第31話
多江にはゆわと同じ幼稚園に通う1人の孫がいる。
ゆわのひとつ下の女の子、ハナ。
ハナを迎えに来た多江の1人娘の流子と、龍幸がバッタリと遭遇したのは、幼稚園の駐車場でのこと。
「母から聞きましたよ。ゆわちゃん、風邪治ったんですか?」
「ええ、おかげさまで。2日休ませたらもうピンピンしちゃって。多江さんも風邪か何かだったんですか?」
流子は一度メガネのズレを直すと、困ったように笑った。
「母は定期通院で……歳も歳なので」
そろって園舎に着くと、まずゆわが2人を見つけ駆け寄ってくる。
「あ、リューコさんもいる。ハナちゃんむかえにきたの?」
「おかえり、ゆわちゃん。そうだよ」
「じゃあゆわがよんでくる!」
返答する間もなく、ゆわは年中クラスの方へ走っていく。そうして1分もしないうちに、ハナと手を繋いで戻ってきた。
「おかえり、ハナちゃん」
龍幸が話しかけるも、ハナはゆわの腕にしがみついたまま顔を赤らめているだけ。流子に促されると、小声で「……うん」と答えた。
年下の世話をするのが好きなゆわは、笑太と同様ハナにもお姉さん節全開で接している。人見知りでシャイなハナも、そんなゆわには懐いていた。
「ゆわこのまえびょういんで、ハナちゃんのおばあちゃんにあったよ!」
何でもない報告だったが、ハナは突如として不機嫌そうに顔をしかめた。
「……ハナ、おばあちゃんきらい」
「こら、ハナ!」
誰よりも早く反応したのは流子だ。
反射的に声を上げるとハナは口をへの字に曲げ、「ハナまだあそぶ!」と捨て台詞を残して教室へと戻っていった。
困惑する龍幸とゆわを見て、流子は恥ずかしそうに視線を落とした。
「ハナと母の2人で遊園地に行く計画を立てていたんですが、母が体調を崩してしまって……1ヶ月以上前から約束していたものだから、ハナはスネちゃって」
それからハナと多江の間には、ぎこちない雰囲気が漂っているという。
「ウチは親が私1人なので、あんまり遊びに連れていってあげられないのも、原因の1つなんですよね……」
流子は数年前に離婚している。
なので小学校教員として働きつつ、1人親として育児に勤しんでいる。そこで同居する母・多江の力も存分に借りているのが現状だ。
「まあ母は、あまり気にしていないみたいですけれど。放っておきなさい、って」
「多江さんらしいですね。さっぱりとしていて」
「ええ、母は昔からサバサバしてて、羨ましいくらいです」
大人2人が多江の話をし出すと、ゆわが突然割って入ってくる。
「ゆわ、このまえおばあちゃんに、くだんのこなのかなっていわれたよ」
多江の発言がよほど気になっていたのか、ゆわはこんな報告する。
流子は訳知り顔で「あぁ」と漏らす。
「母の常套句ですね。志河さんはくだんの子、知ってます?」
「はい。牛古市に伝わる民話ですよね。未来を予知するとか何とか」
「そう。ただのおとぎ話なんですけど……母は昔から事あるごとに自慢するんです」
流子は言うのも恥ずかしいといった表情で、告げた。
「子どもの頃、くだんの子に会ったことがあるんだって」
一向にハナが戻ってこないため、龍幸とゆわは一足先に幼稚園を後にした。
父娘ともに考えにふけていて、帰りの車内は妙に静かである。
2人がくだんと出会って半年以上。
紆余曲折ありながらも、今では日常茶飯事となった未来予知。
ただ自分以外にくだんの能力を持つ人がいるなど、考えもしなかった。
多江が子どもの頃に会ったという、くだんの子。
一体誰なのか。
今はどこにいるのか。
多江はくだんの何を知っているのか。
新たなくだんへの疑問が、湯水のように湧き上がる。
「詳しく聞きたければ、いつでもいらしてください。母は喜んで話すと思いますよ」
流子はこう言っていたが、大手を振ってその誘いを受けられない理由がある。
ゆわが、未来を予知するのに抵抗を示すようになったのだ。
ある時期を境にゆわは、くだんの活動について話さなくなった。龍幸が尋ねても最低限の応対をするのみ。明らかにその話題を避けていた。
もはや今でも未来予知できているのかどうかさえ、定かでない。桜の結婚式の光景が、報告された中では最後の未来予知となっていた。
「どんなにミライをみても、そこにおかあさんいないし……」
今も龍幸の頭に残り続けるこの言葉。
あるいはゆわは未来予知を通して、真実に気づいてしまったのかもしれない。ゆわにとってくだんは、いつしか辛い現実を見せる苦痛の存在になったのかもしれない。
そんな中、予期せぬ形で再び父娘の前に現れたくだん。
穂先の重そうな稲が一面に広がる窓の外を見つめながら、ゆわは何を思うのか。
「……くだんって」
それはまるで、独り言のように。
「ゆわだけじゃないんだ」
「そうみたいだね。お父さんも知らなかった」
「おばあちゃんとくだんって、ともだちだったのかな」
「うん、そうかもね」
「ゆわみたいに、いろんなミライみたのかな」
「どうだろうね。ゆわはそれ、おばあちゃんに聞きたい?」
返答は、なかなか返ってこなかった。
信号待ち、ほぼ無音の車内。龍幸はあえてバックミラーを見ない。
「……ききたい、かも」
小さな小さな答えが、確かに聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます