第18話

「マジバナですかっ!」


 受話器の向こうの桜は、大声を発した。


「うわー、最高の未来予知だ!出産日がわかるなんて、もう勝ったも同然でしょ!」


「本当なら、洋子さんと五郎さんにこそ伝えるべきなんだろうけど……」


「それは仕方ないですよ。まずたぶん信じないですし、そうやってくだんの情報がチビチビと広まっていくのは良くないです。私たちだけ心の準備できれば十分ですよ」


「そっか。うん、そうだね」


 桜は「ですです」と満足そうだ。


「30日は日曜日だから、志河さんも休みですよね。めっちゃ頼りますからね」


「うん、まかせて」


 そこまで話すと桜は、吐息が龍幸にまで届きそうな、大仰なため息を漏らした。


「ゆわちゃん様様ですねぇ。ちゃんといい子いい子してあげましたか?」


「したよ。したけど……本人はあまりピンときてないのかな。ちょっと難しい顔してたよ。今もやけに静かだし……」


「びっくりしちゃったんですかね。いよいよの修羅場を先行配信されてしまって。大変らしいじゃないですか、お産って。志河さんも立ち会ったんですよね?」


「うん、そりゃもう……あれほど動揺したのは長い人生でもあの時だけだね」


 通話を終えた龍幸が居間を覗くと、ゆわはテーブルに突っ伏して眠っていた。口からはよだれが垂れていて、その無防備な寝顔に龍幸はつい吹き出す。


「あれからもう5年だってさ」


 誰に向けるでもない小さな報告。

 独り言のはずが、ゆわが「なにー?」と目を覚ました。




「平日でも混んでるねえ」


 龍幸はそう言ってBLTサンドをかじり、キョロキョロと辺りを見回す。桜は呆れるように応えた。


「休日はもっとすごいですよ。動物園ですよマジで。ゆわちゃん、タコ焼き食べる?」


 問いかけると、ゆわはオムライスを口に含みながら頷く。


 ゆわが奇跡的な未来予知をした翌日、父娘と桜は車で30分、牛古市で一番大きなショッピングセンターに来ていた。


「平日休みっていいですね。どこ行くにも楽なんじゃないですか?」


「不便なことも多いよ。ゆわの友達と遊びに行く予定が合わなかったり」


 龍幸と桜が会話をしている間、ゆわは静かに熱々のタコ焼きと苦戦している。


 ゆわの様子がおかしい。

 そう聞いていた桜から見ても、ゆわの大人しさはあまりに不自然だった。そんな娘へ龍幸は心配そうな眼差しを向けている。


 これは、助けてあげなければ。

 龍幸がトレイを返却口に返しに行ったところで、桜は実行に移す。


「ゆわちゃんゆわちゃん、今ゆわちゃんが何考えてるか、当ててあげようか?」


「ほんと?」


「うん。ゆわちゃんは今、誰かのことを考えて、不安になってるんだよね」


「うそー、なんでわかるの? サクラちゃんのことだから?」


 まさか自分のことだとは。

 密かに仰天である。


「うんそう。私のことだからわかるんだよ。それで、何が不安なの?」


 ゆわは少し考えたのち、小さく頷く。

 同時に龍幸が戻ってきた。


「おとうさん、サクラちゃんとトイレいってくる」


「え、うん。じゃあここにいるね」


 桜の腕をとってずんずんと歩いていくゆわ。龍幸は首を傾げながら、2人の背中を見送った。


 ゆわはトイレには向かわず、人気の少ない紳士服売り場へ入っていく。


 立ち止まると、ゆわは周囲に気を配りつつ、囁く。


「きのう、もうひとつミライみたの」


「え、お母さんのとは別の?」


「うん。ヨウコさんのやつの、すぐあとに……サクラちゃんの」


 その名が出た瞬間、心臓が高鳴る。


 桜が未来予知の当事者になったのは、ガリドリで泣いた一度だけ。自然と身体がこわばっていく。


「……どんなのだったの?」


「あのね、サクラちゃんがなきながら、いってたの……」


 おずおずと告げるゆわ。

 きっと幼いながらも、本能的な罪悪感があるのだろう。


 それほどのインパクトが、その未来にはあったのだ。


「ほんとうのおとうさんじゃないくせにって……」


「…………」


 返事をしない桜に、ゆわは恐る恐るといった様子で問いかける。


「ほんとうのおとうさんって、なに? サクラちゃんのおとうさんって、ゴローさんじゃないの……?」


 桜は、未来の自身を呪った。

 なんて面倒なセリフを言ったのだ。


 そもそも、何を今更そんなこと。


「ゆわちゃん、あのね」


 そっと、桜は語りかけた。


「私のお父さんはね、お父さんだけど、本当はお父さんじゃないの。内緒ね」


 ゆわの表情と身体は停止。

 そして、たっぷり間をとって一言。


「……へんなの」


 うん、私もそう思う。

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