第33話

「……そういえば、そのトモヨちゃんってどんな未来を見てたの?」


 多江の昔話をめぐり桜が尋ねる。


「ああ、確かに。何か未来を見るきっかけとかあったんですか?」


 桜と龍幸からすれば、数少ないくだんに関する情報だ。ゆわのためにも喉から手が出るほどほしい。


 ただ尋ねられた多江は答えるよりも早く、吹き出すように笑い出した。


「いや、ごめんごめん。この話をそんな真剣に受け止める人珍しいから、ついね。何でそんなにくだんのこと知りたいのよ、あんたたち」


「それは、ほら……」「ちょっと気になって……」と曖昧な答えしか用意できない桜と龍幸に、それでも多江はひとつひとつ丁寧に答えた。


 トモヨが予知するのは、やはり誰かの不幸な未来だったという。


 ただ予知するきっかけは不明瞭で、トモヨもよくわかっていなかったようだ。トモヨの未来予知について知っているのは多江だけだったという。


 トモヨは何歳まで能力を使えたのか、隣町に引っ越した後も使えたのか。最も知りたい情報は結局わからないままだった。


「くだんの話、こんなにしたの久々。だいたい途中で飽きちゃうのよ。くだんなんているわけないって、みんな思ってるだろうから」


「いやいや、私はいても良いって思ってるよ? 夢あるじゃん」


 桜のフォローにも、多江が見せたのは苦笑のみ。


「この町では時々、くだんの子が生まれる」


 そうして寂しそうに語る。


「私のおばあちゃんくらい時代までは、そう信じられていた。でもいつしか信じる人はいなくなって、今ではあのおとぎ話さえ、知らない子も増えているってね」


 桜は「耳タコなおとぎ話」と表現したが、今では語る人も減り、幼稚園や小学校で子ども達が演じる機会も少なくなっているという。


「人が死んでいくみたいに、いつかくだんなんて、忘れられてしまうのかもね」


 その時、廊下からミシッと床が軋む音が聞こえた。4人が一斉にそちらを向くと、障子で隠れていたハナが慌てて走り去っていった。


「こらハナ!挨拶しなさい!」


 ハナの返事はなく、足音も遠ざかっていく。多江が大きなため息をついたその直後、立ち上がったのはゆわだ。


「ゆわ、ハナちゃんとおはなししてくる!」


 そう言って走り出したゆわ。

 「人の家じゃ走らないよー」と龍幸がその背中に呼びかけると、素直な足音は細く小さくなるのだった。


「ゆわちゃんは良い子だねぇ。あんな子なら子育ても楽でしょう」


「ほんと。今のもたぶん、ハナちゃんに気を遣ったんでしょ。デキる女ですよ」


 不在の中ベタ褒めを受けるゆわ。

 だが龍幸は、照れでも謙遜でもない笑みを浮かべた。


「いや、最近はワガママなくらいの方が良いかも、とちょっとだけ思ってますよ」


「なんで? 大変よ、言うこと聞かないって」


「何と言うか……だんだんゆわが何を考えてるかわからなくなって……」


 ほんの数ヶ月までは、辛いことも悲しいこともすべて龍幸に伝えていた。しかし最近はいつの間にか悩みの種を持ち帰ってきていて、芽吹かせ育てている。


 本当にゆわを苦しめているものは何か、わからないもどかしさもあるのだ。


「言わないってことは、聞かれたくないことかもしれないですし……」


「それはまあ、そうかも。ゆわちゃんってたぶん歳の割に大人ですからね」


「父と娘2人しかいないって環境が、そうさせてるのかもねぇ。でも本当に辛そうなら、聞いてあげなきゃダメだよ。桜もちゃんと、首突っ込んでやりなよ」


 多江の助言に龍幸は大きく頷き、桜も「うっす」と応えた。


「同じ親1人娘1人なのに、どうもハナはワガママでねぇ。まあそれは、私がいるからなんだろうけどさ」


 声をワントーン落とし、多江はしみじみと、どこか自虐的に呟いた。


 流子が離婚してから、多江は祖母として振る舞う一方で、時に父親のように厳しくハナへ接している。


 それでも孫を可愛く思うせいで、祖母の顔がより強く出てしまうのだろう。


「いいじゃん、今はワガママでも。私だってめちゃくちゃワガママだったけど、今ではまともになったし」


「まともかどうかは分からないけど、まあ幸せそうではあるわね」


 ピンク髪をなびかせ、桜は鼻高々である。


「今はワガママでもいいけどね、私がいなくなったらどうするのって話なのよ。さっきのトモヨちゃんの話じゃないけどさ」


「いやいや、おばあちゃんは大丈夫でしょ。たぶん100歳まで生きるって」


「えぇ、そんなに生きたくないわよ」


 悪戯な笑顔で繰り出された軽口に、龍幸も桜も声を出して笑うのだった。

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