第16話 伝えたい
──次の日
早朝に、近くの神社の除草と清掃がこの日の作業内容で、そのあとは自由時間がたっぷりあった。
せっかくなので自由時間を使って、この前、瑞樹ちゃんと祐太さんが行ったお土産屋さんへ、そしてその後に私と大貴さんが行ったカフェに、四人で一緒に行こうということになった。
お土産屋さんに行くと、広い駐車場がありそこには車もたくさん止まっていて、想像以上に賑わっていた。
直売コーナーには、地元の採れたての野菜がたくさん並んでいて、それを目的にたくさんの人が県内外問わず車でお買い物にやって来るらしい。
みんなで一通りお店の中を見て回る。
私は、実家や友達にいくつかお土産品を買った。
ふと見ると、向こうの売り場で瑞樹ちゃんと祐太さんが二人並んで、楽しそうにお土産品を物色していた。
(どう見ても、もう恋人同士だな……)
そう思ったと同時に、
「あの二人、仲いいよね」
背後から大貴さんに話しかけられ、その声に胸が高鳴る。
「うん。二人とも楽しそう」
今はまだ色々考えすぎて、大貴さんとまともに目が合わせられない私は、向こうの二人を見たまま答えた。
「ねえ、沙也ちゃん?」
「は、はい」
こわごわと、大貴さんの方を振り返る。
「お買い物終わったなら、先に外に出ない?」
「あ、あぁそうだね」
何を聞かれるのかと焦った私は、ごまかすように笑顔で答えたけど、不自然に力が入ってひきつってしまった。
そんな私に気づいたのかどうかはわからないけれど、大貴さんは可笑しそうに笑った。
お店の外に出ると、駐車場の横に広い歩道がありいくつかのベンチが並んでいる
お店から少し離れた方が空いていたので、そこまで歩いて行き、ゆっくり座って待つことにした。
「祐太はああ見えて、結構奥手なんだよ」
「え? 本当に?」
大貴さんは、普通に会話を始めてくれたので少しホッとする。
「うん。ホントホント」
「えー意外。あんなに話やすいし……ルックスもいいからモテるでしょ?」
「確かに、モテるんだと思う。男女問わず、すぐ友達になれるしね。でもそれとこれとは、また話が違うというか……」
大貴さんと祐太さんは、小さい頃からの腐れ縁で、ずっとお互いのこと見てきたんだろうと思った。
きっと、二人は信頼も強く、お互いがお互いのこと思いやるいい親友……そう見えた。
「あいつはあんな感じで、話しやすいし、すぐに誰とでも仲良くなるんだけど、実は本当の意味でなかなか心は開かないタイプなんだよね」
「へー祐太さんのことなら、何でも知っているのね」
そう言うと、大貴さんは私の方を向いてちょっと首を傾げた。
「いや、どんなに仲良くても、全てを知っているわけじゃない」
大貴さんは、また視線を遠くの景色に戻す。
「……俺の知らない祐太だっている」
確かに、親友であるからこそ、お互い立ち入りすぎないということはあるんだろう。
それが、長く付き合う秘訣なのかもしれない。
その時、ちょうど私たちの前の駐車スペースに一台のキャンピングカーが止められた。
それを、見た大貴さん表情がパアっと明るく変わった。
「わぁ。すげーっ」
そのキャンピングカーを大貴さんは、目を輝かせながら食い入るように見ている。
しばらくして、中から初老の夫婦らしき人が二人が降りてきた。
「いいなぁ……」
「キャンピングカーが欲しいの?」
「んーあこがれてる。今すぐじゃないけどね。俺もいつか……。あんな風にキャンピングカーに乗って、色んなところ旅をするのが夢なんだ」
「素敵な夢……叶うといいね。」
実は私も、前からキャンピングカーには興味があった。
こんな車にのって、あちこちの知らない街に行けたら楽しいだろうなと思ってた。
「いつかね……」
「きっと、叶うよ。その夢」
大貴さんは、私の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
(いつか……)
私はそう思いながら、知らず知らずにそのいつかの大貴さんの横にいる自分を想像していた。
「あ……」
「ん……?」
「いや、なんでもないよ」
一人で焦る私の気持ちをよそに、大貴さんはクスっと笑いながら両手を伸ばし大きく背伸びをした。
(大貴さんに早く伝えなきゃ……)
そんな焦った気持ちでいっぱいで正直落ち着かない。
(でも、やっぱり……)
何度も何度も、自分の中で「言わなきゃ」という言葉が胸の奥から湧いてくるのに、怖くて声が出ない。
大貴さんの肩越しに、さっきキャンピングカーから降りてきたご夫婦が寄り添って歩いて行く姿が見えた。
歩道は行きかうお買い物のお客で、結構混雑している。
そのお客にぶつからないように、ご主人の方が奥さんを守るようにそっと手を添えている。その後ろ姿だけで、二人が仲のいい夫婦であることがわかった。
「仲がよさそうなご夫婦だね。俺もあんな風に……」
大貴さんは、そう言いながら何気に私の方に視線を向けてきた。
「……!」
思わず驚いた顔した私の顔見て、大貴さんも慌てて視線をはずす。
「……実現できるのは定年後かなぁ」
(その時に……大貴さんの、隣にいるのは……)
自分以外の
さっきから私たちの間には、お互い何か言いたいことがあるのにあえて言わない、そんな空気感が流れている。
しばらく私たちは沈黙したまま、行きかう人達を眺めていた。
少し前に体を倒すように座っている大貴さんの横顔を、そっと見てみる。
(このまま、私が答えを出さないでいると……いや、答えは出ているのだけど……)
出ている答えを、伝えないままでいると本当に大切なものを失ってしまうのかもしれない。
もしかしたら、過去の傷よりも、今大切なものを失くしてしまう方が、よっぽど怖いことなのかもしれない。
(大貴さんという存在をなくしていいの? このままだと、きっとその内あきれられて、私のことなんか忘れられてしまう。……。伝えようよ。ね、今)
自分自身に必死に訴える。
(今ならきっと大丈夫……。言えるよ私)
私は大きく息を吸いこみ、思いきって大貴さんに話をしようとしたその時、
「あ、祐太たちも出てきた」
大貴さんがお店から出てきた祐太さん達を見つけた。
祐太さん達は、私たちを探すようにキョロキョロしている。
大貴さんは、手を挙げて合図を送ろうとしたが、私は思わずその手を掴み制止した。
「待って大貴さん」
「えっ?」
突然の私の行動に、大貴さんは驚いて私の方を振り向いたまま動きが止まる。
「あのね。私……。わたし……」
そう言いながら、さっき掴んだ大貴さんの腕をさらにぎゅっと握りしめる。
ドキドキがとまらず、その手は小さく震えた。
大貴さんも、事を察したのか私の顔を覗き込むように優しく微笑んでくれた。
「沙也ちゃん……。いいよ。無理しないで」
私はその言葉に、大きく首を振った。
「ちゃんと、言いたいの。ちゃんと……。今……聞いてほしい」
力が入りすぎて、思うように声が出ない。
「ちょっと、こっちにおいで」
大貴さんは私の腕を引っ張り、祐太さん達から見えないように、建物の影に隠れた場所に連れて来られた。
「大丈夫?……いいよ。聞くよ」
大貴さんの顔は真剣な表情に変わり、私のことを真っ直ぐに見つめている。
「私……。私ね」
必死で絞り出そうとする私の言葉を大貴さんは、じっと待っていてくれている。
息が止まりそうなくらい力が入って苦しい。
「私、大貴さんのことが……。大貴さんこと……」
そこまで言ったのに、”好き”という言葉がだけが、どうしても言葉に出来ない。
言葉にできなかったけれど、この思いは伝わったようだった。
「……俺……待ってもいいの?」
私は、こわばった身体を震わせながら「うん」と頷いた。
「でも……もう少しだけ待ってほしいの。もう少しだけ時間をください……」
大貴さんも私の答えを聞いて、ほっとしたのか全身の力を抜くように息を吐いた。
「ありがとう……。嬉しいよ……。俺は待つから。だから慌てないで」
そう言うと大貴さんは、震える私の手をそっと離して、もう一度両手でそっと包んだ。
「……沙也ちゃん。俺のこの気持ちは簡単には揺るがないよ。……ちゃんと沙也ちゃんの気持ちが整理出来るまで待てるから。だから、大丈夫安心して」
私は、泣きそうになりながら頷いた。
「……気持ち伝えてくれてありがとう」
大貴さんの優しい声が胸に響く。でも、私はまだ少し震えが止まらず、黙って頷くしかできなかった。
「俺、フラれると思ってたから……。今すごく嬉しい」
今度は小さく首を横に振った。
(最初からフル気なんてなかった……。ただ勇気がなかっただけ……)
「大丈夫? 少し落ち着いてから、祐太達の所に戻ろう」
「うん。ごめんね……」
またちょっと、涙があふれそうになる。
「そんな顔されると……。あー……」
大貴さんは一人で大きく首を横に振った。
「……抱きしめたくなるよ。でも……今は我慢しなきゃね」
そんな大貴さんの言葉に、私の胸はまた大きくときめいてしまうのだった。
少しうるうるとしながら、大貴さんの顔をそっと見てみると、彼の瞳も少し潤んでいて二人の視線が真っ直ぐにつながった。
「ごめん。今だけ」
そういうと大貴さんは、私の腕をそっと自分の方に引きよせる。
――私は、ふわっと彼の腕の中に優しく包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます