第13話 それぞれの思い

「最初、この留学に来る時に、バスの中で沙也ちゃん見つけた時は本当に驚いたよ」

「え? あのバスに大貴さんも乗ってたの?」

 全く気付いいてなかった。

「祐太も一緒に乗ってたよ」

「そうだったんだ」

 駅から乗ったバスに二人が乗っていたことにも気づかず、車窓の綺麗な景色を眺めてこれから始まる留学にワクワクしていた。


「祐太もこのこと全部知っていて、それで色々気を使ってくれたんだ」

「全部って、あの時のことも?」

「そう……あいつとは大学は違ったけど、ずっとガキの頃からの腐れ縁で、時々会って遊んだりしてた。色んな相談もしてきてて……。バレてるっていうか、お互いのことほぼ全部知ってる感じ」

「じゃあ、今回も二人とも最初から私のことわかってて、声かけてきてくれたの?」

「うん。この奇跡を逃しちゃいけないって思ったし。俺から頼んだわけじゃないけど祐太も全面協力体制になってくれて」

 なるほど、それでわかった。

最初に私に近づいて来て声をかけてくれたことも、あのくじ引きで二人が入れ替わったことも、祐太さんが、瑞樹ちゃんに私のことあれこれ聞いたことも。

(そういうことだったんだ。)


 しばらく歩き続け、空が少し夕焼けになりかけた頃ホテルにたどり着いた。

ロビーではお買い物に行って帰ってきた瑞樹ちゃんと祐太さんが、ソファーに座ってなにやら楽し気に話をしていた。

「あ!沙也さん。おかえりなさーい」

 瑞樹ちゃんは、私の姿を見つけるなり、小走りで近寄ってきた。

「ただいま」

「はい。お土産!」

 そう言って差し出した瑞樹ちゃんの手のひらには、小さなマスコットのストラップが二個乗せられていた。

「あ、可愛い」

「一個は大貴さんの分」

 ストラップは色も形も全く同じもので、左右の手に持ち替えてその一つを大貴さんにもう一つを私に「はい」と、差し出した。

「え? 俺の分も? ありがとう」

「そう。二人でお揃いね」

 差し出されたストラップを、私と大貴さんは一つずつ受け取った。

二人で顔を見合わせ、ちょっと照れ臭くなり思わず笑った。

「ありがとう瑞樹ちゃん」

 プレゼントのチョイスも、瑞樹ちゃんらしい。


「おー大貴お疲れ~」

 ソファーに座ったまま待っていた祐太さんが、手を挙げながら大貴さんを呼んだ。

大貴さんが祐太さんの方に行ったのを確認すると、瑞樹ちゃんが私にこっそり耳打ちをしてくる。

「これ、恋愛のお守りですよ」

 よく見るとマスコットの上に小さな札がついていて「恋愛成就」と書いてある。

「……え?」

 戸惑う私に、瑞樹ちゃんは意味深にニヤッと笑って見せ、もう一度耳打ちをしてくる。

「でね、ほら見て。私は祐太さんとお揃い」

 瑞樹ちゃんのポシェットに私たちと色違いの、ストラップがぶら下げてあった。

「祐太さん、受け取ってくれたの?」

「はい。でも……可愛すぎてつけられないよって。バッグにしまい込んじゃってた」

「きっと、照れ臭いんだろうね」

「うーんどうかな?」

「きっと、その内どこかにつけてくれると思うよ」

「そうだといいけど……」

 瑞樹ちゃんは、ポシェットにぶら下げたストラップを手に取ると心配そうに見つめた。

「二人はいい感じに見えるよ」

「んー楽しそうに話はしてくれるんだけど、まだ自信ない」

「瑞樹ちゃんはかわいいし、私が男だったら惚れるね。祐太さんもきっとそうなんじゃないかな」

「やだー沙也さん。”惚れる”なんて。あんまり期待すぎちゃうと~ダメだった時にダメージ大きいから……。あんまりそんな風に言わないで」

 でも本当に、確証はないけど二人はいい感じに見えた。


「ところで、沙也さんは大貴さんとどこにまで行ってきたの?」

「海岸沿いにあるカフェだよ。小さなお店でアットホームな感じですごく雰囲気もよかった」

「へぇ~。そんな所があるんですね」

「今日は食べなかったけど、自家製アイスクリームのパフェがあって美味しそうだったから、今度みんなで一緒に行こう!」

「わぁ、行きたい行きたい」

「それか……瑞樹ちゃんと祐太さん二人で行っておいでよ」

「ふ、二人で……? 」

 どうしても祐太さんと二人でというフレーズに、瑞樹ちゃんは挙動不審になる。

「そういえば沙也さん、祐太さんから聞きました」

「?」

「沙也さんが、大貴さんの初恋の人だったってこと」

「え? 祐太さんそんなこと話したの? でっ? ど、どこまで聞いたの?」

 私は、一瞬焦った。

全てを知っている祐太さんが、瑞樹ちゃんに何をどこまで話してしまったのか?

正直、あの二股事件はあまり人に知られたくないと思っている。

「え? どこまでって、それだけだけど……他にも何かあるんですか?」

「あ、いやないけど……」

「でも、沙也さん大貴さんのこと覚えてないみたいだったって。それで、今日二人きりにして、話せるようにしてあげたって」

 祐太さんもそこまで詳しくは話していないようで、少しホッとする。

私は思わず、ふーっとため息をついた。

「そうなんだよね。大貴さんに今日そのこと言われたんだけど、本当に覚えてなくって、ちょっと悪かったなぁって思った」

「大貴さんの片思いだったんですね。でも、これから大貴さんと新しい恋愛が始まるっていうのも十分アリなんでしょ?」

「え? いや、それは……」

 瑞樹ちゃんは、自分の恋愛事は自信なさげに消極的なこと言うのに、人のことになると急に前のめりに話を進めようとしてくる。

「あり!絶対あり! ……だって。沙也さん見てたらわかるんです。大貴さんのこと気になってるでしょ?」

「私がどうして、大貴さんのこと気になってるって思ったの?」

「沙也さん……いつも大貴さんのこと目で追ってましたよ。だいたい、その時は嬉しそうな顔してるし」

「……」 

 まったく自覚はなかった。知らず知らずのうちに大貴さんのこと目で追っていたなんて。そう思いながら、また大貴さんのことを見てしまう。


 大貴さんと祐太さんもソファに座って何やら話しているようだ。

たぶん、今日私と話した結果報告もしているに違いない。

あの時、近くにいたはずの彼のことに気づかず、記憶にも残っていなかったのに、今は無意識に目で追うほど、気になる存在になっている。

「ほら、沙也さん。また見てますよ。大貴さんのこと」

「あ……」

「ほらね」

 瑞樹ちゃんが、いたずらに笑らう。

「もう。からかわないで」

 図星をつかれ私は、慌てて熱くなる頬を両手で覆った。


 二人でそんなやり取りをしていたら、祐太さんが私たちを手招きした。

「大貴たちが行ったカフェに美味しそうなパフェがあったったって。今度みんなで行こうよ」

「私たちもその話してました!ぜひ行きましょう」

 瑞樹ちゃんが嬉しそうに答える。

「だから、瑞樹ちゃん。敬語」

「あれーすみません」

 そう言いながらベロを出すかわいい瑞樹ちゃんを見て、みんな笑った。


 何事もなかったように交わす会話の裏側で、本当はみんな何を思っているのだろう。

ふと、そんなことを思った。

男と女であるからって、必ずしも恋愛が感情が生まれるわけではない。

本当に気の合う仲間として、分かち合うことだってできる。

でもきっとこの四人は違う。

「好き」「好きになってほしい」「どう思っているの?」「どう思われてるの?」みんな、それぞれそんな思いを巡らせている。


「運命」なんていうと、重すぎるし、

「奇跡」という言葉も、かっこよすぎる。

でも……この出会いにはそれらの要素を含んだ、何か特別なものを感じていた。

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