第3話 心地よい仲間

 全員自己紹介が終わった頃、

「すみません。これをお渡しするの忘れてました」

 そう言ってスタッフの男性が名札を配り始めた。

「この留学中、この名札をつけていただくようによろしくお願いします」

 ネームプレートでなくて、名札。

それもなぜか、小学校の名札のような形のものだった。

「俺たち小学生扱い?」

 三山さんが冗談ぽっく言った一言に、みんながどっと笑った。

「いえいえ。これはちょっとした遊び心で、このデザインになりました。えっと、名札はやっぱりあった方がいいかと思いますし……」

 そう言いながらスタッフの男性は一人一人に名札を渡していく。

「まず、お互いお名前覚えていただきいというのもありますし、体験をしてしていただく時に、スタッフや講師にもお名前がわかりやすいように……」

 真面目に必死に答えようとしている様子がまたおかしくて、みんなクスクスと笑う。


「皆さん、名札忘れないように必ずつけてくださいね~」

 田所さんがわざと、学校の先生のような口調で言った

「はーい。先生」

 今度は三山さんが、生徒役になって返事をした。

「はい。大貴君いいお返事ですね~」

 そんな二人のおフザケのやり取りの声で、みんながクスクス笑ってしまう。

おかげでみんなのさっきまでの緊張感がすっと解け、その場の空気感がフワッ和んだ気がした。


「それでは、皆さまお食事が覚めないうちにどうぞ召し上がりください」

 留学中はアルコール飲酒は原則禁止。

というわけで、みんなウーロン茶で乾杯し、初めての夕飯の時間を開始した。

(みんないい人そうだし、なんか楽しい)

 最初は、知らない人ばかりと過ごすことに少し不安があったが、参加者の人たちの雰囲気がとてもよく、そんな不安はすぐに消える。

 土地の産物を使った食事もとてもおいしく、お野菜を何種類も使ってあり身体にもいい気がする。普段なかなか作らないような料理ばかりで、新鮮でおいしく、それをみんなと話しながら食べる時間が楽しくて、心も満たされていく気がした。


「あー美味しかった。ごちそうさまでした」

 綺麗に空になったお皿の前にお箸をおいた頃、一人の女性が私の席の所にやってきた。

「立花さん、お一人での参加ですよね。私も一人で参加してます。たぶん年齢も同じくらいじゃないかなと……。よかったら、仲良くしてください」

 ショートカットの似合う、ちょっと元気のよさそうなかわいい女性だ。


 その女性は、自己紹介の時に中田瑞樹みずきさんと名乗っていた。

たぶん同じ年くらいの女性だ。実は私も彼女のことが気になっていて、あとで声かけてみようかと思っていた。私が行く前に、向こうから来てくれたのがちょっと嬉しかった。

「声かけてくれてありがとう。よろしくお願いします」

 年齢を聞くと私の方が2つ上だった。

「立花さんのことは…沙也さんと呼んでもいいですか?」

「はい。あ、じゃあ中田さんは…瑞樹ちゃん?」

 瑞樹ちゃんは嬉しそうに頷き、顔を見合わせ2人でくすっと笑った。

「あーよかった。参加中ずっと独りぼっちじゃ不安だなって思ってたんです」

 瑞樹ちゃんがほっとした様子で、頬を緩ませた。

それは、私も同じように思ってた。

「一人で参加するのって、その辺考えちゃうよね」

「そうなんですよね。勇気出して沙也さんに声かけてよかった」

 その後二人でしばらく、住んでいる所やここに来るまでの経緯などを話した。

(明るくてかわいい笑顔、そして程よい話のノリとテンポがいい子だなぁ)

 彼女の嫌みのない明るい話し方と全体の雰囲気が、私にはなじみやすく、すぐに打ち解けあえ話が弾んだ。


しばらく話していて、気が付くと、周りの参加者の人たちがポツポツ部屋に帰り始めていた。

「私たちもそろそろ、部屋に戻りましょうか?」

「そうだね。明日朝早いしね。早めにお風呂入って寝なきゃ」

 話は尽きなかったけどこの辺で切り上げないと、明日寝坊してしまいそうで怖い。

二人で席を立ち、大広間を出ようとした時だった――。


「あ、ちょっと待って」

 元気のいい声に、私たちは呼び止められた。

少し驚いて二人同時に振り返ると、そこにはさっきの男性達――田所さんと三山さんが立っていた。

「沙也ちゃんと、…えっと瑞樹ちゃんだよね」

 突然大きな声で呼び止められ、ちょっと驚いている私たちの所に、田所さんはニコニコしながら近づいてきて話を始めた。

「ちょ……いきなり、そんなに呼び方するなんて失礼だろ」

 軽いノリの田所さんを、生真面目そうな三山さんが注意する。

「えーいいじゃん。その方が早く仲良くなれるし」

「すみません。こいつはいつもこんな感じで馴れ馴れしくって。さっきの説明会の時も……」

 説明会の時に、田所さんと目が合い、笑顔で会釈と手を振ってきた時のことを言っているようだった。

「ああ。いえ。大丈夫ですよ」

「だよね。俺、なにも悪いことしてないよ。目が合ったから挨拶しただけじゃん。ねー沙也ちゃん」

「だから、そういう話し方が馴れ馴れしいっていうの」


 二人の会話のやり取りがおかしくて、私は思わず笑ってしまう。

「ほら。お前がまじめすぎることばかり言うから、沙也ちゃんに笑われてるよ」

「違うだろ。お前のその軽い態度がガキ過ぎて笑われてるんだよ」

「えーー。そんなことないよねー」

 田所さんは私の顔を覗き込むように同意を求めてくる。

困った私の表情に気づいたのか、すぐに三山さんが私にむけられた田所さんの視線を手で遮るように制止してくれた。

「はいはい。もういいから。ちゃんと挨拶しようよ」

「そうだった」

「改めまして、三山です。よろしくお願いします」

「だからー真面目か!会社の営業じゃないんだからさ、もー。僕は田所祐太。祐太って呼んでね。三山は大貴でOKだよ」

「お前こそ、学生の合コンじゃないんだから! 本当にたびたびの失礼すみません」

 私は、笑いながら首を横に振る。

「お二人は仲がいいんですね」

「そう。小学校時代からの幼馴染。ずーっとずーと仲良しなんだよね」

 そう言われ三山さん…大貴さんは、「もうしょうがないなー」という顔しながら頷く。

「沙也ちゃんと、瑞樹ちゃんは?」

「今日、初めて会ったばかりなんですよ。ね、瑞樹ちゃん」

 そういって横にいる瑞樹ちゃんの顔見ると、今さら緊張しているのか、急に黙り込み小さくコクリと頷いた。


「そうなの? すごく仲良さそうに見えたから、ずっと昔からの友達なのかなって思った」

「そうなんです。今日初めて会ったばかりなのに、なんだか話がすごく合って私も昔からの友達のような気がしてます。ね、瑞樹ちゃん」

 もう一度瑞樹ちゃんに話を振ってみた。

「はい。あの。そうです。沙也さんとはとても話が合うし、仲良くなれてホントよかったです。あの……えっと、祐太さん達とも仲良くなれたら……えっと、その……」

(あれっ瑞樹ちゃんどうしたの? さっきまでの様子と全然違う)

「もちろんもちろん。同じ留学生として仲良くしようね!」

 祐太さんがすぐにそう返してくれて、瑞樹ちゃんもちょっとほっとした表情になった。

「こんな俺たちですが、どうぞよろしくお願いします」

 大貴さんは、変わらず落ち着いたテンションでそう言い、私の方を見て優しく微笑んでくれた。


(あれ…わざわざ視線を合わせてくれた?)

 実は、最初に視線そらされたことがちょっとひっかかっていた。

そんな私の心情に気づいているかのように……。

私としっかり視線が合うのを待ってから微笑み、小さく頷いてくれる。

「こちらこそよろしくお願いします。お互い楽しい留学になるといいですね」

 その微笑みと優しい視線に私も笑顔で返した。


 賑やかな二人とはエレベーターまで一緒だったが

男性陣と女性陣は階が違ったのでそこで別れ、そこから1つ上の階の部屋まで、瑞樹ちゃんと一緒に向かった。

瑞樹ちゃんは私と二人で話してた時は違い、四人の時は妙に無口になっていた。

「瑞樹ちゃん。どうしたの? 緊張してた?」

「え?」

 瑞樹ちゃんは困ったような顔して私を振り向く。

「なんか、そんなふうに見えたから」

「あー…男性に”瑞樹ちゃん”なんて呼ばれたの久々だったから……。ちょっと意表を突かれたというか」

 少しうつむきながらそう言う彼女は、なんか女性らしくって可愛かった。

「なんか、かわいいね。女子っぽっくていいな」

「え? もう、からかわないでください。恥ずかしい話だけど、私……彼氏いない歴が結構長くいんです。そういえば、職場も周りは女性が多いし、男性に対する免疫が落ちてるのかも。同世代の男性と話すの久々で……。それに……」

 瑞樹ちゃんはそこまで言って言葉を止める。

「それに?」

「……」

「?」

(それに……? なんだろう?)

 その後に続く言葉を追及していいのか迷った。

ほんの数秒の沈黙が続いたあと、瑞樹ちゃんは顔を上げて少し照れ臭そうに微笑みながら言った。

「素敵じゃなかったですか?」

「……? ああ、話しやすそうだよね。明るくて元気で」

「沙也さんは、どっちがタイプ?」

「……えっ?」

 思いもしない質問にちょっと戸惑った。

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