第5話 優しい笑顔

 振り返ると緊張した顔の瑞樹ちゃんが立っていた。

そっと私は祐太さんと大貴さんに背を向け、瑞樹ちゃんにそっと顔を近づけ

「よかったね」

 と小声でエールを送った。

「え、え、え! どうしよう」

 戸惑いながらも嬉しそうな瑞樹ちゃん。

「大丈夫だよ。いっぱいお話しするチャンスよ」

「ち、ちょっと緊張するけど、頑張ってみます!」

 さっきは私と一緒がよかったと言っていた彼女だけど、きっと今は祐太さんのことで頭がいっぱいに違いない。

「頑張って」

 私はそう言って瑞樹ちゃんの肩を軽くはじいた。


 向きを祐太さんと大貴さんの方に戻すと、何やら二人もコソコソと話していた。

「……?」

 私の視線に気づき、すぐに二人は何事もなかったように笑顔でこっちを見た。


「じゃ瑞樹ちゃん行こう!」

「ハ、ハイ!」

 先に歩き出した二人の後に続き、私も大貴さんと並んで外へ出た。


 宿泊場所から畑までのマイクロバスでに乗り込む。

窓越しに、もう一台のバスに乗り込んだ瑞樹ちゃんに

”がんばって”

っと声を出さずに口の動きだけでエールを送った。

瑞樹ちゃんはニコニコと照れ臭そうな笑顔でうなずいた。


「沙也さん……。僕は祐太みたいに、テンポよく話が出来なくってつまらないかもしれないけど、すみません」

 バスが出発して、しばらくお互い無言だったが突然大貴さんがそう話し始めた。

「祐太は、誰ともすぐにフレンドリーに話せるんだけど、俺は……」

 前を見たままの大貴さんの横顔はちょと緊張しているようにも見えた。

(やっぱり、シャイな人なのかな……)

「そんなことは気にしないでください。私も……。私も知らない人と話すの苦手だし、実は、今もちょっと緊張してます」

「え……?」

 大貴さんが、ゆっくりこっちを向きちょっと嬉しそうに微笑んだ。

「そうなんだ。じゃあ、一緒だね」

 

(優しい笑顔だな……)


 昨夜、初めて話した時もそう思った。

元気で明るい祐太さんも話しやすいけど、自分と同じペースの大貴さんも話しやすそうだなと感じた。それに、笑顔がとても優しい。

「大貴さんは、この田舎体験留学に参加した理由って、なんとなくって言われてましたよね」

「あぁ、はい。お恥ずかしい話、皆さんのような熱い思いとか、目的とかそういうのがなくって、ちょっと申し訳ないような感じなんだけど」

 大貴さんは右手でクシャっと頭をかく。

「申し訳ないだなんて……。そんなこと。みんなそれぞれでいいと思います。私もちょっと気取った感じで、”何かを見つけられたら”なんて言ったけど、どっちかというと大貴さんと同じような感じだから」

 私も特に明確な目的があったわけではなかった。

しいて言えば、失業中の鬱々とした気分転換……。

「沙也さんの……」

「?」

「あ、いや、やっぱいいです」

 大貴さんは何かを聞きたそうなのにためらう。

「私の?」

「ごめんなさい。今のは忘れてください」

「えっと……」

 (何を聞きたかったのかな?)

 私は首をかしげる。

「そうですよね……こんな風に言ったら気になりますよね。ごめんなさい」

 困ったなという顔して大貴さんが言葉を続けた。

「あの時……沙也さんが自己紹介された時、”事情で時間が出来た”って言われた”事情”ってなんだろうってちょっと気になったもんだから、つい。いやホントすみません」

 大貴さんは、また頭をクシャっとかきながらペコっとと頭を下げた。

「そんなのいちいち聞かれたらいやですよね。……なので忘れてください」 

 ちょっと焦り気味の大貴さんを見て、私は思わずクスっと笑った。

「私なんかの事情を気にしてくれて、ありがとうございます」

 絶対に秘密にしたいわけでもなったので、”事情”を説明しようか思ったその時、

「それでは、皆さん到着です。段取りは畑に専門のスタッフがいますのでそちらで案内します」

 運転手さんのバス到着を告げる声が響き、私たちの会話はそこで途切れた。

「あ……」

 (また、話すタイミングあるだろうから、その時でいいかな)


 バスを降りると、朝のクリアな風が頬をかすめる。

目の前に広がる広い畑。ほんのりと漂う土の香り。

透き通るような水色の空を、数羽の鳥が向こうの山に向かって飛んでいくのが見えた。

絵に描いたようなこの田舎風景にしばし見惚れる。

ふと見ると、ただ黙ってその風景を眺めている大貴さんの後姿があった。

「気持ちいいですね」

 そっと近づき後ろから声をかけてみたら、

「そうですね」

 大貴さんはそれだけ答えて、両手を広げて大きく深呼吸をした。

私も真似をして、両手を広げ深呼吸してみる。

「空気が違うと、気分も変わりますね」

 大貴さんは振り返りながら、両手を広げたままの私を見て優しく微笑んでくれた。

(あ……。やっぱりこの笑顔……癒される)

 急に胸の奥がざわめくのを感じる。

 それが何なのか、私はまだ気づいてなかった。


 今日は苗の植え付や、すでに育ち始めている野菜の間引き作業などが与えられた任務だ。

植え付ける野菜の特性や、植え付け方の説明を詳しく聞いた後早速それぞれの担当の場所につき作業を始めた。


 土を触るのは何年ぶりだろう。

慣れない手つきで、苗を一つずつ植えこんでいく。

綺麗に耕された土は、ほくほくとした感じで柔らかく気持ちいい。

土の触り心地良さを感じながら、しばらく無心で作業を続ける。

単純な作業をもくもくと続けると、気持ちが集中できて雑念を捨てられる。

失業中で、少し心が病み気味だった私にとっては、ちょうどいい感じのストレス解消になるのかもしれない。

 どの位時間がたったのだろうか、畝一列分を終わった頃ふと顔を上げて周りを見渡してみた。

みんな決められたそれぞれの畝に、一生懸命植え付けをしてる。

笑顔で楽しそうにやっている人もいれば、慣れない作業に必死な顔している人もいる。

(みんな頑張ってるな~)

 ちょっと先の方に、作業をしている大貴さんの背中が見えた。

ふと、バスの中で話した大貴さんの言葉が蘇ってきた。

『そうなんだ。じゃあ、一緒ですね。』

 あの時、”一緒ですね”というフレーズがなぜか嬉しかった。

まだ、そんなに話したわけではないけど、確かに感覚が似てるのかもしれない。

 そういえば、昨日、瑞樹ちゃんがこんなことを聞いてきた。

『どっちがタイプですか?』

 あの時は、私はそういうつもりで二人を見ていなかったので答えに困った。

でも、今その言葉を思い出して、胸の奥のざわめきが大きくなる。

(……。あれ? ……? ナニ?)

急に意識しだした私は一人でソワソワする。


(もう、瑞樹ちゃんが変なこと聞くから……)

 大貴さんがタイプの人なのかと言われても、正直わからない。

私の恋愛モードのスイッチはずっとオフだったから、本当に瑞樹ちゃんの問いが意表すぎて明確な答えは見出せなかった。

どういう人がタイプとか、そういうのはここ最近考えたことない。

そもそも、ここに来た目的も全く違うし、そういう期待はみじんもなかった。


 しゃがみこんで作業をしていた大貴さんが立ち上がり、おでこの汗を拭う。

(でも……)

 あえて言うなら”嫌いではないタイプ”だとは思う。

テンポとか、空気感とか……優しい笑顔とか。


「感じのいい人そうよね?」

「!?」

 後ろから急に話しかけられて、思わず肩ががビクンとなる。

振り返ると、一人の女性がニコニコしながら私を見ていた。

田舎に移住を考えている田中ご夫妻の奥さんの方だ。

「彼のこと、気になるの?」

「あ、いえ」

「そう? ……さっきからずーと彼のこと目で追ってるから」

「え? たまたまです。みんな頑張ってるなーと思って」

 突然の指摘に焦って、思わずごまかしてしまった。

田中さんはクスっと笑って

「そうね」

 といって、苗を一つ土に植える。

「彼もね……」

 田中さんはちょっともったいぶったようにして言葉を止めた。

「……?」

「彼も……。さっき立花さんが一生懸命植え付けやっているのを、嬉しそうな顔して見てたわよ」

 それには全く気づいてなかった。 

「え? 私のことを? ……いや、きっとそれもたまたまですよ」

 またごまかそうとするも、動揺してるのがきっとバレバレだ。

「ふふ。そうなのかな。若いっていいわね」

 田中さんは、ちょとからかうような顔して笑い、また苗を一つ植え始めた。

私も足元の土に視線を戻し、植え付け作業に戻る。

動揺しているせいか、さっきまでちゃんとできていた植え付けがうまくできず、ちょっと斜めになってしまった。

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