第9話 ゆらぐ想い

 次の日は、昨日くじ引きで分けたグループはそのままで、作業する場所だけをを入れ替かわった。

「沙也さん。今日もよろしく。頑張ろうね」

 行きのバスの中、自然と大貴さんと隣り合わせに座る。

「はい!」

 気合を入れるように元気よく返事を返した。

昨日、変に意識していた自分の気持ちはとりあえず消去しよう。

彼は素敵な人だけど、あくまでも留学仲間。……友達。

そう……ともだち。


一晩寝て、変な感情をすべて払い除けた……つもりだった。


「今日も沙也さんと一緒のグループでよかった」

 大貴さんが、気を使ってかそんな風に言うので、私はまた内心焦った。

あくまでも友達四人の内の一人としてよかったって言ってくれるのだろう。

「え? あ、はい。私も。……でもどうせなら四人一緒だったらもっと楽しくなってよかった……ね?」

「俺は、沙也さんと一緒でよかった」

 大貴さんは小さく首を横に振ったあともう一度そう言うと、照れ臭そうに頭をかいた。

「ごめん。こんなこと言うと困らせちゃうね」

「えっと……」

 私はどう答えていいかわからず、大貴さんの顔をじっと見てしまった。

それに気づいた大貴さんは少し恥ずかしそうに視線をそらす。


(私と一緒でよかった……? 私といると楽しいって思ってくれてるのな?)

 

「私と大貴さんって。ちょっと感覚が似てるのかもね」

 だから、一緒でにいると楽だし楽しいんだろう。

「似てるのかな? ……そうだと嬉しいけど」

 大貴さんは一瞬そむけた顔をまた戻し私の方へ向きなおすと、嬉しそうに微笑んだ。

毎度その笑顔で、私の心が揺らぐ。

優しいその雰囲気に、心がホワッっと緩むような気がした。


「……俺ね、ウソつくの苦手なんだよね」

「それは……なんとなくわかるよ」

 大貴さんが嘘つけなさそうなのは、雰囲気でわかる。

きっと、怒られるとわかっていても正直に言っちゃうタイプなんだと思う。


「それでね。一つ言っておきたいことがあって、でも、他の人には内緒にしておいてほしいんだけど」

「え? 何?」

 大貴さんが何を言おうとしているのか、さっぱり予測が出来なかった。

「実はね……」

 そう言いながら、バッグの内ポケットからガサゴソと小さな紙を取り出した。

「あ、これって」

 それは、昨日グループ分けした時に引いたくじ引きの紙だ。

くじ引きには「A]と「B」と二種類書いてあり、その引いたくじでグループを分けられた。

私達は「A」のグループで、二日間は一緒に作業をすることになっている。

 大貴さんはその紙を、手のひらで覆って私だけに見えるようにそっと差し出した。

「え?」

 なぜか、その紙には「B」と書いてあった。

「ホントはね、祐太がAで俺がBだったんだ」

 大貴さんは、小さな声で私にそう告げた。


 昨日の朝、くじ引きを引いた時、祐太さんが――

『じゃあ俺が瑞樹ちゃんと一緒で、大貴が沙也ちゃんと一緒だ。』

 と言った。

そういえばその時、大貴さんちょっと驚いたような顔していた。

「このことが昨日から気になって。ちゃんと言っておこうって思った。ごめんね」

「ううん。別に謝ることでもない気がするけど、でもどうして?」

「それは……」

「あ、わかった!祐太さんが、瑞樹ちゃんと一緒がよかったんだ!」

「え、いや……」

「なんだ、そういうことか」

 二人で、少し顔を寄せ合いコソコソと話を続ける。

「あのね、ここだけの話だけど、瑞樹ちゃん祐太さんのことがちょっと気になってるみたいなの。祐太さんもきっと瑞樹ちゃんのこと……? っていうことなら、きっとうまくいくねあの二人」

「え? 瑞樹ちゃんが?」

「そうそう」

「へーそうなんだ。あーでもそうじゃなくて……」


(――え? 違うの?)

 私はてっきり祐太さんが、瑞樹ちゃんと一緒になりたくてそうしたのだと思った。

「祐太は俺のこと思って気を利かせてくれたんだ」

「大貴さんのこと思って?」

 大貴さんは、コクリと頷いた。

「そう。俺のこと思って」

 それはいったい……。

「どういうこと?」

 思いもしない展開で、まだどういうことなのかちゃんと理解できてない。

「俺が、沙也さんと一緒のグループになりたいだろなって思ってくれたみたいで」

(……それは今の話の流れで、なんとなくわかるんだけど)

 聞きたかったのは、なぜ大貴さんが私と一緒がいいのかなという部分であった。

 ちょっと鈍感な私でもその理由はすぐに察した。

「あのっ」

「ごめんね」

 真相を聞こうとした時、バスが作業をする畑に到着した。

「あ、着いちゃったね」

「うん」

「あ……祐太さんと大貴さんが入れ替わったことは、誰にも言わないから安心して」

「ありがとう。あとでちゃんと詳しく話すね」

 そう言われ、私は少し戸惑う。

(後で詳しく話す内容って……もしかして、そういうことなんだろうか? それとも、私の考えすぎ?)

 内心動揺していたけど、周りの人の目もあったので私はできるだけ平静を装う。

「わかった」

「じゃあ。またあとで」


 昨夜、変な意識を消去したばかりなのに、また変な意識が蘇ってしまう。

私と一緒でよかったと言ってくれた言葉は、正直嬉しかった。

そして私も大貴さんと一緒で嬉しいと感じた。

でも、それが恋愛感情なのかどうか……肯定も否定も出来ない。

 詳しく何を話してくれるのか、気になって仕方なかったが、結局この日は周りの人と一緒にいることが多く二人の内緒話の続きはできないまま終わった。


 そして、次の日からは民家に宿泊するカリキュラムで、男性と女性とそして夫婦のグループに分けられてしまい、三日間男性陣とは会えなくなってしまった。

大貴さんとの内緒話も、おあずけのままだ。

 女性陣は、私と瑞樹ちゃんを入れて五人。宿泊をさせてもらたった家は、農家を営んでいる家だった。

古びた昔ながらにお家で、ドアを入ると、急に空気が変わった。

広い土間がありその横には広い和室が繋がっている、とても風情のある作りだった。

土と囲炉裏の炭の匂いが漂い、どこか懐かしいような、落ち着く空気が流れている。

「わぁ、素敵」

 瑞樹ちゃんが、この昔ながらの作りに感激している。

「本当だね。すごく落ち着くよね」


「はいはい、どうぞ、おあがりください」

 家主のおばあさんが、私たちを招き入れる。

「お世話になります」

 みんなで声をそろえてそう言いながら靴を脱いだ。

「私はこの家に住んでいるトキコです。みんなには、トキさんって呼ばれてるから、あなた方もよかったらそう呼んでくださな。こんな農家の古いお家で、ごめんなさいね」

「いえいえ、本当に素敵なお家ですね。こんな素敵なお家に泊まれるなんて、今すごく感激してます」

 瑞樹ちゃんはこの昔ながらの家が、とても気に入ったようで目をキラキラさせながら部屋中をくまなく見渡している。

「こんな田舎でも、今はね、電気も水道も通ってて、特に不便っていうことはないんだけど、あえて、昔ながらの生活をするというが、都会の人たちには喜んでもらえるみたいだら……」

 そう言って、トキさんが見せてくれたのは、釜戸の横にある炊飯器だった。

「えっ?」

 みんな、その存在に思わず苦笑してしまった。

「でも、今日はせっかくなので、この釜戸でみんなでご飯炊いて食べましょうね」

 トキさんが言うには、一人の時は炊飯器でご飯を炊いているのだけど、こうやってお客を招く時は釜戸でご飯を炊いて、もてなしているということだった。

「こういうのはね、たくさん作る時じゃないと」

 なるほどね、一人分を釜戸で炊くのは効率的が悪くきっと大変だろう。

「私達みたいに、時々やってくる客人のためにこうやって釜戸を残してあるんですね?」

「そうね。本当は釜戸で炊いた方がおいしいのはわかっているのよ。だから、みんながこうやって遊びに来てくれるのがちょっと楽しみでもあるの」

 年を重ねたトキさんの笑顔が、とても穏やかで私たちも心が和んだ。

「私、いつかこういうお家に住みたいです」

 瑞樹ちゃんが嬉しそうな顔して言った。

「あらそう? まぁ、若い人がそう言ってくれるのは嬉しいわ、でも色々それなりに大変よ。古い作り家はね隙間風もふくし」

「全然そんなの大丈夫です」

 この家の雰囲気が、瑞樹ちゃんにはかなりツボらしい。

「いつか、住めるといいわね」

「はい!」

 トキさんはこの町では、古民家再生の活動も行われているということも教えてくれた。

「そうやって、この街にもまた若い人が集まってくれると嬉しいわ」

 トキさんは、私たちにお茶を入れた湯飲みをひとつずつ配る。

少し苦かったけど、香りが高い美味しいお茶だった。


 しばらく、雑談をした後早速この家の手伝いを始める。

まずは、掃除、それから畑で取ってきた野菜の袋詰めなど……。

そのあとは、田舎風の総菜作りを教えてくれた。

明日は布草履作りと、自家製味噌の作りのワークショップをここですることになっていた。毎日が、初めて体験することばかりで、すべてが新鮮で楽しくしかたない。

自分たちで、釜戸で炊いたご飯や手作りの総菜も格別に美味しかった。


 夜、広い和室にみんなでお布団を並べて敷く。

私は瑞樹ちゃんと隣同士に並べて敷き、床についた。

「瑞樹ちゃん、こういう家に住みたいって言ってたけど」

「……?」

「いつか、祐太さんとこういう家に住めるといいね?」

「えっ? もう沙也さん冷やかさないでください」

 そう言って、瑞樹ちゃんは恥ずかしそうにお布団にすっぽりもぐりこんだ。

「だって祐太さん言ってたじゃない。いつか田舎暮らししたいって」

「あ……。そう言えばそうでしたね。でも、まだ私の片思いだし……」

 お布団にもぐりこんだまま、モゴモゴと答える。

「応援してるからね。祐太さんと上手く行くように」

「沙也さんが変なこと言うから、ドキドキして眠れなくなっちゃうじゃないですか」

「ふふっ、妄想するのも楽しいじゃない? 早く寝なきゃね。明日も早いし」

 明かりを消した部屋に、障子越しの窓から月の灯りがこぼる。かすかに聞こえる風に揺れる木々の音。田舎の雰囲気をたっぷり感じながら私たちは眠りについた。

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