第6話 敬語禁止
「皆さんお疲れ様です。お昼ごはんの準備が出来ましたのでこちらへどうぞ」
一仕事終わった頃、畑のスタッフの方が大きな声でみんなを呼んだ。
今日のお昼ご飯は外。
畑の横の木陰にテーブルと椅子が用意してあり、そこにおにぎりと少しのおかずそして、お椀に入ったお味噌汁が並べてあった。
汗を拭きながら空いてる席に座ると、大貴さんもやって来てさりげなく私の横に座った。
「お疲れ様」
「お疲れ様。えっと……」
ただ何気に横に来て声かけてくれただけなのに、変に意識してしまいそうになる。
「……?」
そんな私を見て大貴さんが、首を傾げた。
(違う違う。何でもない。ただ横に来て普通に話しかけてくれただけだから)
と自分に言い聞かせ平常心をよそう。
「えっと……上手にできましたか?」
とりあえず、さしさわりのないことを聞いてみた。
「ああ、最初はちょっとへたくそだったけど、だいぶん慣れてだんだん植えるスピードも速くなってきましたよ。俺なかなか素質があるかも」
そう言って大貴さんはクスっと笑った。
「私もだいぶん上手になりましたよ。土を触るのって久々でちょっと戸惑ったけど、やっていく内に不思議と集中できて……」
「こういう作業って、無心になれるっていうのがいいですよね」
「そうですね」
……でも私は、途中は”無心”でなかった気がする。
「いただきま~す」
並べてあったシンプルな塩おにぎりを私たちは一口食べて、同時に顔を見合わせた。
「美味しい!」
「うん」
味付けは塩だけのおにぎりが、こんなに美味しいなんてちょとした感動だった。
お野菜たっぷりのお味噌汁も食が進む。
太陽がだいぶん高い位置に昇ってきて、空も景色もまぶしさを増す。
そよそよと心地よく拭いてくる風を感じながら、二人で”美味しい”を何度も繰り返しながらお昼ごはんを平らげた。
「私……」
「……?」
「……さっきバスの中で聞かれた……」
私が話を切り出すと、
「あ、もういいですよ。変なこと言ってしまってごめんなさい」
大貴さんはそう言いながら優しく微笑んだ。
私は小さく首を横に振る。
「隠しておきたいとかじゃなかったんですが、あえて言うことでもないかなって言わなかっただけでなんです。……失業中なんです。ただそれだけの事」
突然会社が倒産したことや、やりがいを持ってしていた仕事を失ってしまって何もやる気が起きなくなってしまったことなどを、詳しく話した。
「それだけ、苦しかったんですね。でも、自分を責めちゃだめですよ。誰だってずーっと続くと思っていた日常を突然奪われてしまったら、どうしたらいいかわからなくなると思います」
大貴さんの声がとても優しく、心に響く。
「ありがとうございます」
言われたように私は、次に向かってなかなか動き出せない自分を責めていた。
「もしかしたら、それを誰にも言えず、一人で抱え込んでいたんじゃないですか?」
「……」
私は黙ってうなずくと同時に、急に胸の奥からぐっと何かがこみあげてくるものを感じた。
私は、早くこの状況を何とかしなくてはと思いながらも、全然前進できない自分を恥ずかしく思っていたのかもしれない。
この一瞬に色んな思いが頭の中をぐるぐると駆け回る。
「慌てずゆっくりでいいと思います」
「はい。……そう言ってもらえるだけで楽になります」
「沙也さんは何も悪くないから」
そんな優しい言葉にさらに胸が熱くなる。
(やばい。泣きそう)
「……ありがとうございます」
泣きそうになるのをぐっと抑えながら、そう答えるのが精いっぱいだった。
大貴さんとは、そのあとはあまり話す時間もなく、一日の作業を終え宿泊場所のホテルへ帰った。
へとへとに疲れてはいるけれど、仕事をやり終えたという爽快感もあった。
「沙也さんお疲れ様!」
先に帰ってきた、瑞樹ちゃんと祐太さん達がロービーのソファーでくつろいでいたが、私の姿を見つけるとすぐに立ち上がり走り寄ってきた。
「瑞樹ちゃんもお疲れ様。……どうだった? いっぱいお話できた?」
「それが……」
そう言いかけた時、祐太さんが元気よく手招きをした。
「ジュース買っといたよ!一緒に飲もう!……ほら、大貴もこっちこっち!」
私たちと、少し離れたところにいた大貴さんはその声に呼ばれ集まった。
「また、後で話しますね」
小さい声でそう言う瑞樹ちゃんの様子は、決して上手くいった感じではなかった。
「お疲れお疲れ!はい。ジュース!」
祐太さんが買ってくれていたジュースを、ポンポンとテンポよく配る。
「ありがとうございます。祐太さんお元気ですね? 疲れてないんですか?」
「俺? まぁ疲れってるっちゃー疲れてるけど。なんか楽しかったから」
一日中外の作業して、疲れてているはずに、祐太さんは全くそんなそぶりを見せない。
それを聞いた、大貴さんがクスクスと笑う。
「祐太は、狂人的な体力の持ち主なんですよ。こいつのバイタリティーについていくのはいつも大変なんです」
「そうなんですね」
「狂人的って、もうちょっと言い方ひどくない? ……ていうかなんでまだ敬語? もう友達なんだしそんな堅苦しいしゃべり方やめようよ」
「お前だけだよ。誰とでもそんなにいきなり馴れ馴れしく話できるのは」
「えー、ダメなの?」
「ダメじゃないけど、お前みたいにみんながみんな急にはそうなれないって」
「いいじゃんいいじゃん。この四人はもう友達ってことで、そんな堅苦しいしゃべり方はやめよ。タメ語でいこ」
「だから……。ああ、なんかすみません」
大貴さんが申し訳なさそうに私たちの顔を見た。
「あ、いえ」
「私も、祐太さんに賛成です!」
祐太さんをかばうようにそう言ったのは瑞樹ちゃんだ。
「せっかくこうやって、仲良くなれたし、その……もっと仲良くなれたれたらいいなって思います。だから……」
「だよね。瑞樹ちゃん。じゃぁ、まず瑞樹ちゃんも敬語をやめよっか」
「あ、はい。わかりました」
賛成したわりには、敬語のままの瑞樹ちゃんがおかしくってみんなで笑った。
夕飯までまだ少し時間があったので、祐太さんの”敬語禁止令”に従い、私たちはちょっとぎこちなさもあったけど、ワイワイと友達談義を交わした。
祐太さんと大貴さんのコンビは絶妙で、話も面白く何度も笑わせてくれる。
楽しくって、時間がたつのを忘れてしまいそうだった。
今までいた職場には同世代がいなかった私は、こんな雰囲気も久しぶりで、それがとても嬉しく感じる。
そろそろお腹すいたなと思いながら、ふと視線をロビーの大きなガラス窓の方に向けると、そこからも少し遠くの海が見えた。
その海が、沈みかけている夕陽で赤く染まっていた。
(わぁ……綺麗)
気が付くと、さっきまで賑やかだった四人はみんな無言になり、ゆっくりゆっくり水平線に沈んでいく夕陽の美しさにしばらく見惚れていた。
その情景を見ていたら、何とも言えない感情が胸の奥から湧き出てきて、なぜか目頭が熱くなってきた。
(やばい。どうしてかな……)
人は美しいものを見ると、感動して涙があふれてくるんだと、前に見たテレビで言っていた。
その時はピンとこなかったけど、それがこういうことなのかと今はわかる気がする。
(これがその感動というものなのかな……?)
私の斜め前にいた、大貴さんの頬も夕陽の色に照らされていた。
よく見ると、その瞳が少し潤んで、夕陽に照らされきらっと光って見えた。
(あれ? ……涙?)
斜め後ろからだったので、顔の表情は、はっきりは見えなかったが、もしかしたら私と同じように、感動してあふれ出た涙なんだろうか?
「綺麗だな……」
大貴さんが前を向いたまま小さくつぶやく。
「本当に、こんなに綺麗な夕陽を見たのは初めてかも」
私がそう言うと、大貴さんは小さく頷いた。
窓の方を向いたままだったけど、まだ瞳がまだあふれた涙で、潤んでるいるのがわかった。
その瞬間、私の中心を貫くように、何かがほとばしった。
(あっ……)
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