第4話  恋の始まりの告白

「いや…どっちって言われても……そんな風に思って見てなかったから」

 答えに困ってる私にかまわず、瑞樹ちゃんは話を続ける。

「私もそんなつもりじゃなかったけど、なんか名前を呼ばれた瞬間なんか体の中心にビビビッって走って……」


(そうか、それであの時急に様子が変わったんだ。それって、もしかして……。)


 瑞樹ちゃんの表情がとてもキラキラしている。

そして、内緒話をするように、私の耳元に手を添えて

「私は断然、祐太さん」

 そう言いながら、瑞樹ちゃんの頬が赤くなっているのがわかった。

「やだ。どうしよう。ドキドキする……」

「瑞樹ちゃん、それってつまり……?」

「たぶん……ヒトメボレ……かな」

 そういうと瑞樹ちゃんは、恥ずかしそうに両手を頬にあてた。


 突然の恋の始まりの告白に、私はちょっと驚いたけれど、乙女チックにときめいてる瑞樹ちゃんは、とても嬉しそうでそれを見ている私もなんだか嬉しくなった。

まるでよくそんな話で盛り上がっていた学生時代に、戻ったかのようだ。

「そうか~。ふ~ん。その恋が実るといいね。応援するよ」

「ヤダーなんか照れるー。でもまだ彼のこと何も知らないし、彼女がいるかもしんないしー。あーいるのかなーいないのかなー。聞くのも怖いなぁ」

 一人で悩みながら体をよじる瑞樹ちゃんの姿が、おかしくってつい笑ってしまった。

自分は恋愛なんてもう懲り懲りって思っているのに、不思議と人の恋愛話は嫌じゃない。

むしろ、盛り上げてあげたくなる。


 でも……まだ彼らのことは何も知らない。

「明日から毎日一緒だから、色々聞いて見なきゃね」

「うーん。恥ずかしくって聞くの勇気いるなぁ……。たとえ片思いでも、誰かを好きになるっていうこの感覚が久々で、それだけでも今なんかちょっと楽しいかも」

「人を好きになる感覚か……」

 かくゆう私も彼氏いない歴はだいぶん長い。

私も、誰かを好きになるということちょっと忘れかけていた。

あの日以来、人を好きになるのを辞めた。

それに、仕事もずっと忙しかったし、その忙しい仕事にこの何年間か生きがいを感じて過ごしてきた。


(恋愛って……どうやってするんだっけ?)

 そんなことも分からなくなっていた。


 職場でを必死で働いた頃の自分の姿が頭をめぐる。

周りには、私よりだいぶん年上のオジサンたちばかりで、上司も年の離れた女性だった。

みんな既婚者で、そこに「恋愛」という文字は存在しなかった。

 よく、冗談で「彼氏はいるの?」とか、「いないなら早くいい人見つけなさい」などと茶化されたたことが何度かあった。

 それが面倒で、最後には「彼氏はいます」と大ウソをついたこともあった。

それでも、周りはそんなに私に興味があるわけでもなく、ただ話のネタとして言って来るだけというのも感じていた。

 それ以上深く聞いてくる人もいなかったから、それはそれで正直助かってはいた。


 なぜ、人は人を好きになってしまうのだろ……。


そんな哲学的疑問にちゃんと答えてくれた人はいない。

愛し合うことは幸せなはずなのに、ある日それが壊れ深く傷つく。

正直、疲れるし、だったら最初から人を好きにならなければいいと、そう思っている。

それに誰かとお付き合いするとかよりも、仕事の企画をあれこれ考えている方がだんぜん面白かった。


 いつの間にか、どっぷりと仕事人間になっていたことに改めて気が付く。

キャリアウーマンと言えばかっこいいのかもしれないけど……。

会社がこんなことにならなければ、何も思わず当分はそんな生き方を続けていたんだろうと思う。


「大事なこと聞くの忘れてました。沙也さんって彼氏いるんですか?」

(あぁやっぱりそれ聞くよね……。)

「沙也さんは素敵だから、います……よね?」

「あ、いや。それが……。いない……の」

「そうなんですね。じゃあ私と一緒ですね」

 屈託のない瑞樹ちゃんの明るい口調と笑顔が、妙に救われる気がした。

「お互い、いい彼氏見つかるといいですね!で、祐太さんと大貴さんどっちがタイプですか?」

「えーだから、それは二人のことそんな風に見てなかったし……。今は恋愛をする気はあんまりなくって」

 本当にそれはそうだった。

私の頭の中では、恋愛よりも今は次の仕事を見つけることが優先順位が上だ。

「どうして、どうして?」

「ん~。今はそういう気分になれないというか」

「ふう~ん。そうなんですね。でも、沙也さん素敵だからきっといい彼氏見つかりますよ」

「……。いつかそんな人と出会えたらね」

「きっと現れますよ」

 恋愛に積極的な瑞樹ちゃんに対して、私はかなり消極的だ。

でも、この前までの私ならこんな話さえうっとおしいと思ってたのに、なぜか今はそんなに嫌な気はしなかった。

いつもと違う新鮮な環境と、ピュアな瑞樹ちゃんのエネルギーのおかげかもしれない。


 瑞樹ちゃんと、しばらく話して自分の部屋に戻り、すぐにシャワーを浴びてベッドに滑り込んだ。

今日から同じ仲間になった留学生の人たちの顔を、一人ずつ思い浮かべながら名前を思い出していく。

(いっぺんには覚えきれなかったなぁ。)

今思い出せない人も、この二週間一緒にいれば覚えられるだろうか?

壁側にある棚の上においた名札が目に入る。

(やっぱり、この名札は重要な役割があるな。)

これがあれば、すぐに覚えられなくても大丈夫だろうと少し安心する。


今日、確実に覚えた名前……。

"中田瑞樹ちゃん”

そして

"田所祐太さん”

”三山大貴さん”

三人の顔を思い浮かべながら、顔が思わずほころんでいいる自分に気づく。

(みんないい人ばかりで、良かった……。)

 そんなことを考えている内に、私はすぐに眠りに落ちて行った。



――そして翌朝。

賑やかな小鳥たちのさえずりで目が覚めた。カーテンを開け、窓の外を見てみる。朝の空気は澄んでいるせいか、昨日よりさらに海がきらめいてるように見えた。この景色を見れるだけで、幸福感を感じる。

今まであんまり感じたことのない 、この清々しさ。

心が洗われるってよく言うけど、こういうことを言うんだろうなと思った。


(よーしがんばろっ!)

 

いよいよ「田舎体験」本番。初日は近隣の畑の作業だ。

瑞樹ちゃんと廊下で待ち合わせ、集合場所のロビーへ向かった。

「動きやすい服だって言われたから、これが用意してた服なんですけど私ダサくないですか?」

 汚れてもいい格好でという、指示だったのでみんな用意してきたTシャツやジャージを着てきている。

瑞樹ちゃんは、昨日一目惚れしてしまった祐太さんのことを意識してか、見てくれを凄く気にしている。

「ダサいとかダサくないとか、この状況でそういう目で見る人いないだろうし……。それに、どんな格好してても瑞樹ちゃんはかわいいから大丈夫だよ」

「うーん。そんなセリフは出来れば彼から言われたいかも」

 ちょっと口をとがらせながら、にやける瑞樹ちゃん。

「あら。それはそれは、私が彼じゃなくてごめんなさい」

「でも、沙也さんに言われても嬉しいいです。さ、急ぎましょ!集合時間に遅れちゃう」

 そう言うと瑞樹ちゃんは、そそくさと先に歩いて行ってしまう。

(あれ、もしかしてテレてる?)

 そんな瑞樹ちゃんは女子らしいし、しぐさも本当にかわいいと思った。

きっとこんな子が、男の子にもモテるのかもしれない。私にはない愛らしさだ。

「あー待って置いていかないで~」

 私も、小走りで瑞樹ちゃんを追う。

「早くー集合時間過ぎちゃいますよー!」


 集合場所のロビーに行くと、すでにほとんどの人が集まっていた。

今日は二グループに分かれるらしく、箱に入ったくじ引きでグループ分けをすることになっていた。


私が引いたくじは、「A」

瑞樹ちゃんが引いたくじは「B」


残念ながら、今日は彼女とは別のグループになった。

「沙也さんと一緒がよかったな~」

 瑞樹ちゃんは少しすねたように、口をとがらせながら残念がった。


「二人はどっち~?」

 元気な声で近づいてきたのは、祐太さんと大貴さんだ。

「えっと、私はAで瑞樹ちゃんがBです」

 私がそう答えると

「じゃあ僕が瑞樹ちゃんと一緒で、大貴が沙也ちゃんと一緒だ」

 と祐太さんが手に持ったくじ引きの紙を見ながら言った。


「えっ……?」

 その時、大貴さんがちょっと驚いた顔をしたように見えたが、構わず祐太さんが続ける。

「じゃ、瑞樹ちゃん一緒に行こう!沙也ちゃん、大貴のことよろしくね。レッツゴー♪畑~♪いや~初めての畑仕事!楽しくなりそうだね~!」

 朝からハイテンションの祐太さんのペースに、若干ついていけない感が否めない。


 「……ったく」

 大貴さんも、祐太さんのペースについていけないのか、少し困った顔をしていたが、少しうつむいたままクスっと笑った。


 大貴さんが一瞬見せた困ったような顔の理由を知ったのは、もう少し後だった。

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