四章 すべてに目をつぶってしまう前に

  一 


 こうして三人だけの映像集団が誕生するにいたった。

 俺は他にもやりたい事があった。

 声劇やネットラジオ。今の時代でいえばアイチューンズストアに上げるポッドキャストの制作をしたいと考えていた。

 いつでも聞けるネットラジオの配信をやりたいのだ。

 でも、まずは動画からだよなぁ。とも思っていた。

 一通りの作業が終わった。俺は鈴原にLINEでメッセージを送った。

『こんばんは。PV用の青い鳥って曲ができたんだ。ちょっと聞いてほしいんだけどいい?』

 俺はYOUTUBEにあげた動画のリンクを LINEですぐに送っていた。

 もしかしたら迷惑になるかもとか、そういう事は考えられなかった。

 俺は限定公開でYOUTUBEに音源を載せていた。

 音楽に静止画をつけただけの簡単な動画だ。画像はただ青い鳥というタイトルと歌詞を書いたテキストメインの静止画だ。ずいぶん急ごしらえだったが、少しでも多くの人に曲を聞いてほしかったし、感想も聞きたかった。

 俺のパンクロック「青い鳥」だ。できとしては上々と言ったところだ。

『良いね。カッコイイ曲じゃん。パワーがあるメロディだね』

 鈴原はほめてくれた。俺は喜びで舞い上がるような気持ちだった。俺の才能を認めてくれる人がいる。しかも、音楽の専門家であるライターなのだ。素人にほめられるのとは、わけがちがう。

『ありがとう。いつか鈴原にも、俺の曲の記事をかいてもらえるようになりたいよ』

『ええー。私なんか全然。下の下のライターだし、ダメだよ(笑)』

 俺が希望を出すと、鈴原は恐縮するような返事を出してきた。

 そこでメッセージの流れが止まった。何か気のきいた事を書かないとな、と思っていたが特に言葉が出てこない。 既読停止状態が続いていると、鈴原からメッセージが届いた。

『平松君は彼女っているの?』 

 ちょっと意表を突かれた気がした。異性から恋愛の話題をふられると、どきまぎしてしまう。その言葉にどんな意味があるのか深く考えれば考えるほど泥沼にはまる気がした。

『えっ? 俺は長らくいないんだよ。なかなか縁がなくてさ』

『平松君は大学時代も彼女いなかったよね。最近、ちょっとカッコよくなったのに、もったいないよ。立候補しちゃおうかな……人生を一人で生きるには長すぎるから、あたしもずっと相手を探しているんだよね』

 何と返事をするべきなのだろうか。きっと肉食系男子ならいい返事が返せるのだろう。自分自身のバイタリティの低さにはガッカリした。

何を話したらいいのかわからないまま、時間だけが過ぎていた。

『この前。友達と撮った写真だよ』

 そういって鈴原はLINEのメッセージ機能で写真メールを送ってきた。

 男女四人で、カラオケに行ったときの写真。鈴原はなかなか好みのタイプに撮れている。

 鈴原がかわいらしく撮れているので、俺はちょっとホッコリした。

『鈴原はツイッターやってるの?』

『うん、やってる。平松君もやってたら、フォローするよ』

 俺達は互いのツイッターのIDを教えあった。俺はスマートホンをいじって、すぐにフォロワーになった。あとで鈴原のツイートをチェックしてみようと思った。音楽ライターのことや仕事が分かるかもしれない。

 それからは大した事を話さなかった。でも楽しい時間を過ごす事が出来た。

 また連絡するよ。そう言って話は終わった。

 鈴原の返事に自信を深めた俺は、今度は夏美にメッセージを送った。

『今度のPVの撮影で使おうと思ってる曲ができたんだ。聞いてくれないか?』

真っ暗な部屋でPCだけが青い光を放っている。

俺はLINEで夏美にメッセージを送った。夏美からの返事はこうだ。

『聞きますよ~!! URLおしえてくださ~い』

 音源がYOUTUBEに上がって四十五分くらい経っただろうか。 

 夏美から電話がかかってきた。

「思っていたよりもずっといいですね。曲の雰囲気は好きです」

 なんだか含みがあるような印象を持たせる言葉だ。

「でもやっぱり平松さんは歌わない方がいいですね」

 ボクサーの右ストレートで顔面をたたかれた気分だった。

練習しても下手というレベルからは逃げられないんだな。

歌はやはり歌い手に歌ってもらうしかないのだと気づかされた。

「あのジョーカーに歌ってもらいましょうよ。この曲調ならあの人の声が合うはずです」

 やっぱり安藤か。現状、安藤以外にまっとうなクオリティで歌えるやつはいない。

俺は内心、あんな奴と絡むのもいやだな、と思いながら今度は安藤に連絡を入れた。

 俺の曲ができたから、聞いてくれと簡潔なメールとリンク先を送る。

『おまえにしては、よくできてるんじゃないの? いい曲じゃんか。動画に使えるかも』

 安藤は珍しくほめてきた。この男もだんだんまともな事を言うようになってきたのだろうか。関係が変わればいい奴になっていくのではないか。そんな小さな期待を持った直後。期待は大きく裏切られた。

『でも、まだプロには遠いな。この程度で自分がすごいと思うのは、かんちがいしすぎだから要注意だ。おまえって自分の能力を過大評価しすぎだし、ナルシストみたいで気持ち悪い所あるからやばいよな。狂気を感じるぜ』

 読むと、イライラする返事がきた。やっぱりコイツは変わらないのかもしれない。死ぬまで嫌われ者として生きていくんだろう。

 それはお前の欠点だろ、という言葉が喉元まであがってくる。

 自分の事は棚に上げて、よく人の揚げ足をとれたもんだ。こんなクズとは今回限りで付き合いをやめたいと思った。 

『おまえはこの歌を歌えるのか?』

『俺に任せろよ。お前の百倍うまくうたってやるから。びびって、ションベンちびるなよ?』

ずいぶん自分の事を高く買っているみたいだ。正直言って、人並以下なのにここまで自信が持てるのはある意味スゴイな。

『一応。おまえにやらせるけど。ダメだったら俺が歌うからな』

 安藤にすべてをゆだねる気にはなれなかった。ダメだったら俺が歌えばいい。

 安藤には劣るだろうがそもそも俺のPVの音楽だ。

これからは俺も練習して最悪に備えるつもりだ。


  二


 浜松市内には何店舗か音楽練習スタジオがある。俺はスタジオを予約していたので、後日、そこで簡単な歌を入れようと考えていた。

 ただ、久しぶりに歌を歌うので音程をとれる自信がない。俺はキーボードの音に合わせて軽く声の音合わせを始めた。クラシックではソルフェージュと言うそうだが詳しい事はわからない。安藤にすべてをゆだねてもよかった。

だが安藤の事を完全に信用できていない俺は、ドタキャンの可能性もあると考えて、発声練習を始めた。自分でも思うけど想像以上に音程がとれないので、このままレコーディングして大丈夫かな? と一抹の不安を抱えずにはいられなかった。

その日から俺は会社の休憩時間を利用し、手持ちで移動できるキーボードを抱えながら、ソルフェージュをすることにした。

 昼休みになり、食事を早々と切り上げて、俺は駐車場の中で、小さなキーボードに合わせて、声だしをすることにした。

 案の定、他の社員が、怪訝そうな顔をしてこっちを見ている。油に汚れたその姿を見ると彼らの仕事の待遇の悪さがわかるってものだ。

 仕事はつらい。だからこそ創作は楽しいんだ。

 タレントの岡田斗司夫も言っていたけど、俺は自分の仕事を持ちつつ、趣味の時間でクリエイターをやるプチクリエイターのまま、ずっと過ごしていたと思っている。 仕事にもプライベートにも手は抜かない。そんな人生を生きたいと思っていた。自分の作ったもので誰かが感動すればいい。でもできれば多くの人に知ってもらいたい。

それが正直な気持ちだ。

 仕事は嫌いだけど、好きなことだけやって生きることはきっとできないしそんな恵まれた人生は過ごせない。

「無能社員の平松君は今日もくだらねえことやってるんだな。俺の会社で騒音まきちらしてんじゃねえぞ、おい」

 発声練習をしていると、社長のはげ頭が視界にうつった。俺を完全にバカにした顔で笑いながら、近寄ってくる。

「すいません。ご指導ありがとうございます」

 俺は内心、ムッとした。でも俺は長いものに巻かれる主義である。事無かれ主義ともいう。車の中で練習しようと決めた。社長の前をそのまま通り過ぎようとしたとき。

「発声練習に協力してやるよ」

 いきなり、社長は俺に右手をのばして、首をしめつけてきた。

腕の間接部分が首にめりこむ。太く厚い腕の圧力に俺は息ができなくなった。

これだけでもきつい。さらに社長はしめつけた腕を左手に交差させる。

どうなっているのか俺の位置からは見えないが、左手で俺の後頭部をおさえつけているらしい。前後の二本の腕ですさまじい力をくわえてきた。

「ブラジリアン柔術の技。リアネイキッドチョークだ。いい声は出るか?」

 社長はくだらない技の解説をした。

 突然の酸素不足。顔が一気に熱くなる。目から涙がわいてくる。体中が燃え上がるんじゃないかという高熱を感じる。今の体温は四十度をこえたんじゃないだろうか。

すさまじい苦痛。体中から汗がぶわっと吹き出すのがわかった。

「どうだ?このまま歌ってみろ。好きな歌を歌え。ほれ、歌ってみろ。楽しいだろ?」

 社長は笑いながら、俺に歌を強要した。歌えるわけが無い。声など出ない。悲鳴さえもでない。そもそも息すらできない。首全体が圧迫されて酸素が入ってこないのだ。俺はこのまま殺されるんじゃないかと思った。そう思うと、激しい死の恐怖を感じて必死にあばれた。もがき苦しみながらあばれた。だが、圧倒的な社長の腕力の前に、無力だった。

 何秒その技をかけられたのか、分からない。社長はいきなり技をといた。

 解放された俺は地面に両手をついて、必死に酸素を吸い込んだ。

地球に酸素があることが、こんなにもありがたいと思ったことはない。

 重病人のように何度もむせながら、息を吸い込む。

 体中がまだ、熱い。冬なのに汗が俺の顔と首すじをダラダラとながれてゆく。

「どうだ? いい発声練習になっただろう? 俺に感謝しろよ。たまにはこうやって親睦を深めるのも悪くないな」

 社長は地面で、ぜえぜえと息をしている俺を、腕組みをしながらえらそうに見下ろした。俺は何も言えなかった。あまりにも呼吸が苦しく、それどころではないのだ。

社長は遊び感覚で、今の技をかけたつもりらしいが、ほとんど殺人未遂だ。あと、何分か今の技をくらったら、死んでいたかもしれない。

「仕事もそれぐらい本気だせよ。平松。わかったか、ボケ」

 最後に社長は俺の車に蹴りをくわえると、童謡を鼻歌で歌いながら去ってゆく。

 俺は自分の車のドアミラーに顔をうつした。

 顔が真っ赤で、顔中が汗まみれだ。今にも死にそうな重病人のような表情をした自分自身の顔が映っていた。

 俺は軽ワゴンに乗り込んだ。三分ほどすると、呼吸はもとにもどり、だんだん落ち着いてきた。首の痛みもそんなにないようだ。

「社長を殺そう。会社に火をつけて、他の社員も殺そう。それかこんなくそ会社辞める。どっちにしようか」 

 俺は自分に言い聞かせるように、何度も呟いた。だがあんなクズを殺したところで何になると言うのか。クズを殺してクズになり果てるだけじゃないか。

 それなら動画制作で成功するなんていう夢を見た方がいいのかもしれない。

 非現実的な夢だ。自分でも分かっている。しかし、くじけた精神を保つためにはそれぐらいしか、いい方法を思いつかなかった。今の俺にはまだ何もないのだ。

  三


 目標はスタジオ予約の一週間後の十七時まで。あんまり時間はないな。と思ったが、そもそも一人作業なので、のびのび練習できたと思っている。自分としては立ちながら歌いたかったが、さすがにそこまでの環境を整えられなかったものはしょうがない。

そうしてあっという間にスタジオに入る日になってしまった。正直に言って歌える自信はない。

 元から俺は歌がうまい方じゃないし、バンドでギターを弾いていたのだって、ボーカルができなかったから、楽器の演奏力を磨くしかないと考えていたからだ。

 でも今回の場合は話が別だ。

 安藤にまかせるつもりではいるが、俺もボーカルの練習はしていく。本当に安藤にまかせていいのか、自分の中には答えがない。もっと別な方法でもいいんじゃないかとすら思っている。

だから今回は歌に関しては猛練習をしてきた。

 夏美を助手席に乗せ、車は磐田市内から浜松市のスタジオに一直線に進んだ。

 相変わらずスマートホンをいじってばかりの夏美だったが、録音には興味があるらしい。

「やっぱり、安藤が歌わないとだめかな? あいつがやると心配なんだよな」

「大丈夫ですよ。あのジョーカーは人間性には、問題ありますが、歌に関してはプロ級です。もしだめなら、あの人は完全にダメ人間ですよ」

 夏美はいつもの無表情かつ無感情な声で答えた。

スタジオに車を止め、ギターとエフェクターボード。

それとは別にPCを入れたPCカバンの三つを抱えて、スタジオの休憩所の椅子に座る。

エフェクターボードの中には、ギターの音を変化させるために必要なエフェクターを複数いれてある。ギターとアンプだけでは今回の曲を表現しきれない。

「スタジオの予約をした平松ですけど」

受付に声をかけた。そうして俺は驚くべき人物を目にする。受付に座っていたのは安藤だった。

「ジョーカーですね」

 そう耳打ちすると夏美は俺の背中の方に退避した。

 汚らしいプリン柄になった金髪にださすぎる服装。僕はコミュ障と言わんばかりの半開きの口。こんなやつをスタジオの受付にする経営者の人事能力を疑う。こんな男を置くぐらいなら、マネキン人形を置いて、インターホンに話しかける方がよっぽどマシだ。

「安藤!! ここでなにしてるんだ?」

「ここで、こうやってバイトしてるのさ。でも、今日はおまえらのために特別に休みもらったんだよ。収録につきあってやるよ。ありがたく思えよ」

 安藤は自慢げに笑うと、受付の外に出てきた。安藤は、ここで働いているといったが、信じがたい気がした。安藤はいつもの口調でべらべら話し出した。

「まあ、おまえらが歌っても、動画サイトで笑いものにされて終わりじゃねえの? 

 絶対に俺のほうがうまいね。たぶん、俺とおまえが勝負したら、世界中の人間が、俺のほうがうまいっていうよ。絶対に」

「……たいしたことない人間なのに、すごい自信ですね」

 夏美は安藤に聞こえないように呟いた。俺の言いたい事を代弁しているかのようだ。

「お前って、ほんとに歌がうまいのか? たまたま、一曲か二曲だけまともに歌えるだけなんじゃないの? 俺は信じられないな」 

 俺は負けじと安藤に嫌味をいった。この男の過剰な自信を打ち砕いてやりたかった。

「言うじゃねえか? 俺の歌のうまさを証明してやるよ。空いてるスタジオがあるからこい。俺の歌に感動して、ションベンちびったら自分で掃除してもらうからな」 

 安藤は空いているCスタジオのドアを開け俺達を中に誘い込んだ。

 安藤に譜面を渡し、アンプの入力にPCのアウトプットをつないだ。

 アンプから出る音に合わせて、安藤はリズムを足で刻んだ。 

 安藤の歌が始まる。喉をがならせながら、安藤は歌う。

 それは正しい歌唱方法とは言えないかもしれない。

伝説のロックバンド「ミッシェル」のボーカルに強く影響された歌のように感じた。

 腹から出した声を喉で歪ませ、独特のシャウトに変換して奏でられるその声に俺は少し安藤の事を見くびっていたことに気づいた。

 橋の上から聞いた声とはまた違う声だ。確かに歌に関しては才能があるのだと思う。何より音源を見ずとも歌える。

 それはつまり初見の譜面のメロディを一発で理解したともいえる。意外とこいつ使えるな。歌しか歌えないのかもしれない。

ルックスはダメだが、ボーカルとしての素質はあるように思った。

「結構、良い声で歌いますね」

とにかくデカい声をだす安藤の声がアンプで増幅されているせいだろうか。

夏美は俺の耳元で、大声で言った。うまく歌えるのは、一曲か二曲だけだと思ったが、十曲以上。それもさまざまなタイプの歌を見事に歌い分けていた。

「どうだ? 平松? ションベンちびったか? 大人用紙おむつはいたほうがいいんじゃねえのか?」

安藤はドヤ顔でこっちを見つめ、鼻を鳴らして自慢をした。

夏美の事は眼中にないらしい。

「やっぱりこの人おかしいですね。自信過剰すぎる。歌だけはいいですけど」

夏美は耳元でボソボソ呟いた。 

この二人は決定的に相容れないものがあるのかもしれない。

安藤は俺のそばによってくると、小声でたずねてきた。 

「……ん? メガブスオタはなんかいってたか? たぶん、俺の歌に感動してションベンちびったって言ってたんだろ? 雑巾はカウンターの裏だぜ」 

 チームワークの取れない安藤と夏美にげんなりしていた。しかし、安藤の歌がうまいのは確かだ。

「まあまあだな。俺たちのチームに加えてやってもいいぐらいのレベルだ」

 俺はひかえめに拍手をしながら答えた。

 安藤を調子にのらせないように注意をしながら。


「おお、そうか。お前らのPV手伝ってやるよ。俺が歌ったら動画の再生回数が百万回を超えるんじゃねえの? 俺と組めて本当にラッキーだなー。うれしいだろ? 

さえないお前らもこれでスーパースターの仲間入りできるぜ」

 案の定、調子に乗り始めた安藤が言った。どうしようもない単純さだな。そう思った。

「……ブスと言われた事は許さないけど、今は仲間が欲しいから我慢してあげますよ」

 夏美が耳打ちした。俺もそれ以上は望まない事にした。

こうして、青い鳥の収録がはじまった。

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