第15話 ともだち

 すぐにハッとなり握り返した手の力を緩めると、大貴さんも、すぐに気づきその手を離した。

「あ、ごめん」

「ううん。えっと……。大貴さんもマッサージ上手だよ」

「あ、ありがとう」

 とっさに、お互いこの状況をごまかすように会話をする。

「でも、ちょっと優しすぎるから、もっと強引にぐいぐいやってもいいかも」

 優しすぎるのは、マッサージだけじゃない。

彼の優しさは、本当に全てからにじみ出ている。

その優しさが、今の私の心を切なく苦しめてしてしまう。

 早く自分の中の答えを出さなくては……そう思いながら、時間だけが過ぎていく。

心の奥に必死に閉じ込めようとする自分の感情を、制御できなくなってしまっているのも薄々感じてはいた。


 ――その日の夜。

 瑞樹ちゃんが、二人で話をしたいから来てほしいと言われ、彼女の部屋に向かった。

「瑞樹ちゃん。入る……よ。えっ?」

部屋に入るなり、瑞樹ちゃんは私の手を強く引き、部屋の奥につれていかれ椅子にぐいっと座らされる。

「どうしたの瑞樹ちゃん?  祐太さんとなんかあった?」

 そう聞くと、なぜか瑞樹ちゃんはいたずらに笑っている。

「私のことは、いいの。沙也さんのこと!」

「え? なに? 私?」

「なにって……、今日ハンドマッサージしてた時、ただならぬ雰囲気でしたよ。沙也さんと大貴さん」

「あ……」

 完全にバレている。

恥ずかしくなって、頬が火照り身体の真ん中が急に熱くなってきた。

「見てたんだ」

 もう、これは隠しようがない。

でも、バレてしまったことで、どこかほっとしている自分がいる。

私は、大きく息を吐きだし身体の力を抜いた。

「バレバレだった?」

 この際だから、瑞樹ちゃんに相談にのってもらうのもありかなと思った。

「んー少なくとも私はすぐ気づきました。ていうか、大貴さんいつも沙也さんのこと見る時は、顔が緩んでる感じだし」

「え? そう?」

 瑞樹ちゃんの観察力はさすがだ。

「初恋の相手っていうだけじゃなくって、絶対今も沙也さんのこと好きなんだろうなって……」

 瑞樹ちゃんは、一度立ち上がると冷蔵庫に入れてあったペットボトルのお茶を二本取り出し、その内一本を私に差し出した。

「はい」

「ありがとう。……今日のこと、祐太さんも一緒に見てたの?」

「それは、たぶん気づいてないと思ったけど、でも……」

「でも?」

「祐太さんは『ここ数日、大貴が元気ないんだよな、沙也ちゃんとなんかあったのかなぁ?』って心配してました」

 私にはあんまりそんな顔は見せなかったけど、きっと大貴さんもずっと苦しんでいるんだろう。

そう思うと、ますます申し訳ない気持ちにでいっぱいになってしまう。


「大貴さんと何かあったんですか?  何か言われたんですか?  ていうか、沙也さんは大貴さんのことどう思ってるんですか?」

 息をつく暇もないくらい、瑞樹ちゃんは次々と質問をしてくる。

「わかった。ちゃんと話すから、聞いてくれる」

「もちろんです!」

 瑞樹ちゃんは、身を乗り出すように私の顔を見て大きく頷いた。

とりあえず、さっき受け取ったペットボトルの蓋を回し、ゆっくり一口飲む。

冷えたお茶が心地よくのどを通り、火照った体を程よく冷ましてくれた。

「瑞樹ちゃんにはかなわないなぁ~」

「今日の二人を見てしまったから、本当にもう気なって仕方ないんです」

 観念した私は、昔のこと、ここに来てからのこと、大貴さんと話した内容、そして私の今の気持ちを瑞樹ちゃんにすべて聞いてもらった。


「……そうだったんですね。それって恋愛恐怖症? っていうのかな」

 ”恋愛恐怖症” 確かに今の私にはぴったりの言葉のような気がした。

「傷つくのが怖くて、ずっと誰のことも好きになれなかったし……。今も一歩を踏み出すことができないの……」

「わからないでもないですけど、でも……」

 瑞樹ちゃんの目は真剣だ。

興味本位ではなくちゃんと真剣に話をしてくれているのが分かった。

「でもね、沙也さん。大事なのは沙也さんが、大貴さんをどう思っているかですよ」

「どう思っているのかって言われると……」

「……好き。なんでしょ?」

「……なのかな?」

 我ながら往生際が悪いなと思う。

「もー沙也さん。自分の気持ちをちゃんと認めてください」

「そ、そうなんだけど」

 また、変な汗が出て出そうなくらい身体が熱くなってくる。

「人は傷つくために愛し合うんじゃないんです」

「それも、わかっているつもりなんだけど……」

「いーや、わかってません」

 年下の瑞樹ちゃんなのに、今は私の方が小さな子供のようになだめられている。

「受けた傷の痛みは、優しさや強さに変えることができるんです。それにきっと大貴さんならその傷を癒してくれるはずです。私はそう思います」

 強い口調だった瑞樹ちゃんが、一度ふっと優しく微笑んだ。

「沙也さん。大丈夫だから。それに、この奇跡の再会を無駄にする気ですか?」

 そう言いながら、私の両手をそっと握った。

「……」

「おちおちしていると、大切なもの失くしてしまいますよ。……だから勇気出してください」

「ありがとう」

 私がそう言うと、瑞樹ちゃんは少し安心したようにもう一度微笑んだ。


「ところで、祐太さんとはどうなの?」

「……。今度は私が沙也さんに話を聞いてもらう番ですね」

 でも、話を聞く前にきっと上手く行っているんだろうなというのが、瑞樹ちゃんの顔を見ただけで分かった。

「いい感じだよね。瑞樹ちゃんと祐太さん」

「はい。話もよく合うし、一緒にいると楽しいんですけど……。でも、どっちかというと、いい友達って思ってくれてる感じかもしれないです」

 まだ、お互いの気持ちを確認したわけではないので、少し不安はあるようだった。

「そう? でもね傍から見た感じだと友達以上って感じだよ」

「んー。恋人未満なら結局、”友達止まり”ですよね」

 (なるほど……)

 その微妙なラインできっと瑞樹ちゃんは迷っているようだった。

「実は私も、本当はちょっと怖いんです」

「瑞樹ちゃんも?  怖いの?」

 どちらかというと、ぐいぐい強気に攻めているように見えたから、その言葉は少し意外だった。

「私も、しばらく恋愛してなかったし、やっぱり失恋するのが怖いです。今は”いい友達”でいれるのに、もし告白しちてフラれちゃったら、友達としてさえいられなくなるんじゃないかって……」

 私とは、ちょっと状況は違うけど、みんなそれぞれ悩んだり迷ったりするのは同じなんだなと思った。

「きっと、タイミングが合えば上手く行くんじゃない?」

 励ますように言うと、瑞樹ちゃんは小さく頷いた。

「はい。そのタイミングなんですけど、この田舎留学の最終日に、気持ち伝えようかと思ってて……」

「えー! そうなの!?  うん……わかった。頑張って!」

 やっぱり積極的にぐいぐい行く瑞樹ちゃんのことが、少し羨ましくもある。

二人でペットボトルのお茶をの残りを飲みながら、しばらく恋愛談議を続けた。

「それにしても……ここにきて瑞樹ちゃんと知り合えて本当に良かった」

「ありがとうございます。私もです。留学終わってからも、また時々沙也さんとは会いたい……」

「その時は、お茶じゃなくて……」

「お酒? ですね」

「美味しくっておしゃれな居酒屋さん知ってるから、そこに行こう!」

「はい。ぜひ」

 ちょっと気が早いけれど、私たちはこの留学が終わった後の約束をした。

出会って、数日でこんなに仲良くなれた友達は初めてだった。

きっと、この留学に参加するということ自体が、きっとどこか似たもの同士が集まってきていて、共感しあえる感覚を持っているせいなのかもしれない。

「あ~でも……。瑞樹ちゃん達が上手く行ったら、デートで忙しくって会ってもらえないかも~」

「そんなことないです。何が何でも沙也さんと会うための時間は作ります!」

「わかった。私も何が何でも瑞樹ちゃんと会うためにスケジュール空ける」

 二人で何度も笑いながら、尽きない話をして気が付けばすっかり夜も更けこんでいた。


――あと、数日でこの留学も終わる。

そう思うと、ふと、寂しさを感じる夜だった。

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