな。朝、病院行ったんだよ」
「そーなんですか。お大事に」
紋切り型の返答をする桜だが、その顔はどこか訝しげでもあった。
いつも通りの賑やかな食卓。
ゆわは時折笑太のご機嫌を伺いながら、幼稚園でのこと、また金田家のことを五郎や洋子に報告していた。
夕食を終えれば桜はゆわを連れて自室に引っ込み、大人たちは世間話。
五郎は笑太の眠るベビーベッドにチラチラ視線を泳がせ、その度洋子が鼻で笑う。何でもないこの時間、空間が龍幸に安堵のため息を吐かせた。
洋子が目ざとくそれを目撃する。
「どうした龍幸、やっぱりごはん重かった?」
「いえいえ、美味しかったですよ。ちょっと今日は朝から忙しかったので……病院もけっこう混んでましたし」
「多江さんとのおしゃべりにも疲れちゃったんじゃない?」
あの人は人と話すのが大好きだから、と洋子は意地悪な笑みを見せる。当たらずとも遠からずであるがゆえ、龍幸は顔に出ないよう努めた。
「多江さんはもうずっと変わらないわね。シャキシャキして、カッコいいわ」
「金田さんちに嫁いできたばかりの頃は、物静かだったらしいけどな。まあ、そうならざるを得なかったんだろう」
五郎は子どもの頃から多江とご近所だったという。彼が親から聞いた話では、多江とその夫の結婚は、夫の家族にとってけして喜ばれるものではなかったようだ。
「当時は家柄とか、今以上にうるさかったんだろうね」と五郎は呆れるように笑う。
それでも、多江は逃げなかった。
戦い続けたからこそ、周囲に愛される今がある。
「それで老後はゆっくりといきたいところで、流子ちゃんが離婚しちゃったからね。母親業の荷が下りたと思ったら父親役なんて、すごいバイタリティだよ」
「まだ50代にも見えるのは、ずっと気を張ってるからなんだろうな」
牧夫妻は2人してしみじみと、羨望のような同情のようなため息をつく。その奥には、多江への小さくない敬意が表れていた。
ただし、多江によるくだんの話には、少々冷ややかな面も見られた。
「懐かしいね、多江さんのくだんの話。僕もよく聞いたよ」
目を細める五郎だが、あくまでおとぎ話という認識らしい。その内容も、もはやうろ覚えだという。
また嫁いできた洋子も、多江から直接聞いたことがあるようだ。多江は本当に多くの人に、トモヨの話を伝えてきたのだろう。
「でもあれだけ熱心に話しているんだから、事実なのかもって思わなくもないわね」
「いやいや作り話だろう。くだんの伝承を守りたいんだよ、きっと」
「夢ないわね、あんたは。いた方が面白いじゃない、くだん」
大人にとってのくだんの印象は、やはりこんなものだ。
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