三章 三人の化学反応

 一

 

 はじめて夏美と話をしてから三日後。また俺は立花夏美と話しをすることになった。俺は家からゴミ捨てをした帰りだった。今度は生ごみだ。

 行きにいなかった夏美だったが、帰りのころには三脚とビデオカメラを抱えて歩いていた。外気温は八度。俺も夏美もコートを着ていた。夏美はこちらをチラっと見ると、俺に会釈をした。

 夏美は近所に住んでいるのだろうか。そういえば時折顔を見かけていた。いつもうつむいて、猫背で歩いている。今度は手ぶらで少女の撮影する場に立ちあった。息は白い。日本一暖かいと言われている静岡県に住んでいたとしても、遠州の空っ風を浴びれば、手はすぐにかじかんでしもやけができる。

 撮影中に手袋は着用できないから、屋外で映像を撮る俺達はコートに手を突っ込んで、使い捨てカイロを使う以外に手を温める方法がない。

 夏美は花柄のシャツの上に、ダークグレーのダッフルコートをはおっていた。ジーンズにコンバースのオールスターと言うスニーカーを履いている。

 いつも似たような格好をしている気がするな、と思った。

「俺も撮影手伝うよ。三脚くらいなら俺が運ぶし」

 夏美は無表情な顔でうなずいた。俺は三脚を受け取った。

「よろしくお願いします。ビデオカメラは高いから自分で持ちます。猫探しはアタリの日とハズレの日があるんです。あの猫って野良猫だからどこにいるかわからないんで」

二人で歩いていると、ちょうど俺と頭一つ分くらいの身長差がある。久しぶりに女子と二人で歩くので、少し胸が高鳴った。夏美はスマートホンをイジって、YOUTUBEアプリを起動させた。

「私は猫の動画をYOUTUBEに上げたんですけど、アクセス数はぜんぜん伸びなくてこまってるんです」

 俺は夏美のスマートホンをのぞきこんだ。確かに再生回数は三十回程度。

 俺の上げた動画とまったく同じ状態のようだった。よくある素人のネットに埋もれている投稿動画とそう状況はかわらない。俺と同じようなものだけども。

 動画を再生させると、猫の動画が多い。撮影者である夏美がよく動き回るのか、カメラアングルがめまぐるしく変わるのが特徴だ。

また、夏美自身が走ったり、歩いたりしているのか、画面が激しくゆれる。暗い映像が好きなのか、朝方や夕暮れの映像が多いような気がした。自分がテーマにしているものとまるで別ジャンルだった。

「君の動画は外で撮影しているのは、おもしろいな。あきさせない工夫をしているのはいい。あと、独特の暗い映像はノーラン監督の影響を受けてるね?」

 俺が感想を言うと、夏美は無表情をくずして、にんまりと笑った。

「分かります? ノーラン監督のように重苦しい現実の孤独感を表現しようと思っているんです」

「でも、動画の手振れがひどいな。無駄なズームなども多い。あと、映像に動きがあるのはいいけど、映像のテーマがしぼれていない。というか、作者が何を見せたいのか分からない気がする」

 俺が素直に感想を言うと、夏美はがっくりしたように肩を落とした。

「やっぱりそう思いますか? 平松さんの動画を見せてください」

 俺は自分のスマートホンで投稿動画を再生させた。再生回数は五十回程度。内容は部屋でカメラを固定して、自分の姿をうつして、あるテーマについて語るというものだ。

 カメラは固定しているため、画面はまったく動かない。

 内容は映画や漫画の感想。あるいは、筋トレやダイエットの効能を語っているものが多い。我ながら地味な動画だと思う。

「これが平松さんのお部屋ですか? もう少し、掃除をしたほうがいいと思います」

「え? 俺の部屋って、そんなに汚いの?」

 いきなりの夏美の先制パンチにどきりとした。自分では片付けたつもりだが、他人から見るとダメな状態らしい。

 夏美はメガネの奥の目を細めて、じっと俺の動画を見ていたが、見終わると口を開いた。

「やっぱり、大人の人が作る動画ってしっかりしたものが多いですね。なんか役に立つ意味のある動画を作ろうとしてるのは、いいですね。でも、平松さんの動画は、地味すぎます。カメラがじっと止まっていて、動かないのがダメです。なにか、新しい動くものを見せてほしいと思います」

 痛いところをつかれて、俺は苦笑いをするしかなかった。

目の前の少女よりも十年以上生きていても、俺はダメと思ってしまった。

欠点は人に言われなければわからないよな。

 お互いに欠けているものがある事はわかった。でも撮影の素人なので、お互いの欠点には気づいても、処方箋までは出てこない。そんなもどかしさを二人とも抱えていた。

これからどうしたものかと思った時。夏美が口をひらいた。

「今日は猫を探して動画を撮るつもりですけど、平松さんはどうしますか?」

「俺もついていくよ。なんでそこまで、君があの猫にこだわるのか気になるからな」

「あの猫は特別な猫なんです。くわしい内容は秘密ですけどね。おっと……うわさをすれば影。被写体のご登場です」

 夏美が語っていると、いつの間にか猫が姿をあらわした。何か謎の能力を持っているらしい猫が。 猫は俺たちの存在などおかまいなしに、すたすたと歩いてゆく。猫の行動範囲はどれくらいあるのか不明だが、十分以上は歩いた気がする。

 いつの間にか、磐田市の河川敷まで足をのばしていた。猫は人間が入れない細い道に入ってしまい見失ってしまった。

「残念。今日も失敗ですね」

 夏美はたいして残念そうでもない声で答えた。いつまでも、失敗しつづけるなら、もう他の動画を撮ったほうがいいんじゃないかと俺は思ったが口にはしなかった。町役場前の道を歩く。桜並木がキレイに整理されている。まだ葉っぱすらついていないが、四月になれば、満開の桜を期待できそうだ。

 相変わらず風が強い。

そうやって歩くうちに、国道をすぎて、河川敷の前に到着していた。

 河川敷のすみに視線をうつすと、安藤の姿を見つけた。汚い金髪プリンの髪型に、おなじく汚らしい服に身を包んでいる。男なので、遠目でもすぐに分かった。

 どうやら何かしらの歌を歌っているようだった。聞き耳を立てる。

 アメイジンググレイスだった。足元にラジカセを置き、その音に合わせて、歌の練習をしているようだった。

「ジョーカーがいますね。外見は悪いけど歌は上手な人が」

 夏美は安藤にジョーカーと名づけたようだ。

「あいつにあんな才能があるとはね」

 正直意外だった。ただ人に対して、悪意をまき散らすしか能がないのだと思っていた。きっと歌を除けばだいたい俺の予想通りの人間に成長したのだろうけど。

「平松さん、ちょっと、あの人に話しかけてください」

 俺は思わず、拒否感を感じてたずねていた。

「え? な、なんで?  なんであんなやつと?」

「あの人の外見は気持ち悪いですが、歌は上手だからです。うまく私たちの味方につけられれば、動画を作るときに役に立つかもしれません。ベインみたいに、忠実に動いてくれるかも。頭悪そうだし」

「でもさ、あいつの性格は最悪だよ。だって、強いやつには下手に出て、弱そうなやつには上手に出る。すぐ人の悪口ばっかりいうし、自分の自慢話ばっかりするしコミュニケーション能力ゼロなんだ。

俺は昔あいつに酷い目に合わされたから、できるかぎり話したくない」

「コミュニケーション能力ゼロですか? 私も同じですよ。クラスに友達いませんので。私と話せるなら、あのジョーカーとも話せるはずです。がんばってください」

 夏美はむちゃなことを言うと、俺の後ろにまわって、背中をぐいぐい押してきた。

俺は押し出されるように前にすすんでいき、とうとう安藤のそばまで来てしまった。

「ようっ、平松じゃん。久しぶりー。おまえって、いつも、ださい服きてるよな。センスのかけらもないな」

 安藤は俺に気づくと、そういって満面の笑みで俺を見た。気持ち悪い顔立ちの上に気持ち悪い笑顔だなと思った。自分のことを棚にあげてよく人の服装のことをいえるなと俺は、怒りを感じた。

「何してるんだ? 彼女と撮影?」

 安藤は興味深そうに、俺達を見降ろしていた。内心、話したくはなかったが、事情を説明する。

「YOUTUBEにあげるつもりで俺達は動画を撮ってるんだよ」

「マジで? 俺も歌の動画をニコニコ動画にあげてるんだよ。すごいだろう? おまえらの動画よりも百倍くらいはアクセス数を稼いでいるけどな」

 ニシャっと笑った。黄色い汚らしい歯がテラテラと光っていた。自慢話よりも外見のほうに腹が立つ。安藤は立ち上がると、俺のそばに近寄り小声で耳打ちをした。

「……おまえの彼女すごいブスだ。さえないオタク男のおまえと、さえないブスのオタク女。二人ともメガネかけてるし、ダサすぎるお似合いのカップルじゃん」

 俺はその瞬間。頭の中で安藤を百回殺害しただろう。

歌はうまくても、性格は最悪すぎる。思わず、夏美をうかがうと、気づいていないのか、俺たちから十歩以上はなれた場所でスマートホンをいじっている。聞こえていないようだ。夏美は俺と視線が合うと、手招きして、呼び寄せた。俺は夏美のそばにかけよった。

夏美の小声で言った。

「……ジョーカーは何て言ってましたか?」

「なんか、ニコニコ動画で自分の動画をあげているって」

「じゃあ、ジョーカーのハンドルネームを聞いてきてください」

 俺はふたたび、安藤のもとにもどりたずねた。外国人の通訳をしているみたいだ。

「ニコニコ動画のハンドルネーム教えてくれないか?」

「俺の? いいぜ。伊集院刹那だ。最高の動画だから興奮してションベンちびるなよ」

 俺はスマートホンで調べた。すぐにそれらしき動画が出てきた。再生させようとすると、安藤はまたも俺の耳のそばで、不気味に笑いながら耳打ちした。

「……おまえの彼女のニックネーム考えたぜ。メガネでブスでオタクだから、省略してメガブスオタってどうだ? おまえはもうメガブスオタとファックしたの? 無理だよな。あんな女に性欲わかねえもんな。残念賞だ」

「……おまえは、家でお母さんとセックスしてこいよ。女日照りのマザーファッカー」

 俺はあまりにも腹が立ったので、言い返した。小声で。夏美に聞こえないように。

すると、夏美がまたも手招きをしていたので、急いで近づいていった。

俺は安藤に聞こえるように、わざと大声で言った。

「あんなやつと関わらないほうがいい! 最悪だ!」

「……それは知ってます。とにかく、ジョーカーの動画を見せてください」

 夏美は俺の制止を聞かず、無表情で答えた。俺のスマートホンで動画を再生させた。ひどい出来の動画だった。画質も撮影に特化していないスマートホンで撮ったらしく、汚い。

なにより音響も適当に合わせただけで、歌と演奏がかい離している。

ホームレスでも着ないようなボロボロの服を身にまとい、ガナリ声で安藤は画面上を飛び回っていた。正直に言って見るに値しない。歌に関しては聞くに値するクオリティだとは思った。だが案の定、動画のコメント欄は荒れに荒れていた。

『こんなキモイヤツの歌なんか聞きたくない』『見た瞬間、ブラウザ閉じたわ』

『デブオタ死ね』『デブオタのくせに歌はうまいのな。でもそれだけ』

『才能ないよな。見た目も最低』『キモイ』『ブタ』『よく良い年してこんな動画作るよな』

『無職童貞っぽい』『汚い』

 散々な内容だった。肯定的な内容が何一つない。

外見が悪すぎるばかりに、歌の評価もガクンと落ちている印象だった。

「……歌はいいですけど、現実でも動画でも気持ち悪い人ですね。地球の男が全滅して、この人と二人きりになったら、私は三秒以内に自殺する自信があります」

 夏美は顔を不快そうにしかめながら、ぼそりと言った。俺が女でも同じことをいうだろう。うなずくしかない。

 そばにいる安藤は、俺たちのことなど忘れたようにアメイジンググレイスを歌いつづけている。

 空気が読めないというか、自分のこと以外何も興味がない男だった。

やっぱりコイツと付き合っていくのは無理だな。そんな気がした。

 夏美は安藤の不快さに気づいたのだろう。もうこの男と関わらないほうがいいと気づいたと思ったが……。

「……あの人も仲間に入れて、三人で動画を撮るのは、どうですか?」

「嘘だろ? 地球で二人きりになったら三秒以内に自殺したい男とチームになるのか?」

 俺がいやみを言うと、夏美は大真面目にこたえた。

「はい。私が話すのはいやですが、平松さんがジョーカーと会話してくれれば、大丈夫です。ジョーカーの歌を使って、PVを作ったらかなりいいのができると思いますよ。三人の力を合わせるんです」

 夏美が小声で言うと、安藤が大声で叫んだ。

「おまえら、俺といっしょに動画作りたいなら、やってやってもいいぜ! そのかわり、俺がリーダーだからな。楽しいサークル作ろうぜ」

「ほら、ジョーカーも賛成してますよ。どうですか? 平松さん」

 夏美が俺の腕をつかんでゆすってくる。

「しょうがないな」

 俺はしぶしぶ了承するしかなかった。こうして、動画作成チームが誕生した。




 二


 仕事が終わり、家で一息つくと、安藤と夏美の動画をあらためて確認した。

 自分も夏美も安藤も、三人とも動画には一長一短がある。

安藤の動画は問題外に近いが、熱意だけは感じた。

 安藤の動画からツイッターへのリンクをたどる。ツイッターは愚痴一色だった。

『バイト先では無能呼ばわりかよ。たいした事のない人間の忠告なんて聞く気になれないね』『こんなくそみたいな仕事やってらんねえ』『俺の歌のよさがわからないやつは、全員バカ』『ニコニコ動画の便所の書き込み以下のコメントにはゲロ臭がする』

『昔いじめてやったヤツと会った。下手に出るとつけあがるから、いつも通り接してやった。頭下げてきたぜ、マジ笑える』『おふくろが俺の歌をけなした』

 まるでこの世の誰からも注目されていない存在価値のなさを自覚して、苦しんでいるような書き込みばかりだった。現実以上に相変わらずムカつく事ばかり書いている。現実に無視されるのもしょうがないとしか言いようのないツイートだ。

 でも本人なりに苦しんでいるのはわかった。助けてやる気はないけどな。孤独感、焦燥、怒り。すべてがないまぜになった負の感情が吐露されていた。

「あいつもあいつなりにつらいんだな」

 そのツイートを見ているとそう思えた。だがそれは間違った努力の方向に進んでいるがために、実を結んでいないという気もした。

 この世の中で努力が実を結ぶことは少ないかもしれない。

安藤の動画を見ればわかるとおり、人は人をたたくことでしか生きていけないのかもしれない。便所の書き込みみたいな安藤の動画に対する評価を見てそう思った。

下を見ればきりがなく、上を見てもきりがない。だから人は常に下を見たがるのだ。

 人間社会で見かけが悪いのは損だよな。

俺も人の事は言えないが、安藤はさらに条件が悪いとは俺も思う。

LINEにメッセージが到着した音が聞こえた。夏美からのメッセージだった。

『新しい動画作りのアイデアはありますか?』

『今考え中だよ。そっちは何かある?』

『私も考えているところです』

 共通の話題は動画の話しかない。どんなものが撮りたいのか。何をしたいのか。どんなメンバーを探しているのか。動画の話もひとしきり盛り上がり、今度はプライベートの話に移行していく。

 夏美の返信スピードが確実に遅くなってきたのを感じた。

『学校は楽しい?』

『学校が楽しかったら、動画なんか作っていません。私のようなオタク女は学校のスクールカーストの中では、最底辺。ゴミみたいなもんです』

 夏美は憤慨していた。文章に怒りがこもっている気がする。

『スクールカーストってなんだい?』

『学校にある階級制度ですよ。知らないんですか? クラスの中で一番目立っているのは外見がかわいくておしゃれで性格の明るいリア充女子です。

 二番目に目立つのは勉強ができたり、運動ができたり、家がお金持ちだったりする女子。で、もっとも最低の位置にいるのが私のようなかわいくもないし、頭もよくないし、運動もできないし、家もびんぼうな底辺女子です。何も楽しみがないのでオタクになるぐらいしか生きる喜びがありません』

 そこから二十分、連絡はなかった。作業をしているとまたLINEの通知音が聞こえた。

『私、友達とかいないです。学校の友達はプライベートでは会わないから。なによりネット弁慶なんです』

 スマートホン越しでは夏美の顔はわからない。きっと苦虫を噛み潰したような辛そうな顔をしてそうだなと思った。

みんな俺と同じような感じなんだな。

『わたしは動画をつくって、世界に私の存在を知ってもらいたいんです。オタク女だと自分を見下しているリア充女を見返してやりたいんです』

 珍しく興奮して、夏美は本音をぶちまけた。LINEでの会話を終えると、どこか安心したようなゲンナリしたようなそんな気分になった。

 もう寝よう。そう思い、スマートホンに充電ケーブルをつないで、布団に入ろうとした時、LINEの通話通知音が鳴った。

 こんな夜更けに誰からの電話だ? そう思いながら、スマートホンを操作すると、かかってきた相手が鈴原だとわかった。

 俺はあわてて、スマートホンのパスワードを解除して、電話にでた。

「もしもし。平松だけど」

「こんばんは。鈴原ですけど、今大丈夫ですか?」

 大丈夫に決まっている。今日は千客万来だな、と思いながら話を始めた。

「最近音楽ライターのほうはどう?」

「ああ、ライターね。うんうん、最近、仕事がなくってさー。こまってるんだよねー。

私はまだ駆け出しのライターだからさ」

 鈴原は急に早口になった気がした。理由は分からない。どこか歯切れが悪く、あいまいな返事が返ってきた。

「ライターってどんな仕事するの? 取材とかするの?」

「うん、けっこう出かけるよ。いろんな人にあうし……それより、平松くんはどうなの?」

 鈴原は別の話題にしたいようだった。

「俺は今、仲間を集めて動画を作っているんだよね」

「動画ってどんなやつなの?」

「音楽のPVみたいなやつを作るんだよ。鈴原も音楽ライターなら知っているだろ?  プロみたいにうまくいくわけじゃないけど、素人なりにがんばろうと思ってね」

「へえ、すごーい。楽しそう」

「よかったら、鈴原もいっしょにチームに入らないか?」

 そう問いかける。メンバーは多い方がいい。鈴原が参加してくれるなら、なおさら良いものが作れる。そんな気がした。

 鈴原は一瞬沈黙の後、もうしわけなさそうな声で言った。

「うーん、やりたいけど、仕事のこととか色々あるしー」

 そういって鈴原は言葉を濁した。何か分からないが、言いづらいことがあるのだろうか。電話だけでは、なかなか相手の本音が読めない。

 このままだと沈黙が訪れそうだ。俺は思い切って鈴原を食事に誘うことにした。

「今度。二人でうまいラーメンでも食べに行こうよ」

「いいねー。私もラーメン好きだよ。いっしょにいこうねー」

鈴原は笑いながら答えた。電話なので、表情は分からない。でも、きっと喜んでいるのだろう。そう思いたい。

「でも今はちょっと忙しいから、具体的な予定はまたLINEで決めようね」

 そこで会話は終了した。何のために電話をくれたのかわからない変な幕切れだった。

具体的な予定も決まらないまま、話は終わった。何か隠しているようなそんな言いようのない不安を感じる。

しかし、それはまだ自分になれていないため、緊張しているせいなのかもしれない。鈴原はあまり男になれていない女子なのだろう。

 だがこうやって話をすることはできるのだ。時間をかければ仲良くなれる。

 チャンスはあるはず。好みのタイプを、そうやすやすとあきらめるわけにはいかない。またLINEで誘えばいいさ。俺はそう楽観的に考えることにした。

 動画の制作チームは三人体制になりそうだが、安藤と夏美を呼んで、動画サークルを立ち上げよう。

三人で力を合わせれば、きっと良いものができるはずだ。

 俺は確信に近いものを感じていた。鈴原と会話をして何か精神が高揚していた。

 俺はそのままのいきおいで、曲作りを再開した。

前回できなかった部分が、今ならできそうな気がした。基本的な事はだいたいこなせるのだが、本気で音楽に打ち込んでいる人間にはおよばない完成度だ。

 それは大学時代にバンドを組んでいた時に、嫌と言うほど実感をした。

 そのあとはギターとベースを演奏し、キーボードで味付けをする。

FM音源が割とお気に入りなので、無理やり気味に曲に投入する。

「FM8」というPC上で操作できるシンセサイザーソフトを使用して入力を行う。

パラメータいじりが楽しくて、何時間でも作業してしまいそうになるが、今回は最初から入っているプリセットの音を使用することにした。

 後は音楽練習スタジオで歌を入力するだけだ。割とすんなり作業は終わりそうだなと思った。

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