第14話 言葉はなくとも
──数日後。
田舎留学も中盤を超え後半に差し掛かる。
今日のスケジュールは、地元の産物で作るアロマオイルの精製見学をした後、そのオイルを使ってやるハンドマッサージの施術体験だった。
まずは講師のが、マッサージの手順を細かく説明していく。
「あまり強すぎず、弱すぎず、リンパを流すようにこの線にそって指を滑らせて行ってください」
みんな自分の腕を同じように触ってみながら、説明を一生懸命聞いている。
「はい。手順はこんな感じです。それでは、どなたとでもいいですので、ペアを組んでお互いにマッサージしあってください」
みんなが、ざわざわと近くにいる人とペアを組み始めた。
私は迷うことなく瑞樹ちゃんとペアを組んでもらおうと思ったその時、その瑞樹ちゃんは意を決したように、そばにいた祐太さんの方に向きを変えた。
「祐太さん。私とペア組んでもらっていいですか?」
「ん? ああ、もちろん。いいよ」
祐太さんは、一瞬戸惑ったように見えたが、すぐに笑顔でその誘いを承諾した。
(結構、積極的に頑張ろうとしてるのね。がんばれ瑞樹ちゃん)
勇気を出した瑞樹ちゃんに心の中でエールを送る。
瑞樹ちゃんにフラれてしまった私は、どうしようかなと思いながら、何気にその隣にいた大貴さんの方に視線をうつすと、向こうもこちらを見ていて目が合う。
お互い、きっと考えていることは同じだ。
「えっと、じゃあ沙也ちゃん。俺とお願い出来ますか?」
「はい。こちらこそ」
友達にフラれた二人は、必然的にそういう流れになってしまった。
あの日、あの話をして以来お互いちょっとぎこちなさを感じてはいた。
その隣では、瑞樹ちゃんと裕太さんが向かい合って座って、さっそくハンドマッサージを始めようとしていた。
「瑞樹ちゃんお手柔らかにね」
「えー、私そんなに馬鹿力じゃないですー」
「そうだっけ? この間、重たい荷物ひょいって持ち上げてたじゃん」
「だからー。それとこれとは違うから」
祐太さんさんはゲラゲラ笑いながら、瑞樹ちゃんをからかう。
そんな二人の隣と少し間を開けて、私と大貴さんもテーブルを挟んで向かいあって座った。
「えっと、私からやってみるね」
私が、そう言うと祐太さんは袖をめくり腕をテーブルの上に乗せる。
「はい。よろしく」
いつも穏やかで優しい雰囲気の大貴さんだけど、改めて見ると、そのイメージに反して筋肉質で男らしくたくましい体型をしていることに気づく。
キャリアオイルにアロマオイルを数滴まぜたものを手に取り、少し緊張気味に大貴さんの腕に触れる。
(やばい。緊張する)
また、心臓がドキドキとなり始めた。
「そんな、怖がらなくてもよくない?」
私の緊張感が伝わってしまったのか、大貴さんが笑いながら私の顔を覗き込む。
「ご、ごめん……ちょっと緊張しちゃった」
「リラックス、リラックス」
クスクスと笑いながら、大貴さんはそう言いながら私に腕をゆだねる。
「大貴さん、思ってたより腕太いね」
「そう? 男だからね。それに一応、これでも鍛えてるんだよ。ほら」
大貴さんは、反対の腕に力こぶを作って見せる。
「鍛えてるって?」
「ん。週に二回くらいジムに通ってる」
あまりそういう風なイメージではなかったので、少し驚いた。
「へ~。それはなんか意外」
「……ほかにスポーツとかやってないから、このままだと太るなって思って始めたんだけどね」
「そうなんだ」
少しドキドキしながらも、平静を装いながら慣れない手つきでマッサージを始める。
触れる手からほんのりと人の温かさが伝わってくる。
太くてたくましい腕は少しマッサージしにくかったけれど、触っている内に不思議な安心感が生まれてきた。
「……アロマ……いい香りだネ」
「そうだね。癒しの香りだよね」
柔らかいアロマの香りが漂い、マッサージされる側だけなく、する方も心が自然と癒されていく気がした。
「沙也ちゃん、マッサージ上手だよ。こういうの向いてるんじゃない?」
大貴さんに褒められて、思わず頬が緩む。
「ありがとう。なんか嬉しいけど、すごく照れる」
会話が弾むわけではなかったけど、このゆったりとした時間とアロマの香りのおかげで、二人の間の妙な緊張感が溶けていく。
(やっぱり、好きなんだろうな私……大貴さんのこと)
けれど、この気持ちを本当の意味で受け入れ、そして彼に伝える勇気は――まだない。
「ねえ。この間話したことだけど」
そう言われ、心臓がドキッと弾む。
「え?」
数秒、間をおいて、大貴さんはまたゆっくりと話し始める。
「あんな話しをしちゃったから、もしかしたらずっと沙也さん悩んでるかなって思って」
「あ、いや……」
「ごめんね。でも、君を苦しめたくはないから、もう悩まなくっていいよ。俺は、大丈夫だから」
私はその言葉に、逆に不安を感じる。
(大丈夫って……? どういうこと?)
「後で思ったんだ。……一方的に俺の気持ちだけを押し付けたことで、沙也ちゃんを苦しめる事になってしまったよなぁって」
そう言われ、私は小さく首を横に振った。
苦しんでないと言えば、嘘になる。
でも、この苦しみは大貴さんのせいではなく、自分自身の問題だ。
まったく大貴さんに対して思う気持ちがないのなら、はっきりそう言ってさえしまえばそれですっきりすることだ。
でも、そうじゃない。そうじゃないということが、私を悩ませている。
「なんとなく、俺が話してから沙也ちゃんずっと元気がない気がして」
心配そうに私の顔を覗う大貴さん。
「逆に、心配させてごめんね」
「沙也ちゃんが悩んで苦しむのは俺の本望じゃない。だから……」
私が早く答えを出せないでいることが、大貴さんを苦しめているのだと気づいた。
「大貴さん。大貴さんは何も悪くないよ。これは私自身の問題なの」
「……」
「ごめんなさい」
私が謝ると、大貴さんは大きく首を振る。
「……ほら。またそんな顔する」
「ごめん」
「そんなに何度も謝らないで、お願いだから。この田舎留学もあと少しで終わっちゃうし……楽しもうよ。一緒に」
大貴さんの優しい言葉に、私はコクリと頷いた。
「ありがとう。本当にそうだね」
ハンドマッサージを習った通りにやり、交代して今度は大貴さんが私に施術をする。
「はい。じゃあ次は、俺が極上のマッサージをしてあげる」
少しでも楽しくしようと、冗談ぽく言ってくる大貴さんの気持ちが伝わってきた。
「わぁ本当に? では、お願いします」
私もそれに答えるように、出来るだけ明るい声を出す。
そして、大貴さんの前では、なるべく笑顔でいようと思った。
たくましい大きな手で、大貴さんは優しく優しく……壊れ物に触るように私の腕を撫でる。
「ねぇ。極上のマッサージ師さん。すごく遠慮してない? もっとぎゅうってやっても大丈夫だよ」
「いや。なんか……細くて力入れちゃったら折れちゃいそう」
「私そんなにやわじゃないよ。少々のことじゃ折れないから大丈夫だって」
私が、そういうと大貴さんは少しだけ力を入れてきたが、まだまだ遠慮気味だった。
優しく触れるようなマッサージにちょっとくすぐったさを感じながら、大貴さんの顔を眺めていた。
田舎留学もあと数日で終わる……ということは、大貴さん達ともお別れだ。
お互い、連絡先は交換したけど、帰ってしまえばみんなそれぞれの生活に戻りきっと忙しくなる。そしたらしばらくは、会えなくなるだろう。
みんなと過ごす楽しい時間も、もうすぐ終わる。
そう思うととたんに、寂しさを覚えた。
私はそんなことを思いながら、力加減を考えながら必死でマッサージをする大貴さんの顔をずっと見ていた。
「はい。お客さん。こんな感じでいかがですか?」
そう言ってなれない施術に一生懸命な大貴さんが視線を私の方に向けた。
……その瞬間、思いのほか二人の顔が接近する。
「……!」
「……!」
しばらく、二人で見つめあってしまい……。
私の手のひらを持っていた大貴さんの手がぎゅっと握りしめてきた。
一瞬、まるで二人の周りだけ時間が止まったかのようだった。
言葉はなくとも、彼の思いがすっと私の中に入り込んでくる。
思わずゆっくりと私も、その気持ちを受け止めるようにゆっくり握り返した。
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