第18話 新たな不安

──田舎留学もいよいよ明日で終わる。


今日は、畑に行って収穫作業し、夜にはみんなで親睦を兼ねたバーベーキュー大会。

そして明日の朝の卒業式で、全てが終了する。

 残り僅かなこの貴重な体験を、しっかり最後まで楽しもうと思った。

だけど……昨夜、この留学が終わってしまう寂しさと、帰ってからの職探しのことをを考えてしまって、眠れなくなってしまった。


 ──昨夜ベッドに入った時……

(あ、私そういえば失業中だった)

 それを思い出したとたん、意識が現実に引き戻され、胸が重くなった。

(また、就活しなくっちゃいけないな)

 ここでの夢のような楽しかった時間と、帰ってからの現実の重苦しい時間のギャップをとても大きく感じる。

それに、あと少しでみんなともいったんお別れだ。

何とも言えない寂しさで胸がぎゅうっと締め付けられ、お布団の中で何度も寝返りを打っては、ため息をついた。

(このまま。ずーっとみんなと一緒にいられたらいいのに……)

 とりあえずそれは、無理な話だ。

みんな、明日が終わればそれぞれの生活に戻る。

いつかまた会おうねって約束はしたけれど、本当にそれが叶うかどうかもわからない。

それぞれが、それぞれの”いつもの世界”に帰ってしまえば、そこでの時間に追われるだろう。そしたら、なかなか会うことも難しくなるのかもしれない。

つい、ネガティブな思考に傾いてしまう自分に嫌気がさす。

(会える!きっと会える!仕事探しも頑張ればうまくいく!)

そう、自分に言い聞かせて前向きに気持ちを切り替えようとするけれど……。

(でも……)

 すぐにまた不安になる。

そんなことをずーっと、頭の中でぐるぐる考えている内に窓の外が明るくなってしまった。


 今日は、最後の作業ということで、グループ分けはくじ引きでなく希望の場所を選ぶことができた。

もちろん私達四人組は一緒の場所を選んだ。


 外はいいお天気で、朝から汗ばむくらいの暑さだった。

抜けるように青い空に輝く太陽の光が、いつもよりまぶしく感じる。

(寝不足の身体にはちょっときついかな)

 頭の芯がじーんとしびれたように不快な感じで、身体もだるく調子があまり良くない。

(でも、ちゃんとしっかり頑張らなくっちゃ)

 最後のこの時間を、無駄にしたくなかったので、少々のキツさは我慢しようと思った。


 私達の担当の場所はジャガイモやニンジンなどの根菜類だった。

収穫した野菜は、今夜ののバーベーキューの食材になり、残りはみんなで分けて持って帰れることになっている。

自分たちで食べれられると思うと、みんないつもより気合が入っているようだった。

それぞれ手分けして、土から掘り起こしたり、余計な葉っぱを落としたりしている。

(土いじりもこれが最後か……。最初はどうなるかと思ったけど、やってみたら楽しかったなぁ)

 普段は畑とは縁遠い環境で暮らしているから、当分は土を触ることはないだろう。

この美味しい空気、爽やかな風、綺麗な空、そして漂う土の香り、みんなで食べた塩おにぎり、一つ一つが忘れられない思い出として私の心に刻まれた。


「ねぇ沙也さん見て見て。このニンジン先っぽが分かれてて、ほらなんか人みたーい」

 瑞樹ちゃんが、土から抜いたばかりの変形したニンジンを手に持って、私によく見えるように高く掲げた。

そのニンジンは先が分かれていて、人が脚を組んだような形をしている。

「ホントだー」

 二人で、顔合を見わせて吹き出して笑った。

――と、笑いながら手元に視線を戻した時、一瞬クラッとめまいがした。

「あ……。やばい」

 体調の悪さが急に浮き出てくる。

少し息苦しさも感じ、おでこにじわっと汗がにじみ出て来た。

そんな私の異変に近くにいた大貴さんが、すぐに気づいてくれる。

「あれ、沙也ちゃん。顔色悪くない?」

「あ、うん。大丈夫」

「今日は、ちょっと暑いからね。無理しないで」

「うん」

「きつかったらあそこで少し休んでたら?」

 大貴の指さす方には、農機具を置く小さな小屋が建っていた。

「うん。ありがとう。……大丈夫だから」

 おでこの汗を拭きながら、心配かけないように大貴さんの顔見て笑って見せた。

でも、正直自分でもこれはちょっとやばいかな? と分かるくらい、調子が良くない。


 大貴さんの言うことをちゃんと聞いて、すぐに休憩すればよかったのだけど――

ちょっと、頑張りすぎてしまった。

 引き抜かれたニンジンが、たくさん畝に溜まってきたので、用意されたケースに入れようと思って立ち上がった。

「これ、ケースに入れてく……」

 その瞬間、目の前が真っ白になって、私はストンと座り込むように倒れこんでしまった。

「沙也ちゃん!」

 薄らぐ、意識の中で大貴さんの声がかすかに聞こえた。

「……。ごめん……なさ……」

 必死で謝ろうとするけれど、意識がもうろうとして声が出ない。

畑の上に倒れこんでしまった私はすぐに、たくましい腕にグイっと抱えられた。

(あ……。この匂いは、この前一瞬だけかいた優しい匂い。抱きしめられ時と同じ……)

 どうやら、私は大貴さん抱えられて運ばれているようだ。

気が付いた時には、私は小屋の横にある休憩所のベンチに寝かせられていた。

「沙也さん大丈夫かな」

「具合悪いのに無理しちゃったんだね」

「それに、今日はこの暑さだし」

「具合悪いって言ってくれればよかったのに」

 みんなの話している声が、もうろうとした意識の中でかすかに聞こえる。

「俺、ちょっとタオル濡らしてくるね」

 大貴さんの声だ。

「あ、私は冷たい飲み物もらってきます」

 この声は瑞樹ちゃんだ。

(迷惑かけちゃったなぁ)

 意識はまだ遠いけど、みんなに心配かけていることだけはわかった。

そのまま、また、すーっと意識が遠のく。


「沙也ちゃん……大丈夫?」

 どの位の時間がたったのだろうか? 数時間? 数分? 数秒?

私は、誰かにおでこを触られた感触で、目が覚め意識がはっきりと戻ってきた。

ゆっくり目を開けると、そこには祐太さんの顔があった。

「あ、目、覚めた? 大丈夫?」

 祐太さんが、私のおでこの汗を拭いてくれていてくれたようだ。

けれど……、

(祐太さん? ち、近い!)

 祐太さんの顔が思いのほか近すぎて私は、思わず飛び上がるように身体を起こしてした。

「わぁ。そんなに驚かないでよ。汗だくだったから、拭いてあげてただけだよ。」

 そう言って更に私に近付きおでこや首元を拭いてくれる。

その時、祐太さんの肩越しに、タオルを持った大貴さんが戻ってきたのが見えた。

「タオル濡らしてきたよ」

 大貴さんもそう言いながら、私と祐太さんが接近しているのに気が付いた。

「……!」

 はっとした彼の表情が、はっきりと見える。

「沙也さん、意識戻っりました? 水もらってきましたよ」

 瑞樹ちゃんもペットボトルを片手のに戻ってきてくれたようだった。

でも、そんな私と大貴さんの、微妙な心情に祐太さんと瑞樹ちゃんは気づいていない。

「あ、ごめん瑞樹ちゃん。これお願い」

 そう言って大貴さんは、濡れタオルを瑞樹ちゃんに渡すとすぐにどこかへ行ってしまった。

「え? あれ? 大貴さん? どうしたの?」

 ちょっと困った瑞樹ちゃんの声に、祐太さんも振り返り大貴さんの様子に気づいたようだった。

「あれ、大貴のやつ……。あー、なんだよ。もう」

 祐太さんは、そう言ってすぐに立ち上がり

「瑞樹ちゃん、沙也ちゃんのこと頼んだ」

 そう言って、大貴さんの後を追うように走って行ってしまった。

大貴さんの、一瞬見せたあの寂しそうな表情が目に焼き付く。

(どうしよう……。まさか何か勘違いした?……まさかだよね?)

 昨日、気持ちを伝えたばかりで彼も”気持ちは揺るがないよ”と言ってくれた。

(違うよね? 一体どうしたの?)

 胸の奥が、言いようのない不安でザワザワと音を立てた。

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