第10話 内緒話のつづき
三日後──
ホテルに戻ると男性陣も戻ってきていた。
男性陣も他の家で、薪割りや、そば打ち、木工など私達とは少し違うカリキュラムを体験してきているようだった。
たった三日しかたっていないのに、ずいぶん会っていなかったような気分だ。
そのくらい、この三日間の内容が濃かったのかもしれない。
「ねーねーどんなの作った?」
祐太さんが私たちが体験で作ったものに興味深々だ。
私達は、お互い作ったものを見せ合うことにした。
まずは、私たちが作った布草履を出して見せた。
瑞樹ちゃんは彩りが鮮やかなポップな色合い、私は藍色をベースに黒の布を混ぜたシックな色合い……。同じ作り方で作った布草履なのにまるで出来上がりのイメージが違う。
「どっちも、らしい色合いだね~。こういうのって性格出るんだよね」
祐太さんが二人の草履を、手に取り見比べる。
(性格……? 確かに)
「そっちは?」
男性陣の作品も見せてもらう。
彼らは、木工で手彫りのスプーンを作ったらしい。
木製のスプーンをそれぞれバックから取り出すと……祐太さんのは少しいびつでデコボコ、大貴さんはまるで職人が作ったかのように完成度が高いものだった。
「確かに……性格出るね」
私が言うとみんな声を出して笑った。
そして次の日――
「これから、少しだけ話しできる?」
この日は、午前中に近所の神社の清掃と草むしりだけで、午後は自由時間だった。
昼食を済ませ自由時間にどうしようかなと考えていると、こっそり大貴さんが声をかけてきた。この前の話の続きをするのだろうと思った。
「……うん。いいよ」
つい構えてしまって、少し表情が緊張気味になってしまった。
「何を、言われるんだろ~って顔してるね」
「え、だって……」
そんな私の心情を察してか、大貴さんの笑顔も少しこわばっているように見えた。
と、その時、
「沙也さ~ん。午後からどこか一緒に出かけませんか?」
何も知らない瑞樹ちゃんが私の所へ駆け寄ってきた。
「あ、えっと……」
「地元の特産物とか、お土産品とか雑貨とかたくさん売ってるお店があって、わりと近いみたいです。そこへ、行きませんか?」
それはちょっと興味があって、ぜひ行ってみたいと思ったけど、今はちょっとタイミング的に難しかしく、どう断ろうか困ったら……。
「こら、瑞樹ちゃん。また敬語使ってる」
そう言いながら、祐太さんがやってきて瑞樹ちゃんの頭にポンと手を置いた。
「あ、祐太さん。ごめんなさい」
瑞樹ちゃんは、肩をビクリとさせ頬を赤らめた。
「いいよ。いいよ」
祐太さんはそう言いながら、さっき置いた手で瑞樹ちゃん小さな子を諭すように頭をなでた。
「その店、俺と行こうよ。俺もちょっと行ってみたいって思ってたんだ」
「え? 祐太さんと……二人で?」
「いやなの?」
「いや、じゃないけど」
「じゃあ決まり!」
「えっ? えっ?」
なかば強引に予定を決定されてしまった瑞樹ちゃんが、あたふたしているのが分かった。
瑞樹ちゃんが慌てて助けを求めるような顔して、私のそばに来て小声で言う。
「どうしよう。どうしよう」
「よかったじゃん。祐太さんの方から誘ってもらえるなんて」
「沙也さんも、一緒に行きましょうよ」
「ううん。せっかくだから二人で行っておいで。今日は私はやめておくよ」
「瑞樹ちゃん、どうする? お財布持ってきてるなら、もうこのまま行こうか?」
先に部屋の入口の方まで行った祐太さんが瑞樹ちゃんを呼ぶ。
「ほら、呼んでるよ!」
そういって、瑞樹ちゃんを祐太さんのいる方に向かって肩を軽く押した。
ゆっくり歩きだした瑞樹ちゃんは、困ったような嬉しそうな複雑な顔してで私の方を振り返る。
私はそんな瑞樹ちゃんに、”がんばって”のエール込めて大きく頷いた。
瑞樹ちゃんが祐太さんの所に追いつくと、二人は並んで仲良く歩き出した。
そんな二人の後ろ姿を見て私と大貴さんははクスクスと笑う。
「祐太には、気を使わせちゃったかなぁ?」
「……?」
私は、てっきり祐太さんが瑞樹ちゃんと一緒に出掛けたかったんだと思った。
(え? 違うの……?)
「祐太さん気を使ってくれたの……?」
「うん。そのこともちゃんと話すよ」
祐太さんが大貴さんのために……。この前の、くじ引きの件もそうだった。
つまり、私と大貴さんが一緒にいられるようにしてくれているということだ。
「じゃぁ、せっかくだから俺たちもどっか行こうか」
そう言われ、改めて大貴さんのを見たら、その横顔にドキッと胸がうずき、ソワソワしはじめる。
「あ、うん」
「海岸の近くにおしゃれなカフェがあるんだって。そこに行ってみない?」
「カフェ? いいね。行ってみたい」
ドキドキしているのがバレないように、必死で平静を装う。
「ちょっと距離あるけど、レンタルサイクルがこのホテルにあるみたいだから、それ借りて行かない?」
「自転車? 楽しそうだね」
もしかしたら、落ち着かないこの気持ちは、お互い同じだったのかもしれない。
ホテルを出て、借りた自電車に乗り緩い坂道を下って行く。
大貴さんが前を走り、その後ろを私が付いていった。
少し汗ばむくらいの日差しだったが、頬に感じる風が程よく冷たくて気持ちがいい。
時々、大貴さんが私がちゃんと着いて来てるか確認をするように、振り返り帰る。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫~。風が気持ちいいね~」
私が元気よくそう答えると、大貴さんはもう一度私の振り返り安心したように笑った。
そして、すぐに前を向きなおすと、ゆっくりとスピードを落としてきた。
私が付いてこられなくならないように、気遣ってくれたのだろう。
そんな彼の後姿からも、にじみ出る優しさを感じられるような気がした。
しばらく走っていくとカーブを曲がった少し先に交差点が見えてきた。
と同時に、すっと風が変わる。
潮の香りだ。
その交差点まで来ると、いきなり視界がぱーっと開けた。
深い青色の海と、水色の空が広がりまぶしいほどの太陽の光が私たちに降り注いだ。
「おー!」
「わぁ!」
二人同時に、その広がる風景に感動して声が出る。
「海だぁ!」
「綺麗だね」
広がる海を見ただけで、テンションが上がってしまう。
「自転車で来て正解だったね」
私がそう言うと、大貴さんも嬉しそうに頷いた。
「よかった。自転車で行くの嫌がられたらどうしようってちょっと思ったけど。そう言ってもらえて安心した」
「嫌がるなんて、そんな。自転車に乗るの久々でちょっと心配だったけど、全然嫌いじゃないよ。むしろ好きかも」
「なら、よかった」
「それに、この景色も最高だし風も気持ちいい!自転車できたのは本当に正解だったと思うよ。何度でも来たくなるね」
「そうだね」
少し興奮気味の私を見て、大貴さんは嬉しそうだった。
交差点を曲がって直ぐの所に、目的のカフェはあった。
周りにの景色にマッチしたログハウス調の建物で、中に入るとおいしそうなコーヒーの香りが漂っていた。
お店はそんなに広くなくカウンター席と、テーブル席もいくつかあり、ちょっとアットホームな雰囲気だ。
ちょうど空いていた窓際の席に座ると、すぐにお水とおしぼりが運ばれてきた。
大きな窓の向こうには、先ほど自電車で走ってきた道が見えその向こうには海が広がっている。
外で見たのとはまたちょっと違って、建物の中に入ったことで外の音は遮断され、まるで音を消した動画を見ているようだ。
店内には、静かなヒーリング系のBGMが流れていて、とても心地よい空間で私はすぐにこのカフェが気に入った。
大貴さんはアイスコーヒー、私はアイスティー、そしておいしそうなケーキを注文し、話を始めた。
でも……、なかなか本題にはならない。
お互いのここに来るまでの経緯のこと、仕事のこと、好きな食べ物のこと、……まるで本題に入るのを拒むように、どちらからともなく違う話を続けた。
「祐太さんってホントに人懐こいよね」
「ああ、あいつは昔からあんな感じで……」
「祐太さんいなかったら、大貴さんともこうして話すこともなかったかも」
私がそういうと、大貴さんがふと寂しげな顔をした。
「……」
「あ、ごめん。大貴さんだけじゃ話さなかったていうんじゃなくて、あくまでもきっかけを作ってくれたって意味だよ」
「……うん。わかってるよ。本当にそれはそうかもしれない。あいつには感謝しなきゃだな」
一瞬気まずい空気が流れ、ちょっと余計なこと言ってしまったかなとすぐに反省した。
「祐太は、昔からいつもあんな感じで、物怖じする俺のこと引っ張っていってくれてたんだ。今回の体験留学のこともそうだし」
「そうなんだ。二人はいいコンビだね」
「助けられてばかりで、俺は祐太に何もしてあげられてない気がする」
「そうかな? 私にはわからないけど、きっと祐太さんも大貴さんに助けられてることたくさんあると思うよ」
「そうだといいけど」
「そうだよ。だって友達ってそういうもんでしょ? お互い知らない間に助けたり助けられたり、色んな面で支えあってるんだと思う」
本当にそれは見ていてもそう思った、正反対の二人はお互い持っていないものを持っていて、それでバランスが取れてるいい友達同士なんだと。
「そう、ところで、この前の話すって言ったことだけど」
大貴さんは、やっと本題に話を振った。
「……うん。くじ引きのこと?」
「そう。なんで入れ替わったかというとね……」
何を言われるか? 私は少し緊張しながら黙ってその続きを聞く。
「祐太は、俺が沙也ちゃんと一緒のグループになりたいんだろうと思って、あの時とっさにそうしてくれたんだ。なんでかって言うと……」
大貴さんは私の目をじっと見ながら話しを続ける。
いつも優しい表情のなのに、今はちょっと違う。
「沙也ちゃんは……」
「……?」
「沙也ちゃんはね、俺の初恋の人なんだよ」
「……えっ?」
(初恋? 私が?)
思わぬ言葉に驚いた。
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